本当に久々ブログを更新します。

  4月末、インドに10日間行っておりました。
インドは、一般的に5月6月が一番暑いらしいのですが すでに夏は始まっておりました。
インドの暑さは、”暑い?””すごく暑い?””トンデモなく暑い!!”に分けられるらし
いのですが、今はデリーあたりは湿気もなく、昼間でも”暑い!"…という感じです。
  中北部の内陸に移動すると、デリーと違ってPM2.5も少ないせいか、直射日光がす
ごく、熱波を含んだ暑さが、40℃を数度!!超えるくらいです。
  海辺のコルカタに移動すると、インド洋からの湿気が一気に入いり、”ガー?”っとバ
ンコク、大阪的暑さになります。
  今年は、インドも夏の暑さがやって来るのが例年より数週間早いとか、何処も異常気象
のようです。

  今まで、インド国内の移動やホテルの手配は現地で取ってもらっていたのですが、今回
から何でも自分でしようと思い、自身で全ての手配を敢行しました。
そこでわかったこと…インドでカレーばかりの苦しみから逃れる・・・ということ。

  ムンバイやデリーなどには、いくつかの日本食レストランもあるようですが、私どもの
出張はローカルエリアが多く、飛行機の国内移動が毎日のように続き、なかなか”日本食
でまったり”は、できません。
毎日が”カレー”カレー”カレー”(ちょっと醤油系か中華料理が、たまに見つかって)
また”カレー”カレー”…。
  国内線の機内サービスも、ベジかノンベジの選択ですが、すべてカレー味…。
その味は、“辛いカレー””ものすごく辛いカレー””トンデモなく辛いカレー”。
そして”変なカレー”と分別できます。
そのスパイスの刺激と現地の水とが相まみえ、いつも腹具合がもう一つ…。そして時々、
正露丸も無意味な程、散々な目に合う、という過酷な現実があります。
  私は比較的、胃腸は堅調な方ですが、たまに移動中に食べる”ケンタッキー+コーラ”
がホッとします。

  時々、夕食を取引先にご馳走になることもありますが、それも基本はインド料理。 
ほとんどが夜遅くに移動先から車か飛行機で入るので、6年目のインドであっても、ホテ
ル界隈のロケーションをなかなか覚えられず、ホテル外のレストランを探す勇気も時間も
無く、ホテルのレストランで、こもっての食事になります。そこでは必然的にインド料理
です。
キングフィッシャーの地元ビールとタンドリーチキン系+カレーとナン、またはチャパテ
ィーのパターン。このバリエーションの連続です。
現地予約のホテルは、ほぼ問題は無いなのですが、ほとんどがインド系ホテルという事か
らインドレストランしか無く、このようになってしまいます。

  でも今回、やはり人に依頼をして簡単にすればダメだ、という事がよく解りました。
ネット予約のサイトで探すと、日系はあまり無いですが、欧米系のホテルがローカルエリ
アでも、いっぱいあるではありませんか。
これらのホテルでは、やはりコンチネンタルレストランもあり、イタリアンもあります。 
牛がダメなインドでは、肉は基本チキン系ばかりですが、もともと英国の植民地であり、
今でも欧米との繋がりが深いインドのパンは、なかなか美味ですし、チャイに代表される
紅茶系やコーヒーも、東アジアのお隣の国とは比較になりません。
  前述の地元ビール、キングフィッシャー”冷!!<Very chilled very chilled!!と言わねば
なりませんが>”ビールもなかなかのものです。

というような、すこし賢くなった10日間でした。

  もうひとつ・・・
インドに行く前に、日経のネット記事で見た内容です。
  私の英語力など、何度もブログに書いたようにひどいものですが、今回この記事を見て、
改めて同感をいたしました。
もちろんこの記事は、インドの一般論でしょうし、中には英国で勉強したすばらしい英語を
話す人も多く居ます。
  それでも、文末に書いてあるようにシャイにならず、自信をもって話しましょう。

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 意外とテキトーなインド英語の世界
インフォブリッジグループ代表 繁田奈歩
2016/3/10 6:30 [有料会員限定]
ビジネスの流儀

「郷に入っては郷に従え」――。簡単に思えるが、これがなかなか難しい。アジアの専門
家がビジネスの流儀を指南する。

 「国際会議で最も難しいのは、日本人をしゃべらせることと、インド人を黙らせること
だ」と言われる。インドといえば「口数の多さ」「主張の強さ」と並んで、「英語大国」
という。
イメージも強いという話をよく聞く。インドは英語を公用語の一つに指定しているので、
だれでも英語を話すように思いがちだが、それは誤解だ。

■あいさつできれば「英語を話せる」

 実際のところ、インドで英語を自由に操る人は極めて限られている。インドの国勢調査
によると、母国語として英語を話す人は、わずか約22万6000人。第2、第3言語として話す
人を合わせても1億2500万~2億5000万人程度。13億人弱というインドの人口からみれば、
1、2割にすぎない。

タクシー運転手は会社から支給されるスマホと自分の携帯の2台を持っている(3月8日、
デリー近郊の新興都市グルガオン)

 インドにおける「英語が話せる」という定義も、極めてあいまいだ。日本人的な感覚か
らすれば「それは話せるとは言えない部類だろう」と思う人も多い。英語で名乗り、あい
さつ程度の会話をできるだけで「英語を話せます」と胸を張ってしまうのだ。

 インドに居住する外国人が日常的に接するなかで、運転手やメイドには比較的低い学歴
の人が多い。彼らは流ちょうに英語を扱えるわけではないが、外国人の上司の下で働くた
め英語で必要最低限のコミュニケーションをとる。ただ、実際に話していると「なかなか
信用ならないな」と感じることも少なくない。

 ある日、知人の会社が運転手を探していたので、「英語が話せてデリーの道路事情に明
るい」という条件で募集した。すると、電話がじゃんじゃんかかってくる。

 受話器をとると「サー、私は英語をしゃべれます、運転大丈夫です」と、ものすごい勢
いでまくし立てる。ところが、使っている英語は「イングリッシュ、オーケー、ノープロ
ブレム」しかなかったりするのだ。

 私自身9年近い付き合いになる運転手は、比較的まともな方だ。それでも、日常的な「何
時にどこに行く」とか「明日までにこれを買ってきて」などの会話まで。ひとたび複雑な
話になればお手上げだ。

インドのタクシー配車アプリ

 タクシーの運転手は、さらに期待できない。最近、ウーバーテクノロジーズなどスマート
フォン(スマホ)アプリの配車サービスがインドにも出てきたが「スマホを扱うくらいだから
英語でいけるだろう」と思ったら大まちがい。配車の確認や場所の特定の電話は、ほとんど
ローカル言語だけ。彼らが使うグーグルマップの音声ナビも、もちろんローカル言語だ。

 都市部では、多くの私立学校が英語で授業する。このため、都市部のホワイトカラーに属
す人は、大半が英語を使えると考えてよい。とはいえ、彼らとて言いたいことすべてを英語
で流ちょうに話せるかというと疑問だ。

 我々の本業の一つに市場調査がある。その中に「消費者調査」もある。中産層の上位に当
たる年収60万ルピー(約100万円)の人たちにグループインタビューをした。「英語を話す」
という条件を付けたのに、細かい描写や考えを聞いたら、急に答えがローカル言語に変わっ
てしまった。先ほどまで英語で話していたはずなのに。

 一方、高級なレストランやホテル、飛行機などでは、英語だけで流ちょうに会話する家族
に出会う。子供たちに英語で話すようにたしなめる言葉も聞こえてくる。インドは親の出身
地が異なれば母語が違ってしまうため、結果として英語が共通言語になってしまう場合もあ
るが、「英語の会話=上流階級」という意識を感じさせる人もいる。結局、インドの英語レ
ベルは人によってさまざまだ、というのが実態だ。

 「クセ」の強さも、インド英語の特徴に挙げてよいだろう。学生時代に旅行で訪れたとき、
「ガバルメント」と言われて、ちんぷんかんぷんだった。筆談してみると「government(政
府)」だった。いまだにその記憶が頭の中にこびりついている。

 インド英語では、「R」をそのまま発音する。バーガー(Burger)はバルガルに、インフォ
メーション(Information)はインフォルメイションと聞こえる。イントネーションも変化し
ている。

 さらに、発音やイントネーションは母語の言語によっても微妙に異なる。ヒンディー語を
母語にする北部の人と、タミル語を使う南部の人は、英語の発音も違う。

 付け加えれば、文法もかなり「テキトー」だ。最後に「?」をつけて語尾を上げれば、ど
んな文章も疑問文になる。現在、過去、未来形はあるが、完了形はあまり使わない。こまっ
たら、とりあえず「do+名詞(~する)」と言ってしまう。

■重要なのは「いかにシンプルに伝えるか」

裕福な家庭の子女が多い都市部にある私立学校の多くは英語で授業をしている(3月8日、グ
ルガオン)

 ある意味、インドの英語は自由だともいえる。日本語も時代とともに変化するといわれる
が、インドの英語は「変わる」を通り越してフリーダムすぎる、そんな印象も受ける。当の
インド人も「インド英語はなまりが強く文法も適切でないケースがある」と話すが、一般的
なわかりやすい英語を話そうという意識はほとんどない。

 数年前、インドの著名な全国紙が「インドの英語話者は1億人を超え、規模は世界第2位を
誇る。人口増加や経済発展が続けば、さらに増えて世界第1位となる。そうなればインド英
語が世界のスタンダードになるだろう」という記事が出た。その時は、さすがに「ひどいな
まりが世界標準になるのは忍びない」という声もあった。

 インド人は「日本人は英語を話さない」という印象を強く持っている。友人から「なぜ日
本人は話さないのか、英語がわからないのか、それとも話す気がないのか」などと聞かれる。
そこで「多くの日本人は中学から大学卒業まで英語を10年間学び続ける」と話すとびっくり
する。10年も勉強して英語を話せないなんて信じられないのだ。

 出張で来る日本人は、まったく英語ができないわけではない。「ちゃんと話さなければ」
「まちがっては恥ずかしい」などの意識からだろうが、インド人は真逆で「単語さえつなぎ
合わせればまあなんとかなるよね」という意識だ。

 長く中国事業に関わり、60歳を過ぎて「第二の人生の挑戦でインドだ!」と鼻息荒くやっ
てきた知人がいる。先日、あまり英語が得意でない彼と食事した時、レストランで酒とつま
みをひと通り注文した後、思わず「メーンはレイター(Main-ha-Later)」。こんな英語が
すんなり通じてしまう。

 逆に、どれだけ流ちょうに格式高い英語を使っても、わからない人にはわからない。結果
として「いかにシンプルにモノを伝えるか」が重要になってくる。米国や英国で留学や駐在
をした経験を持つ人がインドに来てしばらくすると「英語が下手になった」と嘆く。さもあ
りなんという感じだ。

 もちろん、単語をつなぎ合わせるだけでは、百戦錬磨のインド人経営者と対等に渡り合え
るとは思わない。だが、少なくとも「間違えたら恥ずかしい」から、言いたいことも言わず
黙っているよりも、文法が間違っていようが、ひどいなまりで聞き取りづらかろうが、「臆
せずモノを言う」姿勢は少し見習った方がよいかなと思う。

繁田奈歩(しげた・なほ)東京大学教育学部在学中にインドを放浪し、旅行会社を設立。そ
の後、オンライン調査会社の中国子会社立ち上げに関わり、2006年に新興国進出支援を目的
にインフォブリッジ社を設立。現在ニューデリーに在住し、インドを中心に日系企業の進出
をマーケティング視点からサポートするほか、市場調査や事業開発、コンサルティングなど
を展開している

(事業所移転のご案内)       

お取引先各位

拝啓、平素大変お世話になります。

  さて、当社の中国上海事業所 上海斯黛服飾有限公司(Shanghai Jistyle Co.,LTD)は、
現在地からすぐ近くに、1330㎡の場所が確保でき、来る11月10日(火曜日)より、新住所
へ移転増床
し、業務サービスの拡充を行うことにいたしました。
  これを機に更なる丁寧な検品と作業、迅速な連絡を基本とし、皆様のご期待に沿えるよ
う尽力してゆく所存でございます。
  今後とも、Shanghai Jistyleへのご支援ご愛顧を賜りますよう、何卒よろしくお願い申
しあげます。

  ロケーションは、現在地から近接です。北へ500mくらいの場所になります。
移転に伴いまして、2015年11月10日(火曜日)以降に当社へ到着するクーリエ便な
どは、下記新住所の表記で送っていただきますようお願いいたします。

 
【上海斯黛服飾有限公司 / Shanghai Jistyle Company Ltd 】

(新住所)上海市浦東新区六灶鎮鹿園工業区鹿达路112号二楼   〒201322
 
                 2nd Floor,  No112,  Luda Rd, Luyuan Industrial park,  Liuzao Town,
                 Pudong New area , Shanghai, China (201322)

                Tel 86-(0)21-68162511 / Fax 86-(0)21-68162512 (変更はありません)

  業務時間:月曜日~金曜日 8:00AM~5:00PM 
  土日と法定休日は原則休日となりますので、ご理解をお願いいたします。

  今回の増床で、以前の3ラインから5ラインに検品ラインが増え、
  業務用ミシン/アイロンなどを揃え、修理ラインも作る予定でおります。

 

(办公场所搬迁指引) 
       
各位尊敬的客户:

一直承蒙各位的诸多关照。

  对长久以来各位的大力支持表以衷心的感谢。
这次我公司、上海斯黛服飾有限公司(Shanghai Jistyle)由现在的所在地、搬迁至不
远的拥有、1330㎡的新场所。11月10日(周二)为止完成所有的搬迁工作、以完善我们
的服务。
  借此我公司以更大的空间和场地、更好的管理、更好的服务质量、尽心尽力完成客户
对我们的委托。
  今后也希望能继续给予 Shanghai Jistyle 大力的支持和指导、请多关照。

  新场所的地址位置为原场所往北500米左右的地方。
2015年11月10日(周二)送货的货物请麻烦务必送到新场所。


【上海斯黛服飾有限公司 / Shanghai Jistyle Company Ltd 】

(新住所)上海市浦東新区六灶鎮鹿園工業区鹿达路112号二楼   〒201322
                Tel 86-(0)21-68162511 / Fax 86-(0)21-68162512(电话号码不变)

  营业时间:每周一~周五 8:00AM~5:00PM 
  周六和周日以及法定假日、原则上是休假日、敬请理解。

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(久々のブログ=お盆雑感)

  先日、雑誌のコラムで日本人が未だに「FAX(ファックス)」を使っていることを、
海外メディアが不思議がっているという記事を見ました。
  日本では、普段ビジネスや家庭などで何気なく使っているファックスですが、じつは先
進国のほとんどで「時代遅れ」と見られ、米国では「骨董品」として国立スミソニアン博
物館の展示に加わるほどの代物だそうです。

  たしかに、日本ではファックスがどこにでもある、オフィスではほぼ100%。家庭で
も使っている人は多いと思います。
  最近は、コピーやプリンターも一体化した複合機が普及し、オフィスなどの省スペース
化にも対応している。コンビニにも置いてあり、お金を払えば自由に使えて便利だ。
  日本では、ファックスは必要不可欠なビジネスツールと言っていい。

  このように、ファックスを「普通」に使っている日本が、海外ではどこか不思議に見え
るようなのだ。海外メディアは、日本が未だファックスを愛用する原因を、「高齢化社会
にある」と指摘しているそうです。
  「高齢者は絶対確実な方法に執着する…、その事がファックスへの固執に象徴される」
として、「技術の進歩についていけない高齢者が、昔ながらの方法を好む事が日本社会の
ファックス依存の要因ではないか」と見ている。
  ファックスが「日本の『ガラパゴス化』に繋がっている」との指摘もあるし、今や非効
率で、紙資源をムダ使いし、反エコである事も事実です。
  とは言いながら、改めて取引先の名刺を見ると、日本国内はさることながら、海外の取
引先もきちんとファックスナンバーも明記されています。

  このコラム記事がどこまでが正しい情報なのかわかりませんが、多様化したモバイル機
器によってSNSが一般化し、ファックスなど月に何回使うかな…というのも事実と思い
ます。

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    話は変わりますが、平成もすでに27年、戦後70年が経ちました。という事を話すこ
と自体が、すでに「昭和おやじ」と言われても仕方がない年齢の私なのですが、前述のフ
ァックスだけでは仕事ができない世の中になっている事を、十分熟知している人間でもあ
ります。
  オフィスであろうが出先であろうが、毎日毎日朝から晩までPCやモバイル機器にかじ
りつき、SNSが無いと生活も仕事もできなくなっている私です。
  海外からは、日本のお盆休みも関係なしにメールが入ってくる。昨今のビジネス環境で
は「お盆休みでしたから連絡ができませんでした。」なんぞ言えません。

  基本的には、新しい物好きの私ですから、スマホがポピュラーになればiphoneを
使い、iphoneを使えばMacのほうが便利だ…となり、私のまわりはいつのまにか
Apple製品になっています。
  そういう意味で、決して昭和ガラパゴスではない自負はありますが、精神的には徐々に
「昭和おやじ」世代になっているかもしれません。
  最近では、仕事もLINEで送ってくる輩がいますが、ちょっとこれは理解できない世
代です。LINEは「遊び」やろ…。

  「昭和おやじ」…仕事に対する考え方や、やり方が「古臭い」「時代に合っていない」
とされる中年男性のことで、平成生まれや、ゆとり世代の若手社員と意見が食い違いやす
い関係にあるのが特徴。
  考えてみれば、数十年前の私は「戦前思考おやじ」達と戦っておりました。時代は同じ
ように流れれているのです。
  その私達世代は、平成思考に追いかけられる世代になっていました。「LINEで仕事
連絡なんて…」ってな事を思っていてはダメなのでしょうね。

  夏休み前、ボケ~?と自宅でTVを見ていると、あるドラマに見入ってしまいました。
題名は「エイジハラスメント」…昭和おやじの上司と若手社員の意見が合わず対立する…
というストーリー。
  取引先との大事な連絡をメールだけで済まそうとする若手に、「大事な用件はメールで
終わらせず、電話でもきちんと確認をするように」と注意した上司。
  しかし若手はこれを不合理だとし、「関係者全員にCCで送っているし、その必要はない」
と主張。
  結果、取引先がメールを確認できていなかった事から大きなトラブルとなってしまう…。
メールが便利なツールであることは確かだが、その便利さを過信し、頼り過ぎたゆえに発
生したトラブルだ。
  この場合は「万が一のために電話でも確認すべき」という上司の考えに従うべきだった
のだろう…と私も同感。
  私もメールの見落としはある…だから人も同じ間違いはする…というのが私の考え方だ
から、特に大事な事は「念押し」をする。
  しかし現実にはメール以外にも、昭和おやじと若手で大きく相違する部分が出ているよ
うだ。

  まず多いのが、PC技術の世代間格差。幸か不幸か当社には、そういう昭和おやじはい
ないようだが、これはよく聞く話…。
  「PCが使えない上司なんてざら。エクセル使えないから、資料を部下に作らせる。一
週間でもいいから習いに行けよ」と思ってました。「いちいち呼ばれて、これはどうする
の?消えてしまった!など、こっちの仕事が捗らない!」

  乗車券をネットではなく「わざわざ駅まで行って買う」とか、上司の古くさい非効率的
な仕事ぶりとのギャップ。
  コミュニケーションに対する考え方も、昭和おやじと若手では違いがある。
  「会社終わりの飲み会は大事な場」と考える昭和おやじに対し、「会社が終われば自分
の時間だろ」と捉える若手。
  これに対しては、正解や常識の線引きが曖昧で、会社や個人で考えが異なる事が、より
対立する理由になっているのかもしれない。

  しかし、ここ一度、昭和おやじの考え方を見直してみたい。「いいかげんに覚えろよ」
とイラつく若手に激しく共感するが、やっぱりより長く社会人をやっている昭和おやじは、
ネットやSNSにまみれた若手に「大事な気づき」を与えてくれる事もある。
  考えてみれば、若い頃に工場のおやじと夜食事をしていた時、ジェネレーションギャッ
プの話になった。その時の彼の一言を今思い出す。
「こういう事は我々の世代が、あんた(私)らに教えてやらんとよ…。」後から考えれば、
その内容はその通りだった。親の言葉も同じだ。人間は時が経たないと解らない。

  ドラマの中でも、仕事でミスをした部下を、取引先の人の目の前で、上司が激しく怒鳴
りつけるシーンがあったが、部下は「大げさ過ぎる」と上司に逆切れしていた。
  しかしこれは、上司が部下を守るための「演技」であり、相手の目の前で激しく怒って
いる姿を見せることで、なんとかその場を収めようとした上司の計らいだった。
  部下がその事に気づき、感謝するのは後の事だったが、昭和おやじからすれば「当然の
戦略」も若手には伝わっていないことも多い。だからやっぱり社会には「昭和おやじ」が
必要だ。

  「顔を合わせて確認する事で、安心感や信頼感が生まれるんだよ。それがメールやネット
では有り得ない」…違いますかね???

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  先週日曜日、大阪都構想が住民投票で否決されました。非常に残念です。

  大阪が変われる最後のチャンスを大阪市民は僅差ですが拒否したわけです。
私は今奈良県民なので投票権はありませんでしたが、大阪市内で生まれ延べ
40年以上大阪市で居を構え、大阪をベースに仕事に勤しんでいることから
非常に興味をもって見続けてきました。
  それが、一部の既得権をもった市民や役人、そして人口の20%弱を占め
る70歳以上の高齢者の過半数によって、今の現状を「良し」とすることを
認めたわけです。
  その中には、伝統ある大阪市の名前を消してはならないという(つまらな
い)感傷論も多くあったと聞きます。
  極端にいえば、そういう人たちがこの改革に賛成する今の働き盛りの年齢
の市民や、若者の将来を潰しました。
  これほど、世界の環境が急激に変わっているのに、これを良しとする超保
守思考が、今後の大阪を関西をますます弱体化させる事は免れません。
  世界の東京に今更勝とうなどとは思わない。でもこれからは、世界の国と
都市と人々と負けないようにして行かなければ日本人としてのプライドどう
なるのでしょうね?
  なぜ、新しい事への変革、またチェンジする事を拒否をするのでしょうか? 
拒否からは、新しい事は何も生まれません。現状がうまくいってても将来を
考えて、いろいろ模索しチャレンジするのがガバナンスだと思うのですが。
そのガバナンスを直接選べる、初めての機会だったのに・・・大変失望しました。
  この数ヶ月、フェイスブックやツイッター上では両陣営とそれはひどい中
傷合戦でした。嫌韓、嫌中、反日と変わらない内容でした。(私の性格上、
話に噛んでいけば徹底的にやってしまうので、私は奈良県民だしチラッと見
てスルーしておりましたが)本当にこれで良かったのでしょうかね? 


  下記、ニューズウィーク5月21日(木)配信のネット記事です。
  全く同感です。もう大阪はダメですかね?

 「大阪都構想をめぐる住民投票は、市の提案が0.8%の僅差で否決され、
橋下徹市長は政界引退を表明した。今回の住民投票で印象的なのは、各メデ
ィアの出口調査で反対多数だったのは70歳以上だけなのに、全体として反
対が賛成を上回ったことだ。これは36万人の期日前投票で、反対の組織票
が多かったためといわれる。
 いずれにせよ現役世代は賛成多数だったので、高齢者が大阪都構想を拒否
したことになる。これは、ある意味では当然だ。今回の住民投票は実質的に
は橋下氏の信任投票であり、彼は「小さな政府」への改革を進めようとして
いた。24区を5区に合併する都構想の目的は、行政のスリム化と住民サー
ビスの効率化である。
 特に大きな問題は、高齢者サービスだ。次の図は大阪市のホームページに
ある高齢化率(25年間の65歳以上の人口増加率)だが、最高の西成区で
は25年で4倍以上になった。おもしろいことに、この図で高齢化率が16
ポイント以上になっている区が、今回の住民投票ですべて反対多数だった。
 これは大阪の「南北問題」として昔からよく知られている。梅田を中心と
するキタはビジネス街で、大阪駅の北側の再開発で堂々たる近代都市になっ
たが、ミナミには昔ながらの町並みが残り、貧困層が多い。全国の人が思い
描く天守閣とか、あいりん地区などの大阪のイメージは、ほとんどこのミナ
ミの風景だ。
 住民投票で大阪都構想に反対したのは、ミナミの高齢者だった。それは、
ある意味では当然だ。大阪市を廃止して住民サービスを効率化し、中枢機能
を大阪府に一元化して地域開発投資を行なう「大阪都」案は、1948年に
大阪府が提案したもので、橋下氏が思いついたわけではない。
 高齢化は貧困化とパラレルで、西成区では23.6%が生活保護受給世帯
である。介護や医療などの公的サービスも高齢化したミナミに集中しており、
その費用をキタの企業が負担する構造になっている。この不公平を解決する
ため、行政を効率化するのが橋下市長のねらいだった。
 しかしキタの企業に勤務している高所得者の多くは、市内には住んでいな
い。いま市内に住んでいる人の多数派は、住民サービスの受益者なのだ。彼
らが住民投票したら、サービスを削減する橋下市長に反対するのは当然であ
る。
 橋下氏の説明が無駄の批判ばかりで、都構想のメリットがわからないとい
われたが、本当のメリットは職員や住民サービスの削減だ。そういう政策を
出すと議会が反対するので、具体的にいえなかったのだろう。それに対して
反対派は何も対案を出さず、ただ既得権を守れと主張するだけだった。
 今回の住民投票では、行政コストを負担するキタのビジネスマンが改革に
賛成し、その受益者であるミナミの高齢者が反対する構図が、鮮明に示され
た。これは日本の縮図であり、今後は団塊の世代の引退でもっと急速に高齢
化と貧困化が進む。
 これで大阪から若者は脱出し、東京への本社移転は加速するだろう。大阪
の高齢者は死ぬまで既得権を守り、財政赤字を増やし続ける「安楽死」を選
んだのだ。それは彼らにとっては合理的な選択だが、残された都市は空洞化
し、スラム化する。よくも悪くも、大阪は日本の未来を示している。

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(4月はじめ)旧正月があけて2ヶ月ぶりの中国出張 

  上海から入って杭州へ、そして温州へ(以前新幹線がひっくり返ったところ)で仕事の
あと再び上海へ。そして帰国・・・バタバタで帰ってきました。
杭州>温州、そして温州>上海は新幹線で3〜4時間かかるので、1等をはり込みました。
(というより、清明節の休暇明けで列車の座席がとれず)
でも1等車・・・日本のグリーン車の静寂性は全くありません。2等の喧騒はそのまま同じ。
座席は2等より格段広いですが、車内を子供が走り回り、大人は大声で会話。そして前後
の座席からはカップラーメンの匂い。
いい意味でも悪い意味でもディープチャイナトレインです。昔の列車と違い飛行機と同じ
ような窓の開かない車内での4時間・・・やはり中国では疲れました。
でも、つい10年近く前までは、多分10時間以上かかった距離が、今や新幹線で4時間
・・・中国のダイナミックさを感じます。

  今更ながら不思議なことを発見しました。中国の乗客は列車に乗ったらカップラーメン
は食べるのに、ビールは誰一人飲まない。
日本では当たり前の光景が、中国ではたしかにあまり目にしません。やはりお酒は宴会で
「カンペ~い!」をしながら宴会で飲むものなのでしょうかね?
まあ、たしかにヨーロッパでも、車内で缶ビールを飲んでいる姿はあまり見かけませんが、
考えてみたらこれは日本独特の文化かもしれません。

  やはり長距離列車は、まずビールとおつまみだと思うのですが・・・。
 

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上海のお店"JIs store"に泥棒が入りました。
下記、当社上海の現場からの緊急報告です。
「ギャフン!!」です。

『誠に申し訳ありませんか、悪い報告です。添付に店の盗難状況の写真です。
現場のドアの枠のガラス全体が取られました。
レジのおいてる現金1585人民元が無くなりました。
スカーフが全部11枚取られました。カシミヤ2枚、シルク6枚、インド製3枚。
ドアの近くにおいてる商品です。
店員の服が無くなりました。他の物が残されています。パソコンも残っています。
警備用のカメラには記録がなかった。今朝警察を呼んで、写真と記録をしました。
現場に泥棒の服を残されています。警察に渡しました。』

誰だ!!!盗んだ奴は!!! 

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<インド出張 よもやま話し>

①インドの工場に貼ってあった従業員教育?の為
                                                          ・・・日本とインドとの考え方の比較
201502131.JPG  「納得・・・」

 

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 ②いつも来る工場前の道沿いで果物を売っているこのおじさん。
前回12月3日に来たときはリンゴを売ってました。今回はみかん。
『1日に何個売れるんかいね?・・・』は今回も疑問。 
そしてこれがインド名物「野良牛」>>でも全部飼い主登録があるとか。
いつもなにかしら楽しいインド出張(ちょっとしんどいですが・・・)。 

201502132.JPG

 

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新しい年が始まりました。
本年もご指導のほどよろしくお願い致します。

<年明けのニュース>
  年明けの初売りは、外国人顧客の購買のおかげで百貨店の数字はまずまずとか…でも日
本人の購買は減少とか…。
成田の旅客数は年末年始減ったが、拡張した羽田の国際線旅客は増えた(パイの食い合い)。
でも日本人出国者は円安で?大幅減少。関空はLCC効果でにぎわって、大幅に便数も旅
客数も増加してるが、日本人旅客と外国人旅客の数は逆転。ますますその差は広がりそう。
  パナソニック、キャノンが生産を海外から円安で国内回帰へ。良い事なのか、悪い事な
のかわかりませんが…年末年始にネットを見ていたら、あらためて驚かされるコラムがあ
ったのでご紹介します。
私のような、中小零細の経営者が何をたいそうな評論をしとるんや…と言われるかもしれ
ませんが、こういう現実をわかって、そしてその中でもどのように数字をつくってゆくか、
仕事をしてゆくかということが、経営者もサラリーマンもOLも、ひいては日本国民全体
が必要だと思います。
  要は、すべてが変わってきているのですから、自らが変わらなければ生きて行けなくな
ります。 

ドルで見るとはっきりする「日本経済はますます衰退している」という現実

  初めからこんな当たり前のことを書きたくないが、この世界で「お金」というのは、ド
ル(米ドル)のことである。私たちは「お金」というと、具体的には1000円札、1万円札な
ど(日銀券:円)を思い浮かべるが、それはある意味で間違いだ。なぜなら、日本円では
世界のモノやサービスは買えないからだ。つまり、相手がそれを「お金」と思ってくれな
いものは「お金」でない。この点、基軸通貨のドルなら、ほぼ世界中でモノやサービスを
買える。つまり、ドルこそが「お金」だ。昨今「株価が上がった」とメディアは報道した。
  しかしドルで見ると、下がっている。たとえば、7月25日の株価は1万5457円だったので、
たしかに円では約1500円上がっている。しかし、ドルでは下がっているのだ。なぜなら、
7月25日の円は1ドル約101円だったので、ドル換算すると株価は約153ドルになるが、年末
の円は1ドル約120円だったので、ドルに換算する株価は約5ドル下がったのである。安倍首
相と政府は、株価を見て政治をしていると言われている。株価が上がれば、支持率も下が
らず、アベノミクスは成功していると考えているという。しかし、ドルで見れば下がって
いる。日本は富を失っているのだ。

■GDPはなんと1兆ドルも減ってしまった

  さて、今度はドルベースで、日本のGDPを見てみたい。GDPというと、たいていは成長率
(年率何パーセント)で語られるが、それは前年に比べて伸びたかどうかという話に過ぎ
ない。本来は、総額の推移で見るべきである。この3年間の日本の名目GDPの推移(2014年
はIMFによる推計)を示すと、次のようになっている。2012年473兆7771億円、2013年478兆
3682億円、2014年492兆3952億円、少しずつだが、確実にGDPは増えている。ただし、これ
は円での総額だ。そこで、これをドルベースにすると、どうなるだろうか?

  2012年5兆9378億ドル、2013年4兆9015億ドル、2014年4兆8463億ドル、なんと、アベノミ
クスが始まる前、円が1ドル70円代の「円高」だったときは、約5兆9000億ドルあった日本
のGDPは、いまや約4兆8500億ドルと、1兆ドルも吹き飛んでいる。日本の富は、ドルベース
では大幅に失われてしまったのである。つまり、アベノミクスは日本の経済成長になんの
好影響を与えず、日本経済そのものはドルベースでは衰退を続けている。

■1.5~2倍の成長は当たり前なのに日本だけ低迷

  こうした日本経済の長期衰退は、30年前にさかのぼって、日本のGDPの推移を見るとより
はっきりする。以下、1980年から5年おきのドルベースの名目GDPを列記してみる。
《日本の名目GDP》
1980年 1兆0870億ドル、1985年 1兆3845億ドル、1990年 3兆1037億ドル、1995年 5兆3339
億ドル、2000年 4兆7312億ドル2005年、4兆5719億ドル、2010年 5兆4954億ドル、2014年
4兆8463億ドル

  日本経済は、1980年代は確実に成長していた。そして1995年に1ドル90円台の円高が続い
たときGDPは約5兆ドルとなり、そこをピークにほとんど増えていないばかりか減っているの
だ。では、アメリカはどうだろうか? 1995年と2010年を比べると、次のようになる。

《アメリカのGDP》1995年 7兆4146億ドル、2010年14兆5266億ドル
見ればわかるように約2倍になっている。
では、ほかの国はどうだろうか?以下、主要国のドルベースの名目GDPを列記してみよう。

《中国のGDP》    1995年    7570億ドル、2010年 5兆9514億ドル
《ドイツのGDP》  1995年 2兆5226億ドル、2010年 3兆2738億ドル
《イギリスのGDP》1995年 1兆1572億ドル、2010年 2兆2617億ドル
《イタリアのGDP》1995年 1兆1261億ドル、2010年 2兆0556億ドル
《ブラジルのGDP》1995年  7690億ドル、2010年 2兆1430億ドル

  中国のGDPの伸びは驚異的で、なんと15年で約8倍になり、2010年に日本を抜いて世界
第2位になっている。ブラジルも驚異的である。ただし、これら新興国を例外として、
先進国ですら少なくとも1.5~2倍の成長を遂げている。あのイタリアですら約2倍になっ
ているのだから、いかに日本が成長していないかがわかる。しかも、これはドルベース
だけの話ではなく、円ベースで見ても、いまの日本のGDPは1995年と同水準であり、約20
年間成長していない。

  次は、ドルベースで見た2013年の1人当たりの名目GDPランキングだが、日本はすでに24
位までランクを落としている。

1、ルクセンブルグ 110,423.84 2、ノルウェー 100,318.32 3、カタール 100,260.49
4、スイス 81,323.96 5、オーストラリア 64,863.176、デンマーク 59,190.75
7、スウェーデン 57,909.29 8、シンガポール 54,775.53 9、アメリカ 53,101.01
10、カナダ 51,989.51 … 18、ドイツ 44,999.50 20、フランス 42,999.97
23、イギリス 39,567.41 24、日本 38,491.35 … 27、イタリア 34,714.70
… 33、韓国 24,328.98 … 84、中国  6,747.23 … 93、タイ 5,674.39

  現在の世界で国民がもっとも豊かな国は、トップ3のルクセンブルグ、ノルウェー、カタ
ールで、この3国はすでに10万ドルを超えている。日本は3万8491ドルで、トップ3の2分の1
以下。アメリカですら5万ドルは超えている。

■経済成長率ではアメリカだけが突出している

  それでは、今後、日本経済はどうなるのか?そして円はどうなるのか?を短期的に考え
てみたい。向こう1年ぐらいのタームで考えると、このまま景気後退に向かうのは間違い
ない。

  すでに、アベノミクスには材料がない。「第3の矢」(改革)は口先だけで、ほとんどや
っていないのだから、景気回復は無理だ。TPP妥結も法人税減税も先送りしていつ決まるの
かもわからない。特区もまだ始動していない。だから、安倍首相は、最近は「女性が輝く
社会」「地方創生」などと言うしかなくなった。となると、円安はさらに進むだろう。そ
の理由は、一にも二にもアメリカ経済の復活だ。先進国経済のなかで、いまやアメリカは
一人勝ちになりつつある。

  9月15日に発表された経済協力開発機構(OECD)のレポートを見ると、このことははっき
りする。OECDでは、2015年の先進国のGDP成長率を次のようにしている。アメリカ3.2%、
日本1.4%、ドイツ2.0%、イギリス2.3%、フランス1.5%(ユーロ圏全体1.3%)

  アメリカがすべての先進国を上回っている。日本もユーロ圏も1%台と低く、アメリカの
半分以下である。しかも、今年度(2014年度)の年間予測は、アメリカ以外はみな下方修正
され、ユーロ圏は0.7%、日本は0.9%となっている。(注:先日の発表では2014年実質成長
率は日本 マイナス0.5%)>>これではドル高(=円安)になるのは当然である。

  さらに、もうすぐ「量的緩和」(QE)は終了し、来年になれば、FRBは「フェデラルファ
ンズ・レート」(アメリカの政策金利)を引き上げる。市場はFRBの動きを見ながら動く。
たいてい半年先の市場動向を予測して、現在が決まる。つまり、ドルの金利上昇を見越して、
今後もドルが買われていくだろう。私が子供の頃、ドルは1ドル360円だった。そして、ドル
は豊かなアメリカの象徴だった。私は横浜生まれなので、当時のアメリカ兵たちの豊かさを
よく知っている。あの頃のような「ドル最強時代」が再びやってくる可能性がある。
そして、私たちはどんどん貧しくなる。

  根性とか精神論ではなく 頭脳をつかって頑張らなければなりません。
でも十日戎には行ってお参りしてきました。

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先日ある人から「全然最近更新していないね??」といわれ、「忙しいの」と言い訳し
てしまいましたが、年末なので久々に更新します。

(おもてなしの国のサービス〜ぼやき迄)

先日の情報では今年の訪日外国人はすでに1100万人を超え今年度は1300万にも
なるであろうとのことです。
東京はもとより、私のベース大阪でも「心斎橋、道頓堀」のディープ大阪界隈は、ユニ
バーサルスタジオや関空LCCとの相乗効果+「円安」で外国化しています。

そして「おもてなし日本」を「売り」にしようと、官公庁はじめ各流通業も「日本のサ
ービス」に力をそそいでいるようです。
たしかに、私たちの国日本は役所、交通機関、百貨店、ホテル・・すべて(時々)「う
ざい」ほどのサービスが徹底されていて、その良し悪しに関係なく、世界一のサービス
をうけられる環境にあるとは思います。

ちなみに、この日本ではデパートはもとより、役所や銀行でも案内窓口がに女性がいて、
いろいろなことに対応しくれ、歩道を歩けば、工事中のところに警備員のおじさんが立
ち安全確保をして誘導してくれる・・車を運転すれば、頭をさげた人物絵の看板があり
「道路工事中・・ご迷惑をおかけします」と案内標識が立っている。時々ハイテク人形
には頭が上り下がりします。
店に入れば1980円の買い物でも笑顔で接客してくれ、ちょっとハイエンドな(いやミド
ルクラスでも)店なら買い物袋に入れて店先まで送ってくれ紙袋を手渡してくれる。
雨の日のショッピングともなれば、その袋にビニールカバーまでしてくれます。そして
あらゆる場所に「雨の日用の傘カバー」が備えている。
おつりは決して投げ出さず、手元迄きっちり渡してくれ、一万円札でおつりがある場合
は「一万円はいりま〜す」といって確認をしてくれる。
最近の駅のトイレもホテルか!?と思うほど「キレイ」し…新幹線や飛行機も遅れれば
「これでもか!!〜」と思うぐらい謝ってくれます。

こんな国ありますかね?最近ますますエスカレートしてきた感があるようにおもうのは
私だけでしょうか?
「こういう(過度な?)サービスの恩恵がない」場合には、時々「なんかサービスわる
いな・・・」と思うようになってきました。
ちょっと本で読んだのですが、ドイツでの道路工事の看板には「皆さんの税金で工事を
して(あげて)います」と書いているそうです。
このように、日本の良すぎるサービス環境がゆえに、ちょっと物事のサービスに関して
トラブルがおこると必要以上に「ストレス」をもってしまうのは私だけでしょうか?
精神的に弱くならないか心配です。

最近携帯電話にかんするトラブルでこんな事がありました。
私のようなオッサンが「文句たらたら・・」言うのはみっともないと思いながら、なぜ
か納得できず、こういう機会に「文句のはけ口」で書かせてもらいました。

数ヶ月前、社員の携帯電話を更新しました。「アベノミクスはどこえやら」・・という
のが今の当社の環境です。円安と売価との狭間に悩んで利益確保は、ますます難しく
「経費削減だ!!」ということから社員の携帯もより安く・・ということから契約を変更す
る事にしました。
新しい契約は携帯購入代を含め基本料金約1600円/月、どこにか
けてもそれ以外は一切不要というテレビでおなじみの契約です。
以前までも、同じ携帯会社で別のサービスの契約だったのですが、諸条件を勘案して新
しい契約にした訳です。

今回この(怒!)腹立ちは、(看板が赤い)携帯ショップ訪問時から始まりました。会
社の近くの店で若い店員がいたので、「これこれこういう事情で、契約内容を変えたい。
ついては、法人契約で云々、台数は・・」など話し始めたら、彼の態度は、携帯電話を
をいじりながら顔もあげず、私に質問に対し簡単に答えるだけ。(それが仕事なのかど
うなのかは別にして)
私はその態度にちょっと違和感を感じながらも「ず〜と」数分間我慢して話しを続けて
いました。
しかし、いつまでもそのままの対応なので、私もちょっとキレかけて(やわらかく)お
まえそれが客に対する態度か?」と言いますと「いや〜お客さんの携帯の設定中なので
・・」という言い訳。
それはまず許すとして、また私が「それでは会社契約でこの内容で・・お願いできます
か?」と言い始めると「ちょっと待ってもらえますか?」と店員>>私は(それなら最
初からそう言えよ・・と思いながら)「どれくらい待つの?」・・そうすると彼は「あ
と30分!」という対応。
それなら「最初から相手するな!!最初に言え!」と思い(思わず言ってしまったかも
しれません)「わかった(わい)!またにするわ」と一言いって店をでました。

次の2軒目、近くですが同じ携帯会社です。ここではそれなりの対応でした。
内容を事細かに話し、説明を聞き、後日、会社契約の書類一式揃えて持って行く事でひ
とまずその日は終わりました。
指示に従って数日後に「法人契約の為の書類」と引き落とし口座の通帳コピーもいると
いうので、それも持って行き 指定の書面に記入しました。
若い彼が、それを見ながらコンピューターに入力して行きます。
契約内容は生産と営業に携わる社員と岐阜の社員用(倉庫内を移動する事が多いため)
の9台です。
そして、再度契約の見直し。再々度「電話代はこれ以上は絶対請求がこない契約ですね
?」「ハイ間違いありません・・」という事でした。

問題はそれからです。(1回目)
1ヶ月あまりたって請求書がきました。そこには思わぬ請求金額が・・!!記載されて
いるではありませんか!
契約では、かかるであろうはずが無い通話の請求が多く記載されています。
すぐに電話で問いただすと「すぐにチェックします」といって、なかなか返答なし・・。
再度電話・・そうると「店迄請求内容を持ってきてほしい・・」との答え。
腹が立ちましたが、再度店へ。
そうすると「岩崎さんこれは読んでもらってますよね?」という返事。その書類には
「一部の指定外通話には通話料がかかります(小さく小さく)」と書いた書類を私に見
せてくれました。
「指定外通話って?」と私。「う〜ん、頭に0570の局番がつく番号とか・・」と店員。
たしかに、0570などの局番がつく番号があるのは知ってますが (航空会社の予約局番と
か)私も含めそう度々社員がつかうとは到底考えられません。
それを伝えると、店員「わかりました。再度確認します」と言って、奥にゆくこと10
分あまり・・また別の紙を持ってきました。それには、何百もの番号が書いてあります。
「僕も知らなかったのですが、こういう書類が本社からきてました」と店員。「これな
に?」「なんかよくわからんのですが、インターネット電話に使う局番とからしいです。」
「なんやそれ?」・・といって「あっ」と思いました。
当社では、海外との通話が大変多いので「スカイプ」を使用していますが、1年ほど前
から「海外通話料無料=国内電話通話料だけだけで国際電話!」という宣伝文句に踊ら
され、この電話番号に一旦つないで数秒まって、海外電話につなげる「○○○○コール」
というのを使っていました。
これが実は「指定外通話」の一部でした。
このくせ者は一般電話では1分8円の国内通話が、この携帯会社では「指定外通話」と
いう番号として扱われ30秒20円という高額になるのです。
確かにこの内容は 私ども受益者がきちんと把握した上で契約すべき事ですが、契約時
にいっさい説明はありません。
だいたい彼らからはそういうアナウンスメントはいっさいありませんし、「通知が本社
から来ている事を私らも知りませんでした」と飄々とはなしています。
月々固定金額「約1600円+若干費用以外いっさい不要」・・との宣伝文句で販促をしてお
いて・・です。
そして客からのコンプレインが発生すると「後付け」で、0570もふくめいろいろ書類を
だして「指定外通話の説明」をする。
私はこの会社の姿勢になにか納得できないまま「あ〜詰めの甘さや〜」と私の性格をな
じっていた訳です。
なにか、さっきのサービス慣れした日本人の「信じる心」「甘さ」がこれからの過酷は
世界環境ととつきあう時代に私も含め憂いする次第です。

そして、まだこの話しは続きます。(2回目)
しばらくして、その会社から今度は前述の同じ請求書と更に請求の督促状と振り込み用
紙が届きました。
「何じゃ?」と思い確認すると、電話料金の振替ができない、ついてはこの振り込み用
紙を使って支払ってほしいとの事。更に、それには延滞料が加算されています。
「なんじゃ!?これは!!」会社の当座の通帳のコピー迄持ってこさせて、さらに「振
替が出来んとはどういうこっちゃ・・」ということでまた電話。
かれらの指定した電話先(彼ら曰くセンター)では、「通帳番号が間違っています」・
・の一点張り。
通帳番号の「何が?」間違ってるの?と問い合わせても「それは個人情報でお答えでき
ません。」(個人情報は法人契約では関係ないはずなのですが)結局「埒」があかずま
た店へ電話。
店も、結局は同じところへ確認の電話をしたらしく、結論は同じ返答。マニュアル的に
答えます。
でも電話に出た店員に「おかしいやないか?通帳コピーをもってこいと言うから契約時
にもっていって、それを確認もしているのに・・」と私。
「通帳の番号は必ず持参者に所定の用紙に書いてもらっているはずです。だから、あな
た(=私)が書き間違ったのでしょう」と店員。
しかしこれは納得できません。 私はこれでも社長です。
対外的に大事な書類を書くときは「会社の当座NO そして所定用紙の「当座か普通かへの
マーキング(一番大事な点)そして番号を書き間違えるはずがない。」とまだ自負でき
る年齢です。そして、それには銀行印もおしている。
もちろん、私がミスを犯す場合もあるでしょう、でも今回は再度記入後、確認した記憶
もある。(大事な書類です)
その書類を見ながらコンピューターに入力するのは店員です。その際の彼の間違いは無
かったのか?内容を確認する手段は客にはありません。 
「お客様が間違った・・」だけで終わりました。

人の間違いを責めるつもりはありません。私もミスはあるし人はだれでも間違いをします。
でも、この携帯会社の間違いがない店には間違いがない・・の一点張りは、どこかの国の
工場の「死んでも間違いを認めない」言い訳と似ている感じがします。
特に、ITや携帯など新しい産業にこういう事が多いと思うのは、私の偏見でしょうか?
私は決してアナログ人間ではありませんが、今のコンピューター社会の一旦間違えればす
べてのデータが間違ったまま突っ走る・・
そして当人はそれを信じて、そこに間違いがおこるであろうという認識さえしない・・ち
ょっと心配です。

「おもてなしとサービス」の題材から書こうと思ったのですが「年末のぼやき」になって
しまいました。

20141226.jpg

写真は文面とは関係ありません(?)

  久々3ヶ月ぶりでの更新です。
「忙しい事が安心」という病気の私ですから、相変わらず6月末から7月中旬にかけて香港、
イタリア、中国、インドと走り回っておりました。

  仕事の進め方は、日本語を話してくれる中国の何軒かの取引先を除いて、基本的に共通会
話は英語になります。
  私の英語力なんて恥ずかしくて人様に誇れる代物ではありません。でも、最近ではどうい
う局面でも「ものおじ」しなくなりました。
わからないときは「何??」としつこく聞く。これの実践です。わからないまま聞いて行くと、
なにも解らない、ということが、ようやく解ってきました。
  というわけで、出張の機会が増えれば増えるほど、私の下手な英語力も少なからず向上し
ているのではないかと思う昨今です。

  今は「内向き日本」とは言われていますが、貿易立国でここまでになった日本です。飛行
機に乗っていると上手な外国語を話す日本人は結構いるな…と思いますし、私と同じブロー
クンなイングリッシュで世界中を飛び回っている中年男も多いな…というのが、私の感想で
す。彼ら(彼女ら)を見ていると、みんなどういう機会から英語をしゃべられるようになっ
たのだろうといつも思っています。

  私が英語を始めた初心は、ある人から言われた「貯めた金は減るが知識知恵は減らない」
の一言からです。これは、学業でもゴルフでも何でも同じです。私はある時から改めて英語
をすこし勉強をしてみようと思いました。もしこの英語の勉強を始めよう…が無かったら、
良くも悪しきも会社のスタイルは無かったかもしれません。これは少しですが自負するとこ
ろでもあります。そして、更にもっとビジネスというものや、財務会計も勉強していたら、
もっと会社は順調に拡大したかもしれないというのが、今の私の反省です。

  世の中いつも勉強…これは誰しもが若い頃から言われていた事だと思いますが、なかなか
これはその歳にならないものです。もっと勉強していたらよかった…これはいつも今も思っ
ているのですが、何事もスタートをきれないのですよね。
  偉そうな事を話していますが、私の送った海外へのメールに対して、その返信の一行目に、
「Hi Iwasaki san,Thanks for your reply  but I'm not very clear on your comment…と
返信、…大変ショックなことはしょっちゅうです。私の勉強してきた英語力なんて、こんな
程度です。学校できちんと勉強された人の英語をメールで見たり、話をしているのを見ると
恥ずかしい限りです。

  今、当社には英語、中国語をある程度習得している社員は何人かいます。また、1月から
海外取引と直結している社員に英語履修を義務化しました。これは当社を取りまく環境変化
からであること、そして、直接会話でコミュニケーションに参画して行く重要性が以前にも
増して出てきたからです。
  通訳を介しては、本当の「怒り」「困った状況」は伝わりません。どうしても間に立つ通
訳の「意訳」が入ったり、「ボロクソ」にケナしているのに、それをある程度、温和に訳さ
れていて、こちらの真意が伝わらないケースなど、いろいろあります。これは相手にとって
もしかりです。

  確かに、中国の多くの取引先は上手な日本語で我々に接してくれます。でも果たして、こ
ちらの言う事を全部正確に理解しているか…、これは大いなる疑問です。こちらから伝える
日本語が(我々が話している普通の慣用語であっても)彼らが100%理解しているとは思
えません。多分、彼らも全体の文脈で理解しているのだと思います。
  これが解りだしたのは、英語でビジネスをする機会が増えてきてからです。理解するには、
自分が外国語を話す機会がないと、なかなか文脈の理解もできないと思います。

  もっと極端な例を話しますと…、(電話での社員の会話→相手先は日本語を話す中国人)
…当社は大阪をベースにする会社ですから、当社は大阪弁が横行しています。「そんなんあ
かんやろ」…本来なら「それは都合が悪いでしょう」(多分「都合」を理解する外国人は少
ない)>>だから「それはダメですよね」と言うべきだと私は思います。これなら日本語初
心者でも解る。「どうすんねんな~」…本来なら「どのようにするのですか?」、「ちゃう
ちゃう。ちゃうがな~」…「違う違う、違いますよ」、こういう会話が横行しています。不
幸にも関西弁が全国ネットになった今は、島国日本では通じるでしょうが、一部の関西弁マ
ニアの外国人を除いて、彼らに正確に通じているとは到底思えません。

  別のケースもあります。
中国の取引先に仕事の説明をして、相手(日本語を話す中国人)の返事は必ずいつも「わか
りました」「わかりました」と言います。当然、私達はその返事は「理解しています」の意
味だと理解していました。でもそれは、その後の仕事から考えるとそうではなかったのです。
相手の返事の「わかりました」は単純な返事の「はい」…「ふむふむ」という意味でした。
「Understand!!Clear!!」ではなかったのです。彼らが学校で習った日本語は「わかりました」
=「ハイ」だったのです。
  でも、日本語の「ハイ」はいろいろ意味があります。(下記:辞書から)>これを「わか
りました」という日本語と混同している。

『はい(感)』
① やや改まった場面で、ごく一般的に使用される応答の語。呼ばれたときに答える語。
「―、中村です」の問いかけや誘いかけに対して、肯定したり応じたりする気持ちを表す語。
「―,承っております」「―,わかりました」
② 相手の注意を促すときに用いる語。「―,そこで息を止めて」
③ 言葉の末尾に置いて,上述の事柄を確認する気持ちや,へりくだった気持ちを表す語。
「必ず参ります,―」
 牛馬を進ませるかけ声。馬子唄などの囃子詞(はやしことば)としても使う。

  自分が外国語を勉強すると、日本語を話す外国人に対して「いかに解り安く日本語で伝え
る技術か」も解ってきます。そうすれば、少なからずも「理解できるしやすい文脈も考えて
話す」ということも解るはずです。
  これは、茂木健一郎さんがテレビで言っていたか、本に書いていたか、思い出せないので
すが、例えば「干す」と「乾かす」という言葉の使い分けに関して、似ているようで微妙に
違う。晴れた日には布団を「干す」。一方、濡れた髪を乾燥させる場合は「乾かす」かもし
れない。正解は、前者が hang??、後者が dry??。
  このように、言葉の使い分けは、微妙なフィーリングに基づいています。日本語で日本人
が話す場合は、この意味の違いはすぐに解ります。英語圏や中国語圏のNative speakerも同
じでしょう。でも、Nativeではない私たちが外国語で会話する時、これをいちいち考えてす
ぐに発するには、かなりの勉強と経験が必要です。英語も同じこと。Nativeは、いちいち文
法的にどうだからと考えて言葉を使っているのではない。なんと話しのフィーリングで、表
現を選択する。同様に、ここは過去形で話すべきか受動態で話すべきかは、Native speaker
は勝手に脳内活動が働いて話す事ができる。これらの事を外国語を勉強中の我々がすぐに出
来るはずが無い。
  日本人が英会話を苦手とする理由の1つは、「考えすぎ」。英検やTOEICなどのテストで、
正解を出そうと理屈で考える訓練は受けているが、フィーリングで迅速に言葉を選んでいく
には経験が必要。日常会話の現場では、いちいち考えていては間に合わない。文法的にこう
だからと会話を組み立てていては、もどかしいしテンポもおかしくなる。むしろ、必ずしも
正確ではなくても、臨機応変に言葉を発していったほうがいい。
  日本人が英会話を上達させる方法。それは、ずばり「なんとなくこう」というフィーリン
グを鍛えること。「正しい」「正しくない」の文法知識よりも、「わかってもらえるであろ
う(独断と偏見でも良い)喋り」を身につけよう。という意味です。
  だから、布団を干す/布団を乾かす = dry a Futon / hang a Futon  どっちでもいいので
す。これを話しの最中に「どっちかな~」を考えていたら、会話が止まってしまう。

  ある時、英語のクラスで授業前に先生から ”How are you today? ”と私に言ったので、
私は思わず“It's OK!!”と言いました。後からクラスメイトが「あれは“I'm OK”or“I'm
 fine”が正しいやろ?」と私に小声で言いましたが(確かに文法的にはそうです。)そん
なもんどっちゃでもいいんだと思います。これを真剣に考えていたら、英語の上達の妨げに
なるというのが私の意見です。
  もっと、会話力が上達した時には自然に主語は何を使うべきか…が自然に出てくる。幸か
不幸か、当社がつきあっている外国人はNaive English speakerが少ないので、彼らの英語
もかなり「ええかげん」な言い方をしている場合が多い。
  もちろん、彼らの英語力の方は私の比でなく高いですが、後で喋った内容を考えたり、メ
ールの文面をみていると、ここは文法的におかしいやろ…という表現がしょっちゅう。

  これを肯定すると英会話の先生は怒るかもしれませんが、英会話の第1段階はコミュニケ
ーションがどうやったら出来るか?でしょ。そして第二段階初期は、最初は会話の合いの手
で、“Yes~”“I see~”とだけしか言ってなかったのが、いろいろ彼らの会話をみてると、
合いの手で“perfect!!”“fantastic!!”“great!!”“unbelievable!!”“ Amusing!!”
などをしょっちゅう使いますから、だんだん俺も使ったろか…と思って使うようになる。そ
うしたら、どんどん会話が成立してくるような気がします。
  解らない単語が少し出てきても、だんだん文脈で内容が理解ができるようになってくる。
(なにかすごく偉そうな事を私は言っているのでしょうか…かもです。)

  要するに、私たちレベルでは、中学高校のみんなが不得手としていた「文法呪縛」からの
解放「会話への参加」が必要です。
  後は、話そうという勇気・度胸、へたな英語でも彼らは親切で同じレベルでゆっくり話し
を聞いてくれます。唯一、努力するのは単語をたくさん知る事。でも、英語は一つの単語を
覚えたら、名刺>動詞>形容詞へ、よく似たスペルで流れて行くので案外??です。
  そして私同様、学生時代に英語をちっとも勉強しなかった…英語嫌いでも、若い時に「嫌
々」授業で習った何千語という単語のかなりの部分が「脳」には入っています。だんだん思
い出してきます。
  そして、会話する場を得る事。これは重要ですね。…で3年間しっかり勉強すればあとは
必ず仕事でも使えるようになる…と社員に励ましています。

  というわけで、今日は本当に偉そうなことを書きましたが、しつこいようですが私の英語
力なるものは、本当にお恥ずかしいレベルです。(しつこいようですが。)
 
  私の次の勉強はこれ ↓ ちょっと小金をつかんだら、また偉そうに書きます。

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  私も2月7日に60歳になりました。
経験値も増え、若い時に比べ、少しは「おとな」になったかなというところもあります。
でも、その経験値がまたいい意味、悪い意味でも性格の「アク」を強くし、その「キャ
ラ」が他人様の批評に出てきます。
そんなこと「気にせんでもええんや」と言われる諸兄もおられますが、社長という「キ
ャラ」も立場的に必要だとも思うし…いろいろ考える年齢になったことには間違いあり
ません。

  この3月に稲盛和夫さんを伊丹空港で偶然見かけました。沢山のお連れの人を従え、
静かに笑顔でエレベータに乗って行かれました。
私は、イタリアからの帰りの成田からのフライトで、多分、稲盛さんは同時刻に着く、
羽田からのフライトだったのでしょう。多くのビジネスマンも、私と一緒に「おぉ~」
という感じで、到着ロビーで見送りましたが、その感じは、その場の雰囲気が有名人を
見る目ではなく、まさしく「リスペクトする」…という感じだった事は忘れられません。
「オーラ」はもちろんの事、本当に腰が低いのです。あのJALを「厳しく」再生し、
今も名誉会長のはずです。
  でも「偉いさん」という感じでは決してなく、私たち乗客に対するニコやかな態度と
振る舞いは、決して作られた笑顔ではありませんでした。まさしく「ほんとうに皆さん
ご搭乗いただきありがとうございました…」という感じ。人徳や人格というものは、こ
ういうものか…というのを改めて感じた次第です。とても稲盛さんの域まで達する事は
今も将来も私は無理でしょうが、この出会いがあったということが、これからのビジネ
ス人生について考える節目になったことは間違いありません。
  その後、稲盛さんの本もまた買ってしまいました。

  話しは変わりますが、先日、遅くまで知り合いとキタで飲み食いし、11時40分の
最終の奈良行きの快急に乗る為に、難波までタクシーに乗りました。下車時、料金はメ
ーターを見たら1400円、酔っていても間違いありません。でも、私は(60歳にも
なって)相変わらず悪い性格で、必ずこういう場合も相手に確かめます。時々ですが、
タクシーは交通サービス業にも関わらず、何も言わずに目的地に到着したらメーターは
自分で見ろ…という態度に時々腹が立つからです。この運転手も同じ感じでした。
  運転手に「いくら~?」とたずね、そして1400円という返答で確認したはずです。
経験値から言っても、キタからミナミまで深夜でこのくらいの料金です。そして私もメ
ーターを見たし運転手も返答をした。そして2000円を運転手に渡し、600円のお
つり。私は500円玉と100円玉の2個を受け取とり(そのつもり)、「おおきに~」
と言って車外へ。そしたら…地下への階段を下りる際に2つのコインを見たら100円
玉2個だけでした。400円少ない!!
  これは、 
①私が1800円を1400円と見間違えた。<<でも、これは前述の通り絶対ないは
ず。運転手と復唱確認した。
②私が100円玉と500円玉を見間違った。<<これは酔っぱらっていても間違いな
い。2度3度見たから。
③運転手がおつりを間違えた。<<でも、これは確認しなかった私のミス。人間はミス
をするというのは私の仕事上でも絶対論。
④運転手がおつりをごまかした。<<疑いたくはないが…。

  普通、60歳の人はこういう場合どう考えるのでしょうか?私は 即刻④でした。
子供の頃は何も考えず「あぁ~400円も損した」と悩むだけ。何事も性善説で考える
若い頃は①か②で考える。いろいろなシチュエーションの経験が増え、年齢を重ねると
③か④になってくる。60歳になると絶対に自分が正しい。という④になってくるよう
に思います。(今回のケースは絶対に④だと思っています。)
  若い頃は、イケイケにも関わらず、反面ジクジク「損した~」と思い、その経験が将
来のトラウマにする。30代40代50代の働き盛りは、双方のバランスが良くなり、
人からは「若い頃より円くなったね」と言われ、こういう場合も、運転手の間違いかな
??それとも俺も確認しなかったしな~と、いろいろ思う。それがさらに歳を重ねると、
問題に関しての回答は、その経験からまず「結論」が先になる。…「俺は間違っていな
いし~」と先にきてしまう。そしてプライドも邪魔して「上げた拳を下げられなくなる
」=「頑固になる」という方程式が成り立つと分析しています。それを頑固に④と思い
込む私はやはり歳を取ったのでしょうか?前文に戻って、稲盛さんはこういう場合どの
ように考えるのでしょうかね?

  当社も5月から新しい63期が始まりました。父親が作った会社ですから、私より年
上ですが「頑固」にならず、過去否定も含め、新しい考えで進んで行かねばなりません。 
一生懸命だと知恵が出る、中途半端だと愚痴が出る、いい加減だと言いわけがでる=武
田信玄です。あぁ~私もこういう話しに「納得」ばかりするようになりました。でも…
お金は減っても知恵は減りません。一生懸命すれば知恵は増えるそうです。何を書こう
かわからないまま書いたら、またこういうダラダラとした話しになりました。

  昨日から今年も上海の展示会に参画しました。
ますます中国国内販売に力を注ぐという目標達成の為です。まだまだ私の個人目標からは
ほど遠い数字ですが、縮小日本の今後を憂慮する私の大目標でもあります。
  ちょっとブースのロケーションが悪く不満足なスタートではありますが、他のブースに
負けないように戦略を組んでゆきたいと考えています。

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  でも、国家が戦略として売り込んでいる韓流で代表されるように、国家戦略の勢いの差
なのかどうかはわかりませんが、「Great Korea」と冠した韓国のブースの力
の入れ方には圧倒されます。数十のブースが群を列ね、中国販売に力を入れています。国
が輸出振興として資金的にも応援しているのでしょうね。出展のほとんどが中小企業と思
われます。
  それに比べ日本ブースは少数。この内向き思考と国内需要の縮小という問題が、ほとん
どの人が知っていっても本当の意味での認知がされていないのが、やはり日本の問題のよ
うに思います。そして、1000兆の借金がありながら、ほとんどが日本国民からの借金
だから…という変なところでポジティブな考え…まだまだ日本は大丈夫では??…という
我々国民。 

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ほんとうに大丈夫なのですかね?
  アジアでは、まだまだ1番の先進国だと誤解している日本人。「おもてなし」だけで、
ぬくもりのあるホスピタリティ豊かな「日本」だけで、これから世界にむかって立ち向か
えるのでしょうか?
  考えてみたら私どものブースからは、今回は完全に「日本製」は消えました。これでメ
ーカーとして立ち向かえるか?という私自身の矛盾とジレンマもあるのです。でも、世界
を相手にする為にはサンプルは日本で作れても、量産はコスト的にも数量的にも出来る生
産背景がないのです。その中で日本という国の得意技、クオリティコントロールだけで、
今後の世界に立ち向かえるか?と言えば答えは「NO」です。世界中のビジネスはもちろ
ん、国民ももっともっとアグレッシブに進んでいるとおもうのですが…いつも海外に出た
らこう思う私です。
  ちょっと自虐的すぎますかね?

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  アベノミクス?…でも円安がとまりません。
  マスメディアや政府広報が「日本経済は回復途上…」とのアナウンスメントを出してく
れるのは別に良いのですが、彼らの主なおつきあいは「経団連のお偉い方」など、日本経
済を引っ張る主たる輸出大企業の面々…。円安効果で株価など高騰し、資産価値が上がり、
小金持ちが増えてロレックスなど貴金属はじめ、高額商品が買われ、消費は上昇。
  昨年末には「デフレ終結」なるインフォメーションが出されました。それを更に4月か
らの消費税アップがあおる。建築資材やその労働賃金が上がり、予定価格で落札できない
公共事業もあるなど、ミニバブル状態?とか。
  でも、私たちを含む輸入企業や国内マーケットを主たるお客様にしている中小零細企業
は全く逆です。昨年に比べ18%の円安は企業利益を圧迫しています。この報道は前者が
100とすると10も無いのではないでしょうか?まさか報道に政府が干渉しているとは、
この自由国家日本では考えられませんが、疑いたくもなる昨今のメディアです。
  今の為替は5年前と同じ水準じゃないか…との意見は真っ当ですが、少くなくとも我々
商品の市場価格は、完全に1ランク下がっています。そしてマーケットには海外からのS
PAが乱入し、値段競争に拍車をかけています。
  海外からの訪日客が円安で増えるのは結構な事ですが、それでもわずか年間1000万人…
1日わずか3万人です。もちろん新幹線に乗ったり、ホテルに泊まったり、お土産を買っ
たり、それなりの経済効果はあるでしょうが、これと同様に海外からの販売攻勢に国内産
業は脅かされています。

  その中で、付加価値を付けた商品や仕事を開発し、生き残りをかけるのが我々経営者の
仕事です。そして、負けたところは市場から消える…これが資本主義経済の本来の姿であ
ることは間違いありません。
  日本社会の企業は大きな消費市場である国内マーケットに、この何十年安住して来まし
た。それが大きな間違いであったと気づいた昨今、将来は大企業しか残れない?そうはな
いと信じる国民も・・・まだ日本は大丈夫?と思っている・・・これが心配な昨今です。

  このお正月明け1ヶ月で、経由地も含めれば、インドネシア、マレーシア、中国、イン
ドを仕事で駆け抜けてきました。
  いかに彼らがアグレッシブか、そして貧富差は日本と違って格段に大きいものの、かな
りの部分では、レベルは日本と同じ…いや日本以上の先進部分があります。更にビジネス
上のリスク管理、積極性、これは完全に彼らに負けています。大丈夫か日本?偉そうな事
を話して申し訳ないですが、彼らを見ているとかなり焦る昨今です。
  当社でも、外に出る社員に、1月から英語を必須化にしました。彼らと対等に共通語で
話さないと、日本の優位性、優越性はない・・・が私の考えです。
  海外の企業と同じ土俵で売る、そしてその力をつける、これでないと縮小日本では生き
残れません。そういう意味で、ぼやきが多くなる昨今です。でも相変わらず忙しさだけは
人に負けていません。

  18日から、インドの取引先の社長の娘さんの結婚式に招待されていたので、せっかく
のご招待ですから、いろいろ仕事も兼ねて行ってきました。
  ヒンドゥ式は結婚式と披露宴が3日間、何百人の世界中の取引先や親戚そのほかの招待
客とともに、毎日深夜まで続きます。
  彼ら両家は当然桁違いのお金持ちですが、所変われば結婚式事情もかわる…当然でしょ
うが、我々仏式の結婚式がいかに「日本的質素」であるかよくわかりました。
  招待客が泊めてもらえる3泊の五つ星ホテル(インド宮殿風)は、すべて彼らホストも
ち(もちろん私の宿泊費も含めて)その結婚式たるや so ammusing and excited でした。
多分経費は一億円近く?くらい…らしい?その経費、贈答の宝石類含め、ほとんどが新婦
側が負担するとか。本当にインドのお金持ちは桁違いです。
  この夢のような3日間をまったくテーマパーク状態の環境で過ごし、その後コルカタま
でインド国内を横断し、出荷商品の検品、スケジュール管理ほか、一気に現実の厳しい仕
事に戻ってインドを出国しました。
  コルカタから深夜発>中国昆明乗換で上海へ、土曜日の朝10時に到着、そしてまた仕
事、夜は旧正月前の現法Jistyleの忘年会。
  ちょっとハードでしたが、日曜日にJAL便で帰国しました。


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 ※ 画像をクリックしていただきますと、拡大画像をご覧いただけます。

◆2014/01/06 社長ブログを更新しました。

明けましておめでとうございます。
アベノミクスはどこへやら…円安に当分悩みそうですが、
本年もよろしくお願い致します。

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ちょっと事情があって、新年早々インドネシアのスラバヤへ来ています。
取引先の工場がリニューアルオープンした披露の祝賀会です。昨日はヒンドゥ教でも式典
へ呼んでくれました。
日本の地鎮祭や竣工式とは違って、厳かな中にも近隣からたくさんの人が来て、さばけて
いて楽しい式典でした。

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スケジュールの都合もあって、今回フライトに日本から初めて本格LCCのAirAsia
を利用しました。コストはネット予約で、関空4日夜中発でクワラルンプル経由スラバヤ迄
44,280円。帰国はジャカルタからクワラルンプル経由で関空迄なんと18,393円!!
ビジネスクラスにアップグレードしても約+10,000円です。(でもこれはなかなかと
れない)でも、隣の席はエンプティという座席なら3,000円エキストラだけ。顧客にい
ろいろな選択肢を与えるというビジネス流儀です。この安さはどこからくるのでしょうか?
それなりのLCC手法に関する知識はありましたが、今回も預け荷物は7Kgまでなら無償、
そして20Kgまでは1フライト3,000円エキストラです。なかなか手強いです。きっち
り取るところは取っている。結局、私の荷物は13kgあったので、往復4フライトで12,
000円必要。でも、これでも彼らは儲かっている。(日本ではAirAsiaJapan
は失敗撤退を昨年しましたが)
これが世界の趨勢ですね。いかに安く提供して、そういう顧客をとらえるか??デフレとい
う文字が政府の経済指標から消えても、世界とお付き合いするにはドメスティック思考はダ
メですね。

 

  もう師走。昨日1日は日曜でした。自宅でゆっくり…と思ったのですが…、来る20
14年こそ元旦配達をめざし、年賀状制作を始めました。
  インドで買った馬をデザインした「ブロックプリントの版(型)」押しからスタート。
とりあえず、住所の印までは押し終わりました。今年はすべてハンドメイドで出そうと
思います。なぜか年賀状だけは手書きにこだわる私ですが、住所書きが、いつから始め
られるか?これが問題。とりあえず本日から数日中国ですし、帰国後、週末からインド
なので、なかなか今年の暮れも年賀状書きは、順調よく進みそうもありませぬ。

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  先月、大阪市内のホテルで小学校の同窓会がありました。白髪頭、はげ頭、デブった
やつ、多数来ました。あこがれのマドンナも、それなりにオバはんになっておりました。
でも当時からの「ヤンチャ」と「オテンバ」は、相変わらず「ヤンチャ」キャラのまま。
そして当時の成績優秀「かしこ」は、やはりそのまま落ち着いた「オジさま」「オバさ
ま」になっていました。

  私たちの世代は、団塊世代末期よりも6~7年後の生まれです。それなりにまだまだ幼
年期は貧乏日本でありましたが、もちろん戦後のドサクサや食料で、ひもじい思いをした
記憶は無い年代です。
  力道山のプロレスや、アニメではない映像での「鉄腕アトム」や「月光仮面」は知って
いますが、街頭テレビは知らない世代です。小学校時代はほとんどの家に白黒テレビはあ
りました。黒電話も70%の家庭にはあったと思います。
  でもトイレは、ほとんど汲取のポッチャン便所。我が家にはガス風呂はありましたが、
シャンプーはまだ我が家にはなかったと思います。頭に石鹸をこすりつけて、髪の毛を洗
っていた記憶です。決して贅沢はさせてもらえませんでした。

  でも、小学校5年生で東京オリンピックがあり、聖火リレーやアベベ、東洋の魔女を生
放送で見た世代です。
  中学時代にビートルズ来日に興奮し、高校時代に大阪万博開催等…、大学卒業の頃にオ
イルショックを迎える迄、団塊世代の先輩方が作ってくれた順風な日本の高度経済成長と
ともに育った年代です。
  今、私たちの世代は定年間際になってちょっと苦労してますが、バブル経済も社会人で
経験しましたし、よくよく考えれば、私たちの世代は戦争も極端な貧乏もしらない「一番
良い幸せな年代」なのかもしれません。

  今回の同窓会で、小学校、中学校、高校、大学と全部の育ってきた同窓会が出来ました。
この人脈バリエーションは、歳を重ねるに従って大事になってゆくのでしょうね。
  というわけで、年齢も考えず、多くのオッサンもオバはんと共に3次会まで「ばか騒ぎ」
して「疲れて」お開きとなりました。

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  小学校6年生の「僕ちゃん」の写真が見つかりました。こんなに可愛かったのに、歳を
重ねるごとに「アク」が強くなってゆきます。

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  先週までインド、中国の出張に10日間行ってまして、今回は特に機中泊2日のかなり
強行軍でしたので、この日曜日は完全休養日。天皇賞もあるし、テレビをみたり、知り合
い3人が「大阪マラソン」にでてましたので、ネットのサイトを追いかけて彼らの走行状
況を確認しながらグータラ日曜日となりました。
  私は、こういうイベント事にいっさい参加する気はないのですが、42.195kmを走
ろうと思う彼らは大したもんだと思います。結果は全員完走でした。トップは女性の5時
45分18秒の18871位、二番目は5時51分39秒の19793位、どん尻…とい
っても尊敬に値しますが6時51分22秒で27031位、本当にエネルギッシュな彼ら
がうらやましい。
  でも最近のこういうイベント事はすごいですね。web siteに「彼らの名前」か
「ゼッケンナンバー」を入れると、今、彼らがどこを走っているか検索できる。そして、
いくつかのポイント場所では、走行の姿を動画サイトで閲覧できます。もっとも3万人の
ランナーですから全然わかりませんでしたが…。

大阪マラソン.JPG

 

 

 

 

 

 

  完全休養日という事で、暇つぶしにJALのサイトも見てました。上級顧客という事??
でJAL Global Clubに入会して9年目、フライトの予約以外はあまりサイト
を見る事はないのですが…。自分の生涯フライト記録というサイトを発見しました。驚き
ましたね!なんと9年間でJALだけのフライト回数は、国内線378回、国際線220
回、合計約600回。地球を17.6回も周っておりました。飛行時間は1167.1時間、
48.6日になるんですと…。
  まぁほとんどが仕事がらみのフライトと思いますが、海外ではワンワールド以外の航空
会社も多分に使いますから、実際はもっと乗っているわけです。まぁ出張が私の仕事密度
のバロメーターだと思っていますから、もっともっとマイルを増やしたいと思っています。

JAL.JPG

 

 

 

 

 

 

 

  という事で前述の通り、インドへ行っていたのですが、土曜日にインドの重要な取引先
から「娘さんの結婚式の招待状」のメールが届きました。ホテルも手配したので是非来て
欲しいと…。それは大変光栄なのですが、招待状に文面が添えられていまして…、

Dear Iwasaki,
I am pleased to inform you that my daughter is engaged and she will get married
in January 2014 .
I want to invite you for the marriage.
As you know Indian Weddings are grand events as such marriage celebrations are
from 19th-21st Jan-2014.

  なんと、結婚式のイベントは1月19日~21日迄、3日間もあるそうです。スケジュ
ール調整と共にお祝い他、せっかく招待してくれているのですから失礼にならないように、
どのようなアレンジにしたらよいものか…。

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  また7月以降2ヶ月間もブログの更新をさぼっていました。その間に中国に2回行き、
新しい検品工場の立ち上げがあったり、今回は完全にリニューアルなので、会社の就業
規則、有給休暇等を中国法律にのっとって整備したり、新しい設備で新しい会社を目指
す方向で進めていました。
  現場の大部分は総経理、副総経理で進めてくれるでしょうが、基幹の骨太の部分は絶
対にタッチしたい私の性格なので「事細か」に指示や話し合いをしていたら、はや二ヶ
月が経過していた次第・・・猛暑も一段落の9月になっていました。
  先週、出張期間中にオリンピック東京大会が決まり、帰ってきたら台風がきまして、
15日と昨日の祝日は大雨だったので、自宅で完全休養。雨台風の経過を見ながらブロ
グの作成と相なった次第です。午後になって台風一過、青空が戻ってきました。

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    さて、当社上海の検品場「上海斯黛服飾有限公司 Shanghai Jistyle Company Lt
d」は、什器設備をすべて白ベース+赤に統一して、この写真のように生まれ変わりま
した。
  なぜか中国の日系検品場は、工場内は明るいのですが顧客を迎える玄関は何処も薄暗
く私はこれが嫌だったので
玄関も明るく、施設内も明るく、従業員の休憩設備やトイレも日本標準で明るく、作業
員も明るく挨拶も接客ができる中国現法を目ざしています。
  王総経理、喬副総経理以下18名、当社や日本ほか海外への輸出商品を初め、当社の
中国内販商品などの最終検品が目的です。自社商品は必ず自社の目で見る。この方針に
変わりはありません。国内岐阜の検品Divと同様、今までに増して威力を発揮してくれ
るものと信じています。

★上海斯黛服飾有限公司 Shanghai Jistyle Company Ltd

上海市浦東新区六蒜鎮鹿園工業区鹿吉路369-5 201322
NO.5-369 LUJI RD. LUYUAN INDUSTRIAL PARK LIUZAO TOWN PUDONG NEWAREA
SHANGHAI,CHINA
TEL 021-68162511 / FAX 021-68162512 IMG2501.jpg

 

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  同時に、北京西路のJis storeも秋冬バージョンにリニューアルしました。オープンか
ら1年、うれしい事に最近はリピーターのお客様が増え、「お客さんが新しい商品の入
荷を楽しみにしている」という話が日報でよく入ります。

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 尖閣問題以降、嫌日・嫌中など、いろいろ日中関係をとりまくメディアの話が多い昨
今です。だから最近、訪中すると私は彼らに「日本て嫌いなの??」と尋ねます。その
答えは私が理解する限り「ほとんどNo」です。
  でも大局的には「日本商品は好き。でも日本人??微妙…」「好きでも嫌いでも…単
なる外国人…」なのかもしれません。私たち日本人が日本人に「アメリカ人好き?」と
聞けば「Yes!!]と一律に言えないのと同じ??なのですかね。
  少なくともJis storeに来てもらえるお客さんは「日本ファッション大好き」そして
「日本で管理された商品(中国製であっても)は品質が良いから好き」に間違いありま
せん。同じ事を工場の人や当社上海の社員達にも時々尋ねます。もちろん彼らにとって
私は「顧客」ですし、上海の社員にとっては「日本の社長」ですから、それなりの「敬
意」と「お世辞」や「オベンチャラ」もある事を差し引かなければいけませんが、相対
的にネガティブな意見はあまりありません。「日本商品は好き」と「日本人が好き」
「日本という国が好き」内容はいろいろあるでしょうが、あまり真剣に考えればキリが
ありません。「まあこんなもんとちゃうんかいね…」と思うのがよいと考えています。

  中国(mainland China)は明らかに我々日本と文化が違う国ですから、いろいろと仕
事の上でもお互いの理解がしにくい面は確かにあります。
  日常茶飯事の「日本常識」と「中国常識」のぶつかり合い。そして我々日本人とは違
うレベルの「中国人的思考のメンツという重要性」。これもなかなか日本人には理解し
がたい中国文化です。
  しかし我々の「(世界観からみて)日本的非常識な思考」面では十分考えて接しな
ければ、彼らとはうまく仕事がポジティブには進みません。
  お互い自国では相手の仕事に関してボヤくのは仕方がない。国も思考も違うわけです
から。でも、例えば私が上海の会社の従業員の休憩室に入れば「家でとれたブドウ」
「桃」を食べきれないほど持ってきて「ドーゾドーゾ」とすすめてくれたり、「自分の
息子がどうした」だの「自宅の犬が子供を産んだ」写メをうれしそうに見せてくれたり、
仕事ではいろいろぶつかっても朝会えばお互いに「ニーハオ」そして「謝謝」そして退
勤のときには「辛苦了(お疲れさん)」「再見!!」言葉は通じなくても笑顔と会話あ
ればコミュニケができて理解できるものと信じています。
  でもこの根拠となるものは、会社ならその「業績」です。営業会社である限り、働け
ば働いた対価を支払うのが社長/総経理の仕事そして義務ですし、社員は責任ある労働
をするのが「義務」です。そしてお互いの「妥協ある対価」が「給料」です。これは日
本も中国も同じ。「無償の対価」は絶対にないと思います。これが社長のプレッシャー
となり仕事をする。(いつもこれで疲れますが<笑>)
  リニューアルした新しい上海の会社がどのように発展するか楽しみです。

(余談)
  話はまた長くなりますが、最近の出張は仕事の道具が多すぎる。そして出張に行けば労
働時間が長くなる。これは年齢のせいですかね?大変疲れます。最近は中国も新幹線や高
速道路が網の目のようにできたので昔のように、移動に6時間、取引先での仕事は1時間、
そしてまた移動に5時間…というのは滅多にありませんが、仕事が終われば食事をして、
部屋に帰れば10時か11時。そこからひと風呂浴びて、メールを開いてチェックをして
返信したり日報等を作成したらもう夜中の0時を十分にまわっている毎日です。昼間も携
帯電話も場所や時間を問わず内外から入ってきたり発信したり…。


(必ず必要なもの列記しますと)
・パソコンと(長期の場合はマウス)と電源
・ipadと電源
・海外用のNokia携帯と電源
・そしてiphoneと電源
・国よったらコンセントが違うのでそのプラグ
・時々はレンタルのwifi機器 
・(上海なら上海市内交通機関(地下鉄、タクシー用)の交通カード)


  今のモバイル機器はだいたい250V対応なので必要ないですが何年か前までは「変換機」
(これがまた重たい)も持っていってました。
これを移動の度に、忘れ物はないかどうか…チェックしながら片付けなければなりません。
まあ、みんな同じと思ってますが、便利になる反面、昔はホテルに入れば入電したファック
スを見て、それで終わり。夜は、言葉の解らないテレビを見て就寝だったのですが…。

(部屋の中でのモバイル機器)
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 それにしても、上海の蒸し暑さは何なのだ!!というこの2~3日です。
大阪の暑さの比ではない。盛夏の5月のインド並み。

  さて、当社の上海検品ディヴィジョン上海吉斯黛服飾検整が、7月中旬
に新たな場所でスタートします。
施設内は白を基調に今ままでとは違い、全てをリニューアルしています。
作業場と倉庫は1フロアで、動線はワンウェイです。
  今日迄、その調整とチェックで出張中。新しい事を始める時は、いつも
楽しい。
近日、新たなご案内をさせていただきます。よろしく。
 

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  先月29日からイタリアに出張しています。
チケットを今回はJALにこだわって、先般トラブルから復活したboing787に乗りたか
った事もありまして、往きは伊丹>羽田>(深夜発)>Paris(CDG)>Milan(Linate) の
コース。
  帰国は本日5日で、Milan(Marpensa)>Helsinki >(この便がいよいよ787)>成田
…羽田>伊丹というロングコースになりました。
ヘルシンキ>羽田便は7月からの新設空路で、787就航記念ダブルマイルプレゼント
キャンペーン中です。
ケチくさく、このキャンペーンにのってしまいました。

  コモで3日間の仕事が終わり、本日朝ミラノへ移動。ゆったりとマーケットリサーチ
をして…そして少しだけ買い物を。
  ミラノの地下鉄では、いろいろ発見しました。
セントラル駅には、エスカレータ設置より安価なのでしょうか…乗客のバゲージ運搬用
のベルトコンベア。でも結構便利そうです。
  そして、やはりエスカレータでは左側歩行、右側の立ち止まり原則…世界標準はこれ
です。ロンドンでもパリでも香港でも同じ。上海はむちゃくちゃですが、大阪も左側歩
行。右側歩行の東京がやはりおかしい。外国人に優しい町づくりを推進していない。
東京文化はやはり世界標準じゃないわけです。大阪が世界標準。

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   地下鉄車内には、ミラノ漫画フェスティバルの中吊り広告…Japonezeとありますから、
日本の文化輸出も、だんだん盛んになってきました。
  20年前のドウモ界隈の広告は、Panasonic、Sony、TOYOTAなどの産業広告ばかりで、
これが「発展日本じゃ~」という感じでしたが、その後の経済停滞が長い間続き、広告
がSamsungやLG,Hundaiの韓国勢に取って代わられてますから、こういうのを見ると少し
うれしくなります。経済だけが国家繁栄ではない!!…という負け惜しみ??

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  でも、イタリア人はどうしてこうも赤と黄色が好きなんでしょうか?地下鉄構内もあ
らゆるところに赤と黄色+もう一つのイタリア大好きカラーのグリーン。もしこれらの
色の取り合わせが日本の街中であったら、気が狂いそうな街になりますが、なぜかイタ
リアでは、きちんと様になっています。

  あまりの暑さで、夕刻に一人ビール休憩…早かったですが、ついでのペンネポモドー
ロも食べました。明日のために早めに寝ます。

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 ※ 画像はクリックしていただきますと、拡大画像をご覧いただけます。

 

  当社の62期が5月から始まりました。
当社の決算は4月。いつも決算は社長と働く社員の成績表だと思っています。
皆さんのおかげで及第点はとったと思っていますが、いつも考える事の多い
この5月の連休です。

  もともと精神論は好きではありませんが、倒産会社JALを再生した稲盛
和夫氏(京セラ相談役)の本に、こういうことが書いていました。
「仕事(人生)の結果」=「考え方」x「熱意」x「能力」
人生や仕事の成果は、これら3つの要素の「掛け算」であり「足し算」では
ない。

  1.まず「能力」とは、才能や知能と言い換えてもよいのですが、多分に
先天的な資質を意味します。健康、運動神経もこの範疇に入るでしょう。

  2.そして「熱意」とは、情熱や努力する心のことです。パッションです。
これは自分の意思でコントロールできる後天的な要素です。

  この1と2のどちらも0点~100点まで点数が付けられます。掛け算で
すから、能力があっても熱意に乏しければ良い結果は出ません。でも能力が
なくても、それを自覚して人生や仕事に情熱があれば、先天的に恵まれた人
より良い結果が得ることもあります。

  3.そして最初の「考え方」は、3つの要素で一番大事なこと。この「考
え方」次第で人生は決まると断言しています。「考え方」とは漠然としてい
ますが、いわば「心のあり方や生きる姿勢」です。自分の哲学や理念、思想
も含みます。

  この「考え方」が大事なことは前述の1と2とは違い、マイナスポイント
があるからです。0点が最低ではなく、その下のマイナスもある。つまりプ
ラス100~マイナス100まであるということです。したがって「能力」
と「熱意」に恵まれながらも「考え方の方向」が間違っていると、「成果」
はネガティブになってしまう。「考え方」がマイナスなら掛け算をすれば、
マイナスにしかならないと言うことです。では、「プラス方向の考え方」と
はどういうものか…それは常識的に判断される「良い心」。常に前向きで建
設的であること、感謝の心をもち、協調性を有していること。明るく肯定的
であること。善意に満ち、努力を惜しまず、足るを知り、利己的でなく強欲
で無い事である…と、彼は説いています。全く同感です。

 大学を卒業した時、担当の先生が最後に私たち学生に話をしてくれました。
「自信が出来、うぬぼれた時が一番怖い。」
 また私が父親から社長を譲られた時、私を子供の頃から見ていた当時の税
理士さんもこういうことを私に話しました。「社長という職業はな、最初は
事業欲で始めるんや。そのうち私利私欲が出てくる。そして最後に名誉欲を
求めて死んでゆくんや。そういう社長を過去何人も見てきた。」

 要はコンプライアンスが、私の中の今期のテーマです。公明正大、法令遵
守、別に当社の過去の商行為で問題があった訳ではありませんが、初心に戻
ってビジネスを進めてゆきたいと思います。
 でも反面、欲もないと会社は経営できません。リスクをとらないと会社は
伸びない。リスクを取らないことがリスクになります。このバランスが稲盛
氏のいう「考え方」だと思います。
 「ドアもノックしないと開きません。」私の信条です。
 

  最近年齢のせいか月日の経過が本当に早い。それともそれだけ
世の中がせわしく動くのか??自分では、まだまま若い若いと思
っているのが間違いなのでしょう。
  良く考えれば、かつて「日本の政治家なんて、みんなオジサン
かおじいさんの人ばっかり…あんな年寄が政治をしているから日
本の政治は古いんだ…」と思っていましたが、時のアベノミクス
=支持率上昇中の安倍首相は、私と同い歳。
気がつけば、橋下日本維新の会代表など私の世代より若い政治家
がドンドン出てくるようになりました。
若い人がうらやましいと思う今日この頃です。
 
  さて、今日で東日本大震災から早くも2年とか…。2年前この
ニュースを私が知ったのは、上海で展示会出展の真っ最中でした。
その日本の大惨事から、はや2年…ちょっと早すぎます。
  そして、このブログもお正月から更新をしなければしなければ
…と思いつつ、気が付けばもう3月。
驚くほど早い月日の流れです。これが年齢でしょうか?

  そういう訳でブログ更新も月日の速さに私の頭脳と労力が追い
付かずして2ヶ月もサボっておりました。
1月半ばから、いつもの調子で社員と共にイタリア、フランス、
トルコ(ここは初めて)の出張。
2月には、上海で旧正月前の上海織工舎・嘉音検品会社の忘年会
に誘われ…また訪中(決してそれが目的ではないですが)。
忘年会は楽しいお酒でしたが、久々の中国カンペーイ宴会で張り
きりすぎて、紹興酒を飲み過ぎて悪酔い…。
この年齢にして恥ずかしながら現地社員の王くんにホテルまで連
れて帰ってもらいました。
  そして2月末からインドへ。まだ気温は真夏ではないです…と
言いながら KOLKATAなどは、すでに30℃。氷点下の日本との温
度差でちょっとお疲れで帰国。1週間おいて、また上海へ。
昨夜から上海泊りで、今週末帰国します。
 
  今回の上海の目的は、昨年9月に開店した「JIS上海stor」の
春商品への改装です。
上海へ日曜に入りまして、完全に店を scarf socks / spring &
summer collection にリニューアルしました。
  ちなみに今回の「売り」はイタリア製とトルコ製ソックスの導
入です。ちょっとお高いですが、その vividな色合いや配色の新
鮮さが中国マーケットに受け入れられるか??がポイントです。
  そして、知り合いのメーカーにご協力いただき、春夏向けにカ
ジュアルバッグと帽子を新たに導入しました。
当社はあくまでメーカーのポジションですが、でもリテールは楽
しいですね。自分たちが作ったりbuyingした商品を、その価値を
最終消費者であるお客さんが、彼らの直接目線で買ってくれる。
まだまだ店の規模は小さいですが、メーカーとは違うexcitingが
あります。
 
  そして明日12日からは、浦東の大きな展示会場で中国内販向
けの Fashion展示会「Mode Shanghai」への出店です。
一部商品が通関できていない、というハプニングがありますが、
本日1日かけて展示準備に追われて終了。
明日からスタートします。

__ 2.JPG

 

  気がつけばもう2013年になっていました。
ブログ更新も忙しさにかまけて9月から忘れておりました。
改めて、あけましておめでとうございます。
 
  何処の経営者も同じだと思いますが、いつもこの新年に私自身と社員
に「コミットメント」を出します。
その内容は、いつも「このライン(方針)で進行してください」という
社長通達です。この中には途中で軌道修正したものもありますが、基本
いままで必ず実行してきました。
ただ、新しい道が軌道にのるのは最低1年~3年かかります。しかしビ
ジネスは新しいことへの挑戦とリスクをとらないと必ず衰退します。
  私の中には「ジジババストアは潰れる」という、学生時代の先生が言
い張った「トラウマ」があります。
そのことが頭全体に浸みこんでいます。だからいつも「なにか新しい事
(something new)」を追い求めるのがビジネスと思っています。
「変化」「対応」は、私にとっても社員にとっても大変なストレスです。
でもこの時代、頭脳の「新陳代謝」が益々必要です。
  世の中が変われば会社も変わり、仕事も変わる。前述の「過去否定」
が必要です。そして実行が必要です。言うだけは、誰でも出来る。
今年も頑張らなければなりません。
 
2013年賀状.jpg

 
 

 

 

 

 

  一応ブログですので、日記ではありませんが昨年からの出来事後半を
まとめて書きます。
最近FaceBookに少しはまってまして、そこから抜き出しました。
 
(10/6)
  日曜日、大学のOB会がありました。クラブの創立45周年を来年迎
えるにあたり、連絡業務などを現役の学生に任せず、リメイクして出直
そうという趣旨の総会でした。私より上の世代は、すでにリタイア組も
でてきているので、少し暇になってきた(??)ようです。
久しぶりに数十人が集まって旧交を温めました。それは良いのですが、
終了後、同世代前後の仲間と夕方5時前から呑みに行きました。
でも嫌ですね。オッさんばかりの宴会。雑に残った料理。学生時代と全
く食べてる中身も残し方も当時と同じ…雑!!
でも話の内容は定年後の過ごし方、年金の話。健康維持の話…仕事の話
しは少し減った…俺ももうそんな歳?
 
(10/17)
  18日から中国上海へ行って2日間仕事、その後インドとインドネシ
アへ行きます。ちょっとハードな13日間出張です。チケットをエクス
ペディアで取得中。でもやはりネットの時代。安いそして取得が早い。
上海からデリーまで35600円。ジャカルタから関空までソウル経由
のKEで44990円。マレーシア経由でLCCエアアジアなら大阪ま
で20000円足らず。一体どうなってるの?という感じです。
まだ出発地の関空から上海とインドコルカタからジャカルタまでのチケ
ットを取らなければなりませんが…。
 
(10/29)
  Staying Bandyng in Indonesia tonight...「スラマットシアン=こん
にちわ=」「ありがとう=テレマカシ」「ご飯=ナシ」「人=オラン」
「おんな=ノンナ」「かわいい娘=ノナマニス」
...comunication is no problem!!
 
(11/20)
  先月末の出張で、kolkataからJakartaへのSQのフライトで、私のba
ggageのハリが潰れて出てきました。当地でcomplainを申し立てました。
彼らは手際良く書類を書いてくれ、関空のSQに申告してくれという事
なので、ガムテープを痛々しく貼って帰国しました。さすが世界一のサ
ービスを誇る air line SQデスね。すぐにrepairを手配してくれて、
先日、無事帰還しました。CDGをハブとする大手の欧州 air lineと違
い見事なサービスでした。やはりビジネスは顧客満足が勝負。
 
(12/3)
  先週土曜日、中国上海で2人の中国人と私を含め2人の日本人と日本
の東京で仕事の後、中国上海に来た私の取引先のイタリア人と中国上海
の日本居酒屋で食事。彼は今夜のエールフランスでパリ経由で上海から
イタリアへ帰りました。ちょっとややこしい文章ですか?
 
(12/16)
  最近みんな同じiPhoneを持っているので、昨夜ミナミのTSU
TAYAで、デコレートシールを貼って差別化を図りました。
忘年会で酔った勢いで買ったのですが、2000円くらいかな…と思っ
ていたら4200円もしました。オリジナルのwhiteの4Sの裸の
姿がお気に入りなのでしたが。

iphone.jpg
 
 

 

 

 

 

 

 


(12/19)
  昨日の日経にこんな記事がありました。
大阪府議会の議場にipad持ち込みは可か不可か?? の論議。
彼らはバカか暇か?彼らは中学生か?
世界では教科書もタブレット化…が進行している中で、こんなつまらん
ことで議論している程度の低さ。資源のリサイクルを府民に促している
のに、一回の会議の資料が何十枚にもなるらしい紙を使っているにも関
わらず、資料配布のタブレット化に反対してしている。
この時代…会議前に資料を議員にメールして、各自が必要部分だけプリ
ントして会議に望んだらいいんじゃないの?その反面パソコンの持ち込
みは出来るとか。
ではタブレット化できる最近のパソコンはどうなるの?お前らアホか。
この程度なんで衆議院の投票率も低いんジャ!!(怒)

府議会にiPad.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

(12/24)
  風邪をひいてるので一昨日も忘年会で飲むマイ…と思いながら飲んで
しまい、今日はイブで休日なのに中国の納期遅れの調整で仕事。納期遅
れと大量不良発生で、この問題は年越しそう(怒!)どうしてお前たち
は約束が守れない!!!
なんか年の後半に向けて、怒りばかりで終わった2012年でした。
今年は怒らず温和な社長であることを目標にしております。

(9月4日の出来事)

  9月4日に中国上海でリテールを始めました。

  店の名は「jis」…別に名前にこだわった意味はありません。(J)は
「Japan」(i)は「Iwasaki」(s)は「織工舎・Scarf
/Socks」と…単純な頭文字あわせです。ただ中国の人が発音しやすい
ように「ジェイス」と読みます。

  長い不況とデフレで、将来も生産年齢人口が減り、GDPも上がらない縮
小日本で、今後どのように会社を維持発展させてゆくか?があらゆる経営者
の課題と思います。

  私どもも、今まで約25年以上、韓国生産から始まり香港、中国で商品を
生産…その間に国内生産はどんどん縮小…海外生産を強烈に推進してきまし
た。当社はメーカーとは言え、自社生産設備はわずか2台のサンプル織機だ
けになり、現在の生産はそのほとんどが外注加工です。
  海外生産は時間的、精神的苦労は多大なものであっても、移行するその理
由のほとんどが安い人件費、生産コストで商品開発、生産ができることに他
なりません。そして、それらの商品がこの20年以上続くデフレ下の日本の
お取引先に受け入れられたからです。でも、決して今も将来も安泰ではあり
ません。立ち止まった瞬間から衰退が始まるのがビジネスの世界です。

  ご承知のように、昨今そのメイン生産拠点の中国の人件費は年率10%以
上高騰し、私どもの商品は昨年4月から「特恵関税」が中国品は全廃され、
コスト高に輪をかけました。ちょっとここ最近は円高と人民元の均衡化によ
って輸入コストは相殺されている面はありますが、基本的にコストが今後安
くなることは考えられません。そして当社内に於いても中国人社員(この縮
小日本へ売るために働いている)の給与高騰に伴う、日本人社員との昇給率
差のジレンマ…等
  そういう環境から生産基地から消費基地に変わりつつある中国マーケット
に乗り込まざるを得ないと言うのが、消去法から選んだ中国国内での内販と
リテール事業です。約1年半前からいろいろ調査を始めました。
  でも、私の希望である「近隣の所得水準が中級以上のロケーションで、フ
ァッションエリアで、リーズナブルな物件」は、やはり上海ではなかなか見
つかりません。「いいな」と思って、比較検討している間に3日後には他所
に決まってしまった、と言うのが何度かあり、発展途上にある中国では日本
的思考はダメ、=スピードが大事…と思い知らされました。
  やっと見つかったのが今年の4月。20㎡という狭さに店舗を構えること
に少しの抵抗はありましたが、即刻決めて、その日に手付を打ちました。
ほぼ上海の中心「北京西路 陕西北路」有名な南京西路の「恒隆広場」から北
へ数百メートルの場所です。
  そこから設計も含めスタートになった次第です。そして中国社員には改め
て店のロゴとコンセプト、そして私の考えを述べました。現地の内装会社と
はセンス合わず、設計事務所を経営する日本の友人に相談、そして当方から
店舗デザイン案やアイデアを出しました。そしてすべての照明具はLEDに
こだわりたいことなど。でも、私のこだわりが難しいのかもしれませんが、
決定的なのは建築資材の選択肢が大変少ないこと。その中で妥協に次ぐ妥協。
  最初は前の店を少し改造しようと企てたのですが、よく調査するとあまり
にも雑な造りだったので、結局は全面的な改造になりました。
  次にぶつかったのは施工会社との、日本と中国とのカルチャーギャップと
の戦いでした。玄関のタイルは全面取替、私が選んだ小さいVIVIDカラ
ーのタイルを希望したが、それが業者とひと悶着。彼らは「小さいタイルは
剥がれやすい、大きいタイルに替えるべき」と話す。では「なぜ小さいタイ
ルを売っているのか?」「小さいタイルが剥がれにくいようにする為の方法
はあるのか?」と問うと、「丁寧に貼って、固定しなければならない」との
返事。「じゃあ、出来るのではないか。要は丁寧な仕事が邪魔くさいのか?」
要は時間がかかってやりにくい仕事は「お金や時間はかかるが、出来るよう
に考える」ではなく、「出来ない」になり、「どうしたら出来るようになる
か」を考えない…。まさに中国論法。話せば5時間はかかるようなケンケン
ガクガクがありました。

  当社の中国人社員は設備にお金をかける私に「社長!!社長は贅沢ですよ。
こんな良い店を作らなくてもいいですよ。中国では店にお金をかけません。」
これには驚きました。
  「あほ、良い店には良い客が来るんや!店の雰囲気を見てお客さんは品質
も値段も見極める。これが付加価値や!!。中国、特に上海はどんどんお金
をもつ人が増えてきている。特に女の子のファッションは日本と変わらん。
商品はもとより雰囲気の悪い店、雰囲気の悪い店員には上客は来んわ。」
  彼たちには日本の「おもてなしサービス」を徹底的に叩き込んでいます。
まず彼らには失礼ですが、基本中国には「気遣いの文化」が私はあるとは思
えません。
  彼は日本に4月に出張で来ましたが、「社長、日本の店は皆親切です。買
った品を袋にいれて玄関まで見送ってくれるのですよ。デパートで商品の売
り場を聞いたら、わざわざ連れて行ってくれました。親切です。新幹線の車
掌も一人一人切符をチェックする時、ありがとうございます。と言いますね。
びっくりしました。」
  その時は、奥さんもプライベートで同行したので、週末に有馬温泉にも行
きました。彼らにとって目が出るような宿泊代だったはずですが、「社長!!
有馬温泉の女の人は部屋に夕食を運んでくれるし、浴衣へ着替えるのも手伝
ってくれるのですよ。夢のような気分でした。」
  「当たり前や!!それだけお金を払ってもらっているから、それに値する
サービスをする。それが客商売や!!払った分の満足をしてもらって、また
お客さんとしてきてもらう。よう覚えとけ!」

  そして、新たに日本語を学校で学んだ若い女性を雇用しました。彼女は来
日経験がないので、日本文化を少しでも理解してもらうためにどのように教
育しようかと考えた挙句、「always三丁目の夕日-1964-」「阪
急電車」「トイレの神様」の中国語字幕の入ったDVDを上海市内で買って
渡し、感想文を書いてもらいました。その感想文が下記…

观后感
社长推荐的三部电影很有代表性,总的基调都是积极向上,励志的题材,讲得都
是日本一般百姓的生活,贴近生活让人感觉很亲切。

《永远的三丁目的夕阳之1964》代表日本1964年的生活,以举办奥运会
为背景,百姓的生活不算富裕,但大家都很努力,邻居之间的关系也很融洽,社
长说像现在的中国大家都
很努力挣钱,我觉得更像中国的90年代,那时黑白电视刚走进我们的生活,感
觉那一幕幕场景好像我小时候。1964年是日本经济的发展期,那时经济结构
不完善,但存在着很多机会,就像中国改革开放时期,每个人都可能从一平如洗
变成百万富翁,现在日本经济已经很成熟,中国经济发展迅速,却迎来了金融危
机,年轻一代人要么继承家族事业,要么靠关系谋得一官半职,像以前白手起家
人实在不多。我觉得努力未必能够成功,但不努力一定不能成功,也不能实现自
我的价值!

《阪急电车片道15分钟的奇迹》这是部很温馨的电影,编剧的思路很清晰很有
调理,以电车为为故事主要发生地,把几个毫无关系的人紧密联系在一起,衔接
地非常自然,横向看是住在电车不同站点的人们他们家离电车站距离不同,纵向
是从他们不同的年龄层来描写,他们的共同点就是都有自己烦心的事,只是事的
具体内容不同,即使是陌生人,却愿意坐在你的身边静静地听你述说自己的遭遇
开导安慰你,我觉得这部电影讲得是人与人之间的关怀,人性的温暖,唤起我们对
身边人的关爱。然而身边很亲近的人却有形同陌路的感觉,很多话我们愿意和与
我们生活没有交集的人述说,却不愿意与身边人沟通,我们靠得很近,心却离得
很远。有点期待哪天我也在地铁上偶遇。。。。。。。。

没看《厕所之神》我很难想象一个小女孩从小的梦想就是当各一个美丽温柔的妻
子,小时候老师也有问我们理想,但在中国很少有人提到以这个为目标的,可能
就是中日文化的差异,日本的女性给我感觉更加富有女人味,更加细腻,是东方
女人的代表,电影中的外婆就是典型。这又是一部很励志的电影,主人公从小有
自己的目标理想,一直坚持努力,从不放弃,勤于工作,也会帮家里分担家务,
性格温柔坚韧,精于打扮,塑造自己是我学习的榜样。出身在孩子多的家庭,可
能父母会由忽略某个孩子的时候,即使有偏袒,但不能不承认父母还是爱着我们
的,人与人之间需要互相体谅,即使大多时候都是父母让着孩子,但孩子也要体
谅父母,他们不是圣人,做不到绝对的公平。
社会在进步,社会在发展,很多国家在创新在改变却把一些优良的传统遗失了,
日本却把握得很好,变中留有不变,而且把不变的东西很好的继承下去,留有自
己的特色,又不断地创新。我觉得中国也应该保护好历史留给我们的好东西,在
我们的生活渗透。。。。。。。。。

  …というような色々な話があって,今回まさに屋台に毛がはえたような店で
すが、予定より1カ月遅れの9月4日にオープンしました。
  そしてナンヤカンヤもめた工事ですが、そこがまた中国的。修理も嫌がらず
すぐ来てくれます。開店当日は大雨でしたが、多くの方からお祝いのメッセー
ジや開店にお花をいただき、沢山の方々にご来店いただきました。
  そして開店前日に、上海織工舎と上海嘉音検整のみんなを呼んで「オープニ
ングパーティー」兼「秋冬商戦ガンバロー」宴会。まさに中国的「カンペ~イ‼‼」
宴会を楽しんできました。

  実は、ショップを作ると決めたあともちょっと悩みました。私は日本でも本
格的なリテール経営の経験もありませんし、私の知る限り、今回の進出は「極
小且つ小資本」ですが、中国では始めての「日系スカーフソックスの専門店」
のはずです。経営がうまくゆくかどうかは、私も全く未知数です。
  「出る杭は打たれる」という諺があります。かつて私も何度も「出て」「う
たれて」「干された」こともあります。また「この調子乗り!!」と、またい
ろいろな人から「打たれるかも」という心配もあります。
  でも、「出ないと生きて行けない時代」が来ていると思います。

  日本と違い諸外国では「出る杭でなければ負ける」という諺があるかどうか
知りませんが、中国のみならず彼ら外国人マインドはその通りです。出ないと
負けます。日本的な「控えめの美徳」はない国がほとんどです。
  その諸外国のメーカーと、これからは日本国内でも競争を余儀なくされます。
私共のマーケットでも、どんどん海外メーカーから浸食されています。今年の
東京のIFFや大阪のINDIA FAIRでは、海外からの出展企業が昨年
の3倍あったそうです。これは経済が落ち込んだEUマーケットから日本マー
ケットへのシフトです。これからもっと競争は激化します。
 だから彼らと同じように私たちも「出てゆかないと」「将来の反省と新たな
挑戦」もできないですよね。もちろん、私はこのリテール事業がすぐにうまく
行くとは思っていませんが、新しいことに挑戦する…そして『夢を共有する、
強い、楽しい会社』になれればよいのですが。

11.JPG

SHOP (4).JPG 

 

 

 

 

 

 

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◆2012/8/17 社長ブログを更新しました。

(お盆休みに考えたちょっと真面目な話)

 ここ半年くらい前から、日経新聞だけはipadに取りこんで通勤電車内で読むよ
うにしました。気になる記事は保存できるし、出張先の海外でも毎日取り込めます。

もう2ヶ月前になりますが気になる記事がありました。

<VW・アップルが変えた白書>  
超大量生産でコスト減・製品設計モジュール化「匠の技」のニッポン脅かす
2012/6/24付 日本経済新聞 朝刊

 「ものづくり白書」といえば、世界に冠たる日本の製造業の現状分析をする経済産業
省編集の刊行物だ。だが、6月5日に政府が発表した「2012年版」をみると、主役
は「日本の匠(たくみ)」ではなく、独フォルクスワーゲン(VW)や米アップルの経
営手法だ。
 第2章「我が国ものづくり産業が直面する課題と展望」フォルクスワーゲンはモジュ
ール化でコストダウンを追求する
 今年の白書は出だしから、CAD/CAMの普及などによる「ものづくりのデジタル
化」が登場し、最新鋭設備を導入しつつ、先進国並みの品質を持つ製品を安く、大量に
世界に供給する新興国の話などが紹介されている。
 通常なら、日本の「匠の技」の重要性を説き、いかにそれを守っていくかの課題や提
言にページを割くところだろう。11年版も東日本大震災で途切れたサプライチェーン
の話がたくさん出てくるが、「6重苦」などに苦しんでも日本の製造業は強いのだ、と
の雰囲気が白書には漂っていた。
 だが、デジタル化に続いて登場するのは、「擦り合わせが不要な製品設計(モジュー
ル化)」や「製造工程以外から獲得する付加価値」の話題である。この2つ、企業でい
うなら前者はVW、後者はアップルだ。
 モジュール化はVWが世界中に広げようとしている新しい生産手法だ。モジュール自
体は聞きおぼえのある言葉かもしれない。ただ、ここでいうモジュール化は部品という
より、「擦り合わせが不要な製品設計」のことだ。
 VWは高級車から小型車まで、先進国向けから新興国向けまで、すべての車を積み木
に似たモジュールを使って組み立ててしまおうとしており、現にこうした手法ですばや
く車を開発し、販売台数の拡大につなげている。
 製品の企画と開発に特化するアップルの経営モデルはもう有名なので省くが、VWと
共通しているのは、設計の段階から車なら世界で数百万台規模、デジタル家電なら数億
台規模
で生産することを念頭に置く経営だ。世界経済をけん引する新興国ビジネスの要
諦はとにかく「速く、安く」である。それを実現するにはつくり方を標準化しつつ、た
くさん生産してコストを下げるに尽きる。

岩崎=少し前にある人から新事業に関して「どうせやるなら2年目は一億円取引できる
      ような目標にしてください」と言われました。その為には3か月かかる生産を2
      か月か1か月で、できるように取り組むのが岩崎の仕事」でないと、このありが
      たい要望はできる状況ではありません。この話しは冠たる世界企業とは金額が何
      桁も違いますが、世界のファッション市場を席巻する「H&M、ZARA、そし
      てユニクロ」もこれと同じ手法です。こと生産に関する日本式の「小ロット多ア
      イテム」「カンバン方式」はコスト高を招き、現状の世界と戦えないことが、車
      でもコンピューターでも明確になってきた??中国はロットが大きいと言うが、
      世界潮流では当たり前のロット。ここに我々が日本はマーケット先進国だからと
      いう「上目目線」で無理やり日本生産仕様をはめ込むのは、JAPAN AS 
      NO1の時代ではない現在では無理?か…という反省…。

工場ごとでは勝てず
 日本が恐れるべきはそれだ。東大大学院経済研究科の小川紘一特任研究員は「VWや
アップルのすごさは品質というより、超大量生産による恐るべきコストダウンの力だ」
と話す。
 自動車でいえば、日本の強さは工場にあった。だが、コスト削減は工場ごと(通常は
年産能力が20万~30万台規模)に、地道に積み重ねていくだけでは今後は勝てなく
なる。設計を源流から見直し、「つくりやすく」「価格が安く」「利益の出る」生産方
式をグローバルで構築し直す時代になったといえる。
 もちろん、今後も個々の工場の現場力は大切だ。日本の工場には世界のマザー工場と
しての機能も期待されよう。だが、白書から浮かぶのは製造業の潮流の大転換だ。来年
は世界のベストプラクティスを奪回すべく、日本の製造業も海外企業の最先端を研究し
てみる必要がありそうだ。

岩崎=でもこの生産方式だとそのうち世界中で商品の同質化が生じます。そしてまた商
      品の核分裂が起きる。ん?その時はどうするのだ?今でも通勤電車でiphon
      eを手にしてメールやゲームをしている人は、全スマートフォン愛用者の中では
      かなりの割合です。iphoneの色は基本的に黒と白の2色だけ。そしてその
      iphoneファンは各自カバーをデコレートして個性を一生懸命出している。
      でもベースのiphoneの機能は皆同じ。各自が好みに応じたアプリとデコレ
      ーションで個性をだして、それぞれにパーソナルフォンとして機能している。そ
      してiphone仲間として壮大なグループ化で壮大なマーケットを構築してい
      る状況です。でも今はそういう時代(になってきた)なのかもしれません。
       日本の経済がウッハウッハだった頃は世界でカンバン方式がもてはやされまし
      た。日本の終身雇用が経済を強くしたと世界中から賞賛されました。それプラス
      技術が一番、匠がある生産…という日本の技術立国の考えが20年間GDPが横
      ばいの間に、円高というグローバリズムの潮流に立ち行かなくなったという結論
      だと思います。このグローバリズムには、それに合わさなければならない時代が
      きていることを我々古典的製造流通業界の人間はもっと勉強が必要と思います。
      もう生産も流通もガラパゴスではダメだということです。理屈ではわかっている
      のですがね。いざどうする…これがなかなか私も含めて日本人のスピードは世界
      と違って遅いのですよね。

(おまけ)
上海のSHOPの全容が(といっても小さな店ですが)ようやく整ってきました。
Opening Soon!!です。

 

2012-08-16 14.02.48.jpg※ 画像をクリックしていただきますと、
           拡大画像をご覧いただけます。


 

 

(韓国人アガシOさん)
 先週、私が初めて海外生産に携わった時に世話になった韓国人の女性Oさんから当社
のウェブサイトを見てコンタクトがあり、久々に会いました。
 古い事を言えばまた笑われますが、彼女と仕事をしたのは20数年前に88(パルパ
ル)のソウルオリンピックの頃です。当時の私は「貿易」はもとより、海外メーカーと
の仕事も初めてでした。タイプライターを買って貿易の為の銀行書類を人差指で一字一
句ゆっくり叩きながら作成していた頃です。
 彼女は当時、ソウルの貿易会社で働きだした駆け出しの女性社員で、韓国の工場との
連絡や、日本から出張する私を工場までアテンドして、通訳と交渉をすることが役目で
した。日本語が上手で聡明な可愛い女の子(アガシ)で、唯一の欠点が当時は若かったの
でしょう…朝が弱く、しばしば約束の時間に遅れることでした。それなりに仕事上のト
ラブルはありましたが、彼女のお陰で仕事はもちろん、日韓間のカルチャーの違いなど、
いろいろ勉強させてもらいました。新しい仕事も大変新鮮で楽しかった思い出ですし、
この出会いがなかったら私の仕事観はもとより、今の当社のスタイルも全然違っていた
かもしれません。
 そののち彼女は取引先のメーカーの確かKさん(?)と結婚し、女の子をもうけ「今は
アジュンマになりました」と笑っていましたが、今なお、かつての面影を残す綺麗な女
性になっていました。
 久々のコンタクトの電話で話した時、お互いの話題の一致点が「話し方、声のトーン
が昔と同じ」ということでした。声は歳をとっても変わらないようです。彼女と一緒に
来た娘さん(19歳)と串カツを食べながら楽しい時間を過ごした次第です。
 
(ゆうひが丘の総理大臣思考)
 最近のテレビでは「大津のイジメ自殺中学生事件」以来、しばらく影をひそめていた
「イジメ」の話題が大きく取り上げられ、先生や警察の怠慢が非難されています。この
事件自体は一人の命が無くなったのですから、大変不幸なことだと思いますが、コメン
トをもし求められたらやはり、メディアの報道を知る限り「先生/学校の怠慢」以外、
何もないと思います。
 私自身も決して優秀な生徒ではなかったですし、当時もイジメやイジメラレもありま
した。そして生徒と先生とぶつかることも再三あった記憶はあります。でも私は「先生
たるもの」建前本音とわず「毅然とした中に硬と柔をうまくこなし」「常に生徒そして
親から一目おかれる存在」であるべきと考えます。(ある意味、社長も同じかも知れま
せん。)
 私は通勤時間が比較的長いので、時々電車内で話す学校の先生らしきグループの会話
が聞こえてくることがあるのです。でも私が気になっていたのは、彼らの話がいつも自
分たちの主人公であるべく「生徒」の話題では無く、いつも学校のシステムの問題だと
か、行事の運営の話題、そのほか戯言ばかりでした。何度かの体験で本当にいつも同じ
です。
 決して私自身、耳を「ダンボ」にして聞いていたわけではないですし、彼らの話題の
すべてが「それ」だとは思いません。その時に聞いてしまった話題が「タマタマのタマ
タマ」だっとのかもしれません。でもいつも私は「なに?そのつまらん話し…仕事の話
ならもっと建設的な話があるやろ…」と思ってしまってました。「社会ではそんなこと
(詳しい話しは省略)いくらでもあるやん…」と思えるほど幼稚なボヤキ話し…であり
ました。
 まず先生たるもの「常に自分の生徒のことを考える…」そして「その事で頭がいっぱ
い」の先生たちを見たなら、私も「あ~先生!…っぽい」と感動したでしょうがね。
 確かに先生方もこの忙しい時代…我々社長業とは全然違うストレスもあれば、会社勤
めの人同様、営業成績をあげる営業マンが書類整理や提出データ処理に追われる日常と
似ていて、大変なのかもしれません。
 私は日教組がおかしい…と言うつもりもありませんし(本音では思っているかも…?)
決して「先生は聖職者」であるべし…などと言うつもりもありません。でもせめて生徒
からイザと言う時頼られ…尊敬される「ゆうひが丘の総理大臣(古いか?!)」的な人
であるべし…と思うのですが。
 
(若い人への参考=ゆうひが丘の総理大臣)
●ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%86%E3%81%86%E3%81%B2%E3%81%8C%E4%B8%98%E3%81%AE%E7%B7%8F%E7%90%86%E5%A4%A7%E8%87%A3
●動画
http://www.dailymotion.com/video/x2tpz8_yyyyyyyyyy_music
 

(インド出張よもやま話)
 4月は全然出張をしなかったら、5月半ばになって、急に出張ばかりになってきました。
5月13日~21日まで中国本土から続いてKOLKATA>VARANASI>DELH
Iへ、そして帰国の6日後の27日から6月4日まで再びインドへ出張。そして8日は東京
へ日帰り、9日の土曜日からまた上海へ来ました。さすがに今日の日曜日は、朝ゆっくりで
したので、久々にブログ更新と意気込んで書いております。今回は火曜日まで上海に滞在す
るつもりです。
 そして更に20日から1週間ITALYへ行きます。6月は当社の決算の申告月なのです
が、税理士さんとゆっくり話す時間もないまま決算も進行中です。

 性格的に常に忙しくないとストレスがたまり、窮地に自分を追いやり発奮して何事も進行
するたちなので、人様が心配するほど本人はこのハードな日程を辛いとは感じていませんが、
さすがに今回のインド出張2回は、ちょっと疲れました。
 何せ気温が連日44~5℃。VARANASIでは47℃でした。信じられません。…と
いいながら本当なのです。自宅の風呂の設定が41℃でも「熱い熱い~」と言っている私で
すから、ちょっと参りました。朝8時頃で、バンコクより暑いとされる大阪の真夏の昼間の
感じです。昼間は5分と屋外には居られません。
 インドビジネスに本格的に参入して1年半。今回で6回目ですが、初めてのインド下痢も
体験しました。まあ強靭(?)な体力を持っているつもりですから、お陰さまで深刻な事態
にはなりませんでしたが、やはりインドは他の国と違います。疲れた体で行ってはダメです。

 今回は更にハプニングが重なりまりました。往復路のフライトが直近になって、ストをや
ってくれました。経費削減の題目のもと、社員に手本を見せようとスカイゲートでネット予
約を試み、ちょっとしんどい旅程ですが、往路はAIR・INDIAで、関空>DELHI
帰路はDELHI>成田>羽田>伊丹、というチケットを12万円余りで購入しましたが、
なんとAIR・INDIAがストライキをするいう情報が入り、結局私のフライトが両便と
もキャンセル。エアラインと折衝の結果、行きがキャセイで関西>香港>バンコック>DE
LHI、帰国便は運航するAIR・INDIA便で、DELHIからBANGKOKへ、
そして4時間半のトランジットでJAL便にて、関空へは明日早朝8時に到着。まあストラ
イキのおかげで一部を除いて、JALを含むワンワールドの便に替わり、お陰さまでJAL
マイレージが増えました。

 インドも6回目となると熱さ(暑さではありません)以外は慣れたせいか、最初の頃の強
烈なインパクトはすでになく、あの行った人しかわからない喧騒にも慣れてきました。でも
毎日車が数時間と、つねにディレイしないかと心配する飛行機の移動にはやはり疲れます。
 そして「なんでもカレー味」これにも疲れます。昼飯にsubwayのサンドイッチを食
べてもカレー味。メーカーに夕食をご馳走になってもカレー。飛行機もカレー。決してまず
くはなく結構イケルのですが、往路の香港のフライトからは、すべてが「カレー」になりま
す。COCO壱番のカレーファンの私でさえ、さすがにしょうゆ味が恋しくなって、DEL
HIでは中華へ行きました。(ちなみに日本食はあるらしいですが、誰も推薦しない。)
 ついでに話すとヒンドゥの国インドのMUCには、BIGMUCはありません。豚肉もマ
イナーなので、なんでも鳥肉です。時々鳥肉が苦手…という人がいますが、インドはその人
たちはダメですね。でも、英国文化が結構行き渡っていますから、チャイとクッキーはおい
しい。朝食のパンもなかなかです。
 …というわけで、現在私の話題はINDIAの「暑さ」と「カレー」と、それに伴う少し
オーバーな「インドよもやま話」ばかりで、私の周りは「もうええがな…」という顔をして
います。

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 ちょっと1か月前の話しになりますが、この三月に父方の叔母が
亡くなりました。
 お葬式というのは万障を排してお参りすべきもの…ということは
この年齢ですから自覚していますが、この時は中国で展示会と言う
どうしてもキャンセルできない事情があったのでお焼香もできず、
改めて三十五日の法要にお参りしました。そして先日お礼状と共に
忌明けの品を頂戴しました。
 この三十五日の忌明けを字に書くときは「五十七日忌」と書くの
ですね。今更この年齢で知ったか…といわれるかもしれませんが、
よく若い頃に叱られた叔母のおかげで、また賢くなりました。
彼女が元気だった頃を改めて思いだしました。
 父親の妹である彼女は、レンズ工場の経営者のもとに嫁ぎ、3人
の息子(私の従兄弟)を育てあげ、工場を切り盛りし、成長させた
人です。あっけらかんの性格で、甥っ子である私にも言いたい放題
の事をズケズケいう人でした。晩年は俳句を愛し、私の母親とも仲
がよく大変頭の良い女性でした。
 その兄である私の父親は、浄土真宗のお寺の長男で帝国陸軍中尉
を経験した人でもあり、何事にも厳格でしたし、比較的プライドも
高く、固いことばかり言っていました(母親もそれに仕えた人
ですから良く似た感じでした)。そういう両親に若い頃は反発ばか
りしていた私ですから、叔母の明るい性格も相まって、子供のころ
から比較的遠慮なく話せましたし、このズケズケ叔母さんのキャラ
クターが、私の人格形成にも大きく影響したことは事実です。
 私の父親を含む6人兄妹でしたが、羨むような仲の良い兄妹でした。
叔母さんも含め何人かは、すでに亡くなってしまいましたが、
その長男である父親の息子ということなのか、今も健在の一部の
叔父叔母は、私を気にかけてくれています。
 でも、すごいキャラの集まりの兄妹たちでした。そして相互尊敬
もしていました。お寺という家庭に生まれて幸せだったのでしょうね。
 思い起こせば祖父祖母も大変優しい人だった事を覚えています。
特に祖父は住職と言う仕事柄、田舎では遊べなかったのでしょうね。
孫である私たちに会いに来た時は、毎日私たちをつれて駅前のパチ
ンコ屋に連れて行ってくれていました。
 
 なにかしんみりとした話しなので話題を変えます。
 桜の季節もここ関西では終わり、ゴールデンウイークも近づきま
した。先日まで暖房をつけていたのに、今日などは昼間は暑いほど
です。原発再稼働や電力問題が取りざたされる中、春雨が降ったり
やんだりの昨今です。私の住むエリアは「山沿いにわか雨」の予報
は絶対に当たる場所です。ここ数日も毎日その予報通りです。
 先日の朝は、中国からの黄砂もあって通勤途上の駅前はこんな感
じでした。
  なんか全然エキサイトしない話しでした。
 

駅前.JPG

 

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  あ~ぁ・・・です。もう4月になってしまいました。1年の4分の1が終わりました。
  ところで、今年のこの寒さは何でしょうね・・・?。先週の爆弾低気圧と言い、一昨日の土
曜日も天気予報を聞いていると「奈良県北部(私の住んでいるエリアです)・・・所により山
沿いにわか雪・・・」・・・「えっ4月・・・雪!?・・・」です。

この1カ月いろいろありました。

  現在、タバコをやめることを検討中の段階に入りまして(決してやめた・・・とはofficial
には言っておりません)前向きに実行中です。事実この2週間ばかり、タバコを吸わずに
過ごしております。もともと当社の新年度である来月5月1日からは、密かにやめるつも
りをしていたのですが、3月中旬中国から帰国後に風邪をひいて咳ばかりが続き、医者に
行ったことを機会に、ひとまずタバコを休憩することに致しました。先日中国から帰国時
にマルボロウルトラライト2カートンをせこく免税で買ってきたのですが、あと2本残っ
ていた(よく覚えている)ボックスも含め全部、勉強会仲間のK社長とI社長にくれてや
りました。とりあえず「禁煙検討中」というお話しです。「やめた」とは言っておりませ
ん。くれぐれも誤解の無いように。これがまず一つ目のはなし。

  二つめの話し・・・上海でSHOPを出そうと、この1年近く物件を探っていたのですが、
今回の出張で決定しました。やはり発展が早い国は決定も早くしないとすぐに取られてし
まいます。不動産を決定する時も、日本と同じように「よ~く下見をして」「オーナーさ
んと会って」「お互いに条件を話しあい」・・・「波長を見ながら」・・・「予算・ロケーション
・スケジュールなどを考えて」・・・「持ち帰って検討します」と言っているうちに、何度も
「他所で決定しました」の繰り返し。世界はこの日本的スピードではだめだ・・・ということ
を改めて確認しました。このスピードが今の日本にはないのですね。だからすべて国際間
競争に負けてしまう。
  でも今回は8年前に貿易公司「上海織工舎」を始めた場所と同じロケーション(上海上
陸の地)北京西路<下記写真エリア>に満足度80%の物件を見つけました。SHOPの
オープンは家賃も払うので早くしたいのですが、これがまた日本的になかなか早くできな
い。私自身も会社の4月決算を抱え忙しいのと、現地のW君も特に3~4月はソックス関
係の仕事を多く抱え多忙なのです。でも5月末ころの開店を目標に店舗設計に入りました。
この店舗設計は私の中学時代の数少ない「成績優秀」な友人の一人で、建築設計事務所を
経営するK君に、ビールと夕食をエサに無償で協力を依頼しました。でもやはり専門家の
意見は聞いてみるものだと確かに思いました。彼の話しでは「狭い空間なので棚や家具は
四角いものより曲線を使ったら柔らかい感じになる。シンプルな中にもちょっとユニーク
さを・・・」など、具体的アイデアを素人では一から発想ができないことを助言してくれます。
SHOPロゴも決定し、TAOBAOでネットショップも同時にオープンする予定です。
少し今年の私の年初のテーマ「ワクワク」です。


北京西路.JPG

 もうひとつの話し。昨年に続き3度目の上海展示会mode Shanghai 2012を終えました。
活況でした。ここからのビジネスがいつもながら重要です。この厳しい時代、当社も販売
構造を変えなければなりません。日本はこれから「もっと”のたうちまわるような”厳し
い経済環境が待ち受けている」と言うのが私の考えです。耐えられる会社にしなければな
りません。

exhibition 1.JPG20120407143456.jpg

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(少しの馬詈雑言・・東京の雪)

  先週水曜日の午後から木曜日まで東京におりました。
  でも全国ニュースにもなった水曜日の大雪には、参りました。雪情報は前夜からホテル
で得ていましたが、朝起きると既に大降り状態。品川Pホテルに泊まっていたのですが、
香港台湾系の観光客の人でしょうか?かなりハイテンションで、はしゃいでおりました。
でも私は仕事。
  天気予報では昼過ぎまで、かなりの雪とのこと。傘は持っておりましたが、いくつかの
サンプルと書類、そして着替えの入ったバッグを二つ持ち、この大雪の中4軒のアポイン
トをこなすことを思うと、寒いし帰りたくなってきました。
  JR品川から五反田へ。山手線で数駅です。既に品川駅のホームは通勤客でいつも以上
の大混雑。電車は「時間調整」とか言う「わけのわからんアナウンス」で、止まったまま
動かず数分間。2ー3本の電車をやり過ごして乗り込みました。
  今まで、東京でこのような(決して災害とまではいかない)大雪があると、なぜかTV
各局が全国ネットで長々報道します。「車が何台スリップして動かないだの・・・」「渋谷
の交差点で女の子がシャーベット状の雪に足を取られるだの・・・」等々。「こんなこと東
京ローカルで報道せいや・・・関西は関係ないやろ・・・」「もっと報道すべき全国ニュースが
あるやろ・・・」と、いつもぼやく私です。
  天気予報で大雪情報を大きく報道するのは、翌日東京へ行く人も多いでしょうから必要
とは思いますが、過ぎ去ったことのこのような「三面記事的社会面」は、「東京ローカル
でのニュースで十分」と思っていますが、やはり日本の「首都=東京」なんでしょうね。
東京人の苦しみは日本国民の苦しみと理解させる、この一極集中国家体制です。 でも、
当事者になれば、当日歩き回らなければならない出張者にとっては、そりゃ大変でした。
  東京へはしょっちゅう行くので、これらのアクシデントによる混雑には特別驚きはしま
せんが、特にこのような事態があるといつも思うのですが、東京の「人口集中、都市膨張」
はもう限界ですね。ちょっと電車トラブルが起こると「にっちもさっちも」行かなくなる。
  お隣の横浜は、既に人口は大阪を追い抜いて日本第二の大都市ですが、昼間人口は夜間
人口より、かなり少ないとか。皆さん東京へ東京へと吸い込まれてゆくのですね。
  その点関西は、都市圏規模は東京圏の半分と思いますが、京阪神の3都がお互いに通勤
客通学客を吸収しているのか、都市交通の機能が良いのか、あるいは適正なのかは判りま
せんが、最近は殺人的なラッシュアワーは無くなった気がします。関西地域の経済同様、
人口も増えていない事にも起因するのでしょうか?この20年くらいで通勤が快適になっ
たことは間違いありません。
  私が就職した頃は(また古い話になってしまいますが)、通勤途上の御堂筋線天王寺駅も
難波駅も梅田駅も、いずれも朝はロープを張って改札制限なるものをしていたことを覚え
ています。そこには女性の黄色い叫び声、そして「足を踏んだ」「押したの」喧嘩と男性
の罵声はしょっちゅうででした。自動改札というのも人の流れをよくしたのでしょう。
あるいは日本人がおとなしくなったのかもしれません。
  関西では、朝夕の通勤時間帯は10両編成、閑散時間帯は6両編成など、人の動きに応
じてフレキシブルに連結車両の増減をさせていると思うのですが、東京圏では、まずそう
いうことはないように思います。キャパシティが一杯で設備の余裕もダイヤの余裕もない
のでしょう。10両なら一日中10両。16両なら早朝も深夜も同じ。空いていても込ん
でいても一緒です。
  この現況を見てると、もう限界ですね東京圏は。あまりに人が多すぎる。どうしてこの
日本は国土計画がうまく出来なかったのでしょうか? やはり政治が悪いのでしょうね。
そして、そういう政治家を生んだ我々国民が悪かったのかもしれません。

  次の日曜日で11日は、あの震災から丁度一年。いろいろ考えさせられます。今の東京
に代わる機能が、今の日本で何処にあるのでしょうか?もしものことがあれば、本当にタ
イヘンですよ。これからのこの日本という国は。

  お陰様で当日は3時位には雪も上がり、黒の革靴がグジュグジュになりながら塩を吹い
た状態で無事自宅まで帰ってきましたが、改めて考えさせらる一日でした。

表参道.JPG

 

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 [閑話休題・・1月編]
  それにしてもこの冬は寒いですね。この寒さは我々の業界にとってはありがたいことな
のですが「もうええわ」という感じです。私は自宅が奈良なので、大阪市内より3~4度
は毎朝の最低気温は絶対に低い。先日なんか、朝に台所(北向き)の温度計をみると1度
でした。室内ですよ。朝、顔を洗おうと洗面台で栓をひねると水がでない。水道管が凍結
しているのです。
 
 さて、お正月明けから取引先へのあいさつ回りもそこそこに、すぐに実務に入っていま
した。今年こそは10日の「えべっさん」参拝と思っていたらお正月のおみくじが「大吉」
だったので、これもパス。1月12日から毎年のイタリア出張をこなしてバタバタしてい
たら、もう2月になっていました。節分もあっという間に通り過ぎ、もうすぐ私の誕生日。
免許更新の通知が来ていたので、これも行かねばなりません。いつもこの更新の頃がすご
く寒くて苦痛です。広い講堂のような場所で新しい免許証の交付を待たなければならない。
パスポートの増刷もしてきました。出張が多いのでイミュグレーションのスタンプを押す
ページが私の10年パスポートでは無くなってしまいました。増刷後のパスポートは手帳
のように膨らんでいます。

Monte Napleone in Milan.JPGItalian.jpg    

       < Italian friends >                < Monte Napleone in Milan >
           ※  写真をクリックしていただきますと、拡大写真をご覧いただけます。

   話しはころっと変わりますが、先日「関西人取扱説明書(千秋育子著)」なる本を知人
から借り受けました。私はどちらかと言えばスマートな関西人と思い込んでいたのですが
「関西人チェック度」という30項目で当てはめると、まさに「リアル関西人」であった
ようです。この前も社員と商談の合間にコーヒーショップへ入ったのですが カウンター
の中から二人なのになぜか「3名様ですね?」と言われたので、間髪いれず我々二人とも
同時に「なんでやねん、二人やないか!?」と切り返しました。女の子は「ガハハッ」と
笑って「すいませ~ん、お二人でした!」と…これまた間髪いれずに切り返し。みんなで
笑ってチョン。こういう会話は、やはり東京や関西以外ではコミュニケーションツールに
はならないようです。
 仕事柄、東京出張も多く「東京通の関西人」を自負し、「ベタ」な商売や会話をしない
ことを心がけていたつもりですが、この本を読めばかなりの誤解があったようです。私は
「完璧なベタ関西人」でした。

関西人取扱説明書.jpg富士山(左隅です).JPG      

            < 関西人取扱説明書 >             < 富士山(左隅です) >

            ※  写真をクリックしていただきますと、拡大写真をご覧いただけます。

 先週その東京に行ってきました。ついでに飛行機から撮った「雪のかぶった富士山」を
撮りましたので添付します。その東京での話しです。
 東京ではファッションとしての「アニマル柄」ではなく、「大阪オバはん=ヒョウ柄フ
ァッション」が誇張してマスメディアで披露され、そのオバはんの図々しさと相まって面
白おかしく紹介されるので、関西人としては少し辟易する事があるのですが、わたしの経
験では「都営浅草線」台東区界隈で見かけるケースも多いと思うのですがね…。
 夜に取引先と入った居酒屋のオーナーママさんも、まさに「東京下町」のおばちゃんで
「ヒョウ柄のセーター」を着ていました。そして…銀座線「表参道」から「新橋」へ向か
う地下鉄内でも、前の席が空いたので座ろうとすると、横から「ガサッ」と割り込んでき
て、どっしり私の目の前に座る「東京オバはん」もいるではありませんか。そして、その
オバはんは坐るなり読みだした本が「人生の指南書」を書いたマニュアル本であることに
笑ってしまいました。「まずお前の頭と行動の指南せえ!!」
 もっとも大阪に帰った翌日、難波から乗ろうとした電車でも列を乱すどころではなく
「真横」から「横入り」テクニックをもった「大阪オバはんの4人軍団」にも驚きました
が…やはりこういう図々しさは、その手口といい大阪のほうが上のようです。
 そのヒョウ柄ママさんの居酒屋で一杯飲んだ後、夜の完成間際の(東京人の新自慢)
「東京スカイツリー」を見に行こう…ということで行ってきました。といっても、まだラ
イトアップされているわけでもなく、ガスっていたので寒いだけで何も見えませんでしたが。
 なんとその高さは634mだそうです。すごいですね。そりゃテレビで見る以上にすご
いですわ。下から見上げたらその高さはもちろん体積もびっくりするほど巨大です。でも
大阪奈良県境の生駒山が642mですから大阪の「勝ち~」。まあ、どうでもよい話しで
すが…という1月でした。
 

新年明けましておめでとうございます。
本年もご指導のほどよろしくお願い致します。
 
(お正月…いろいろ話し~年賀状論からの展開)
 お正月は久々にゆっくりしました。三が日は炬燵から5m以上は動かず、年賀状や朝刊
を見てテレビだけで気がつけば夕方。テレビと食事以外は何をしたのか記憶がさだかでな
いグータラ生活でした。
 ところで今年頂いた年賀状で気づいたことが一つあります。一筆手書きで添えている人
が例年より多い。PCでの制作ではなく手書きの人も増えました。なぜでしょう?
 
 私は比較的デジタル人間であると 思っています。でも年賀状はなぜか手書き。その為に
10年くらい前にモンブランの万年筆を買いました。(でも今年はインクがないことに年
末気づき<モンブランはやはり純正のインクが味がでます>ましたが手に入らず。)
 デジタル人間…というのは言いすぎかもですが、毎日PCを使い、スマホがでれば、
すぐに手に入れ、Ipadも買ってしまいましたし、お正月からFace bookも始
めました。メールは沢山きまますし、それに追いまくられる毎日です。
 そういう意味からではないですが、「年賀状ぐらいはアナログで…」ということで、印
刷はしますが、表書きの宛名はいつも手書きです。そして基本的には添え書きで一筆書く
ように心がけています。年賀状は古風が良いという昭和人間です。
 パソコンの年賀状で楽しいキャラのある年賀状も頂きますが、こと自分が出す年賀状と
しては、あまり好きになれません。下手な字でも「手書き」があれば「自分のキャラ」と
「年に一度の挨拶は手書きやろ」と思うのは、1954年生まれという年齢のせいでしょ
うか?いやそういうことはない。同年齢でもPCの年賀状は大変多い。基本的にコンサバ
なのかもしれません。だから年賀状づくりは年末のストレスの一つでもあります。
 毎年ながら、今年こそは「元旦配達を目指そう」と印刷割引のある11月に手配をし、
早くから自宅の机には、前年の年賀状の束と共に準備しています。でもぎりぎりまですべ
き事を延ばすのが、私の欠点…いつもできない。毎年毎年、年賀状を書くのは紅白を見な
がら…。そして出来上がるのは、日が変わった夜半過ぎ。元旦の朝に車で郵便局の本局ま
で行って投函。このような年末が、30年以上続いています。昨年は少し心を入れ替えて、
例年より一日早く31日朝に投函しました。それでも元旦配達は無理だったでしょうね。
 
 話しをもとに戻します。「一筆書いている年賀状が増えた」なぜでしょう。やはり前述
通り「私のつきあう相手の年齢が高くなった…事(古くなった)もあるかな?」と思いま
す。早いもので、この2月には私も58歳。学校を出て既に36年が過ぎました。サラリ
ーマン生活は経験したものの、若い時は「2代目のボン」と言われ、それが癪なので、当
時の社長である父親への対抗心もあって「遮二無二」働いてきました。「え~それが気が
つけば58歳!!?」 サラリーマンならあと2年で定年です。
 年賀状にも学生時代の先輩からは「来年定年です…」「退職金を使って家をバリアフリ
ーに改装する予定です」など。「家族が増えました」が無くなり…「孫ができました」に
変わってました。何年か前の「転勤です」「たまには飲もうぜ!」という内容から大きな
変化です。
 考えてみれば 最近は同窓会の頻度が短くなり、参加者に新たなメンバーが増えてきた
ような気もします。子育てから解放され(女性の中には孫の世話で行けない…という人も
いましたが)、私も若い頃の同級生と会うのが、今まで以上に楽しみになってきました。
これはネガティブな意味での「過去回帰」ではなく、私の世代が「新たな節目」に向かっ
ているのだと思います。だからここらあたりで同窓会に参加して人脈の再確認もしたい…
のか?
 
 私たちの世代は…私は大阪市内で生まれ育ちました。小学生の頃には、既にほとんどの
家には「白黒テレビ」と「黒電話」がありましたし、東京オリンピックも東海道新幹線の
開通も明確に記憶がある世代です。今ある文明の利器(いい方が古いかも)の原型は、
すでに物心ついたころにはありました。そして、高度経済成長と万博とキャンディーズで
青春時代をおくった世代です。でも団塊の世代と新人類世代の間という比較的地味な世代
でもあります。
 もちろんそいう時代ですから 家の商売は浮き沈みはあったようなので、贅沢はさせて
もらえませんでしたが、幸いにも極端な貧乏や困窮の生活も知りません。でも、親の世代
は戦争を経験し、その後の戦後の混乱を経験した年代です。商売人の家庭でしたので「働
くざるもの食うべからず」が教育でした。また、父親はお寺の生まれで帝国陸軍では将校
でしたから、「質素倹約」「質実剛健」の「教え」で育ちました。
 そして、就職活動期に「オイルショック」に見舞われ、働く場所を必死に卒業前に探し
た世代です。その後の安定成長期(といえば聞こえがよいが、要するに低成長になり給与
もそれほど増えない時代)の第1期生だったと思います。
 その後、30代半ばの降って湧いたようなバブル経済の頃には、それまでの経験から
「これは虚構経済だ、こんな時代がいつまでも続くはずがない」と疑問をもった世代です。
その後の失われた20年、そしてそれに続く「大不況」の中では、仕事の中核をなしてい
た年齢世代です。だから「働くこと」に関しては、そういう育った環境からか「ストウィ
ック」な感覚をもつ世代かもしれません。そして皆が皆「貧乏性」です。「もったいない
精神」を持っていて、私も事務机の中の不要物をなかなか捨てる勇気がありません。その
我々の世代が「定年…」の話しが出てきている2012年になりました。
 
 私もこの年齢になって…今でこそ偉そうにいえますが、人生には必ず「節目」「分水嶺」
があります。「この俺が…おれたちの世代が…?」その大きな節目になりつつある…まさ
に今の日本経済と国情そのものです。
 私が30数年前、初めてヨーロッパに行った時「なんと町が…国が…人が…落ち着いて
いるんだ」と驚きました。「国と町と人に品格」がありました。まさに朝早から走ってい
るのは「観光に精出す日本人」と「犬」だけだったとように思います。でもその落ち着き
の中でも西欧のビジネスマンは、やはり当時は働いてました。でも、当時の私たち日本人
の働き方と違っていたように感じました。ウサギ小屋と言われた小さな家から、痛勤電車
といわれた満員電車で毎日通っていた日本の猛烈サラリーマンと違い、彼らは頭を使って
働いていたのです。そして夏休みも十分に取っていました。それが当時の日本人にはまだ
なかったように思います。まだまだ日本は、その頃「お正月休み」「お盆休み」は、せい
ぜい4~5日、ようやく月2回の土曜休みが定着しだした頃です。
 いま、日本は苦しんでいます。GDPが中国に抜かれ、今後、先進国の一端にのこれる
のか、どうなのかという焦りもあります。でも「ほんじょそこいら」のこの10年で、
急激に発展した新興経済国と日本は根本的に違います。今や当時の西欧諸国と同じ「国に
品格がある緑豊かな落ち着いた国土があり、出来上がった社会資本の蓄積」もあります。
ただちょっと借金は多い。だから、私たちは彼らを見習って「頭を使って」働かなければ
なりません。過去の働き方では新興国に人の数も負けるのです。頭脳を使いましょう。
 
 ころっと話しは変わりますが、元旦にテレビで「さんまと木村拓也」がMCを務めるバ
ラエティを見ていました。私は「明石家さんま」の芸風がどうのこうのというのはわかり
ませんが、どちらかと言えば好きなタイプです。なぜなら、いつでも「一生懸命」しゃべ
っているから。その「しゃべり」にパワーがあるからです。そして「私的」には、その芸
風は大変面白い。その彼が(もちろん年末の録画でしょうが)「今年はワクワク生きたい」
と言っていました。子供の頃「お正月にワクワクする」「入学式にワクワクする」「遠足
にワクワクする」「運動会にワクワクする」といろいろありました。私も今年は「ワクワ
クする仕事/人生」を求めてゆきたいと思います。初詣のおみくじは、昨年に続く「大吉」
でした。一生懸命 頭を使って進みましょう。
 
(PS)
 会社のスタートは本日5日ですが、昨日、銀行への挨拶もあって、大阪市内へ出かけま
した。帰宅の途中の「生駒駅」で乗換のときには、小雪が舞う寒い日でした。
 夕方に近い時刻でしたのでお腹もすくし、余計に寒さが身にしみました。そのホームで
見つけた自動販売機の「金のおしるこ」…缶のストラップから中の小豆を吸い上げるのは
少し苦労しますが すごくおいしいです。120円…生駒駅1,2番線ホーム:近鉄京阪
奈線(地下鉄中央線)にあります。
 

DSC_0368.JPG    年賀状~2.JPG

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 (デリー空港 よもやま話)
  またインドに来ました。この1年間で4回も来たことになります。バンコックからコル
カタに入り、チャンディガル、ルディアナと飛行機や車で回りまして、デリーから今帰国
のフライトを待っています。ボーディングの時間まで、あと1時間15分。バンコックま
で飛びます。
  ただ、バンコックでのコネクションが悪く、大阪行きまで5時間もあるので、一旦出国
して空港で知人と会うつもりです。
  こういう場合、バンコックではトランジット扱いで手荷物だけでタイに入国し、そして
再び出国をして、デリーで預けたバゲージはスルーで大阪まで行ってくれると思ったので
すが、カウンターでその旨をつたえると、"you must pick up your baggage at bangkok
airport and you must check in for Osaka flight with baggage at there" と言われ、
邪魔くさいことになりました。
  ところで、デリーの国際空港は愛煙家には優しいエアポートで、スモーキングゾーンが
手荷物チェックのあとすぐ横のロケーションにあるのですが (15番ゲート横=参考まで
に)、 これがまた屋外に作られた30坪くらいのネットに囲まれた世界。私はよく知りま
せんが刑務所の運動場のような感じ?デス。
  今は季節が良いので快適ですが、8月の真夏は最悪でした。

デリー空港スモーキングゾーン.JPG刑務所運動場的喫煙室.JPG

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忙しかったといういつもの理由ですが、久々のブログ更新です。

  愛車シルビアを点検にだしました。走行距離はそう多くはないと思うのですが、4月に
車検は終わったものの、何せ12年目に突入した車ですし、ワイパーも少しいかれてるし、
冬を迎える前にチェックを依頼したわけです。
  人口減少社会に入り、車の社会ニーズも過去とは変わってきているこの頃です。外需で
儲けていた日本の自動車メーカーが、強烈な円高や韓国をはじめとする新興国の車によっ
て、各国での競争で少しコケかけている昨今、今だ日本経済の中核を占める産業であるわ
けですから、少し彼らの動向も気になります。他人様の商売を気にしている余裕は無いの
ですが…。
  私は日本というこの国はこのままでは奈落の底へ真っ逆さまと思っています。内需喚起
と言いますが、人口減によって需要のパイの奪い合いは、益々過酷になることは間違いあ
りません。だから政府は外国人の訪日観光を促進することによる需要増を国策としてを躍
起になっているのでしょうが、今回の震災や原発事故、円高など、思わぬアクシデントが
発生する社会ですから、そう一朝一夕にはいきません。車も内需は絶対増えない。買い換
え年月も今以上に長くなることは間違いありません。幸か不幸か日本車はやはり優秀で、
愛車シルビアもこの11年間で故障と言える不具合は、本当にありません。パンク1回と
点火プラグの交換1回だけです。これは故障ではない。

 シルビ~2.JPG

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   今まで乗ったゴルフやオペルのドイツ車は、小さな電気系統の故障が頻発してました。
パワーウィンドゥが動かなくなる、ブレーキランプが故障?と思ったら、翌日は点灯する
…など。そこでです。車のディーラー方々への提言。エコカーや電気自動車などが世界の
先鞭をきって拡販しているのはわかりますが、「若者の車離れ」などの評論家筋のつまら
ぬ後付けの理由に惑わされず「売れない売れない」と言ってないで、既に売った車のアッ
プグレード、リニューアルビジネスをすれば新しいマーケット開拓が出来るのではないで
しょうか?
  私はシルビアは大変気に入っています。人は「若者の暴走車」と言いますし、事故率が
高い車で保険料率も高い。わたし自身も、この車が少し走りが良すぎて・・今だこの車の
せいでゴールド免許は手にしたことはありません。でも11年乗った現在でも、まだまだ
走りはツッパったアンちゃんには負けない性能です。そして、そのスタイリングは歳月を
感じさせないデザインです。
  ただスポーツカー仕様ゆえに、どうも内装が安っぽい。この車を買ったとき、私はまだ
40代。11年過ぎた今、どうみても50代半ばを過ぎた「社長」が乗る車には、傍目に
見えないのです。今、和製ベンツ、和製BMWに変身すべく、総革張り、木目調の室内へ
の変身を密かに画策中です。こういう発想をする同世代は多いと思うのですが…これは車
のディーラーにとってもビジネスになると思いますがね。
  例えば、イチローがしていたようにマーチをエンジンも内装もアップグレードして高級
車に変身するなど…私は大変憧れました。需要は絶対あると思うのですが…。
  他にもビジネスモデルのアイデアはあります。例えば航空業界。JALやANAなども
果たして、これから日本のフラッグキャリアとして生きてゆけるのでしょうか?双方とも
今後LCCへの進出も取り沙汰されていますが、旅客需要の食い合いなることは間違いあ
りません。マイレージ旅客の囲い込みも限界と思います。私も出張にはJALをしょっち
ゅう利用しますが、国内線も国際線もラウンジの混雑は昨今ファミレス並みです。何も上
級パッセンジャーとしてのステータスがない。
  私は、日本の航空会社も日本人顧客重視から外国人(特に経済発展著しいアジア圏顧客)
の重視のフライトスケジュールに変えるべきと思っています。今は、あくまで日本人旅客
のためのフライトスケジュールです。要するに日本人旅行者が、朝出発でできて、夜帰国
というタイムスケジュールです。
  これは日本人にとっては便利ですが、外国人にとっては大変不便です。今後、日本人旅
客は確実に減るはずです。(生産者人口は1995年からこの15年で500万人も減少)
これからは、外国人旅客を獲得しないと鶴丸マークも今後行きていけないと思います。
  現に、資源がなく観光立国と貿易立国を成立されているシンガポール。この国のフラッ
グキャリア、シンガポール航空の日本へのフライトスケジュールは、まさしくシンガポー
ル人の為のスケジュールではなく、日本人顧客の為のスケジュールです。ヨーロッパ諸国
のキャリアーのフライトもそうです。日本人取り込みの為のフライトスケジュールです。
これは、彼ら(外国経済の稼ぎで日本のGDPには反映されない)全部需要が海外に取ら
れてゆく。もっともっと海外からの顧客を取り込まないとダメなのでは?といつも思って
います。
  人のビジネスにはいろいろとチャチャをいれて、まっとうな意見やアイデアが出てくる
私なのですが、いざ自分のビジネスとなると…悩んでいるうちに、もう今年も12月に入り
ました。

   話しは変わりますが、上海に於いて先日11月末から12月1日まで、この春に続いて
2回目の展示会に参画しました。これも私なりの外需の取り込みであり参戦です。
来週から、また今年4回目のインドへ出張します。
これは内需への売り込み商品手配ですが…(^-^)/

 DSCN2776.JPG

 

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◆2011/10/11社長ブログを更新しました。
 
(座禅友の会発足)
  先日の日曜日に「座禅会」に行きました。私の父方の本家は岐阜の浄土真宗のお寺なの
で、お坊さんの資格を持っていた父親からは、時々仏壇の前で「正座」をさせられたり、
学生時代には、先輩から何かにつけ「反省!!」の名のもと意味ない理不尽な「正座」を
強要されたものですが、「座禅」ではありませんし、その効用や意味たるものは、当時の
私には何も理解できませんでした。
  私は子供の時から「落ち着きのない子」でありまして、学期末の通知簿や懇談会では常
にそのことを先生から言われ、私の両親にとって頭痛の種でした。今では、少しは大人に
なったとは思いますが、社長業の「性(サガ)」なのか私のパーソナリティなのか、四方
八方の情報が気になる性格であることには間違いありません。いつも仕事に追われる生活
ですし、年齢も相まってか、以前に増して精神的にも物事に「集中」できないことが最近
の状況に少し危惧を覚えていました。
  そのような中、新聞紙上で「初めての人の為の座禅会体験」というのがあるのを知り、
多分この下剋上のビジネス界で同じような経験と悩みをもつであろう(・・と勝手に思っ
てる)私より若い経営者仲間を誘い、ネットで探した「体験会」に行ってみることにしま
した。
 
  場所は京都「建仁寺」の「両足院」のきれいな庭の見える本堂。参加者は約20人ほど。
意外にも参加者は殆どが若い人たちでした。全員がそのお庭に向かって足を組みます。
  最初に若い禅僧さんから「座禅」の説明を受けました。貴金属、時計を外し、靴下を脱
ぎ裸足です。座布団は準備してくれてましたが、足を組んでお尻と足が一番自分で安定す
る場所で体を安定させる。背筋を伸ばし顎をひき視線は前方45度。手は浸り手の親指に右
手をからませて膝の上へ。
  1回の座禅は線香1本分。(約30分だそうです。でも私たちは初心者なので途中で1分
の休憩をいれるとの事)でも果たしてこの私に15分2回の集中ができるのか・・でもお坊
さんがそのコツを教えてくれました。
  「誰もが座禅を始めても頭の中でいろいろなことを考えます。目は閉じないで、呼吸に
合わせて1から10までゆっくり数えます。そして、それの繰り返し。決して30・・40
まで数えない。数えたらその数字を考えるから」「集中できなかったり、睡魔が襲ってき
たら合掌して頭を垂れてください”喝!!" を入れます」
  このような説明を受けて「座禅」が始まりました。約15分が2回。
 
  京都のお寺の静かな庭を見ながら、鳥の鳴く声以外なにも聞こえません。自分の呼吸に
合わせて数をゆっくり「い~ち」「に~」「さ~ん」と言われた通り数えます。
  結論から言うと15分はあっという間に過ぎ、2回目の15分は1回目より、より早く終わ
りました。感覚的には「アッ」と言う間でした。「心を落ち着けて集中する」と言うのは
こういうことなのでしょうね。そのあと「ほうじ茶」を一服頂き終了しました。1000円の
体験コースでした。
 
  今回は「ナンチャッテ座禅」程度でしたが、なにか落ち着きを取り戻し、大変新鮮な気
分でお寺を後にしました。
  でも、そのあと参加した男4人で、賀茂川沿いの居酒屋で夜遅くまで飲み食いして酔っ
払っていましたから、良い経験も帳消しのような気がしますが・・。
  翌朝から、毎朝仏壇の前で約10分間(線香を3つに折って全部消えるまで)座禅を始め
ました。私は寝起きは決して良くないので、その世話しない中で実行するわけですから、
わずかの「集中時間」ですが、なにか新鮮な気分で出勤できます。今日で丁度1週間が経
ちました・・3日坊主では無く、今のところ続けています。
  ということで、ちょっと座禅にはまっている(?)話しでした。何年か後には、これが
高じて「護摩祈祷」が「滝修行」しているかもしれません。お楽しみに。

 建仁寺両足院.JPG座禅友の会.JPG

 

 

 

 

 

 

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◆2011/09/26社長ブログを更新しました。

忙しさにかまけて2カ月ぶりのブログ更新になりました。
  その間、8月には3度目のインドへ仕事で行き(なぜか日本より涼しい)、そのあとの
お盆休みにipadを買いました。この何ヶ月かの間に、スマートフォン、車の地デジ化、
今回のipadと少しお金の使い過ぎに反省している昨今です。
 
(ipadの話し)
  年を重ねれば重ねるほど、時流の情報や物に関心を示してゆかないと「ふと気がつけば」
・・・「何も知らない」「なにも扱えない」オジサンになっていることに、最近危惧を覚
えます。スピードが何もかもが早すぎる。そしてどこまでそれに追随して行けば「今」の
環境にフィットし、ビジネスの世界で生きている中で不安になります。
  生活するだけでは「IT機器は必要ない」という人もいます。でも、ネットでの購入は
確かになんでも安いし、コンサートチケットもネット手配があたりまえ。ビジネスでもプ
ライベートでも、航空券や新幹線のチケット、そしてホテルの手配も確かにお得です。
  そうなれば、今度は「更に欲がでて」よりスピーディでモバイル性が高い機器を要求し
ます。初期投資に多少のお金は伴いますが、現代人が生活する上の経済活動には不可欠な
存在だと思います。
  でも、PCと同じ機能を持つスマートフォンをいつもポケットに入れ、ipadを持ち、
会社にも自宅にもパソコンがある。ふと気がつけば2重3重の良く似た機能が常に自分の
周りにある状況に、「ここまで必要なのか」と自問する状況になっています。
  でも、ipadはいいですね。すべての機能とソフトがニーズとウォッチにフィットし
ています。やはり「売れる商品が良い商品」という論理は、その通りだと思います。(良
い商品なら売れる・・といういい方では、現在はないそうです)
  やはりビジネスで生きる間は「売れている商品に関心を示す」これが必要と言うのが私
の結論です。
  でも、その状況に一抹の不安もあります。そういうことから忙しい社会生活の邪念を払
う時間も必要と思い、次週の日曜日に知り合いと京都へ体験座禅に行こうと思っています。
 
(久々、中国の話し)
  さて、先週2カ月ぶりに中国に出張してきました。祝日の月曜日の午後便で出発して、
これまた秋分の日に帰国する4泊で、上海、蘇州、余杭、杭州の取引先をまわる強行軍で
した。例の新幹線にも4回乗りました。
 帰国の日は、杭州から一気に上海まで、その夜の便で帰国しました。午後の杭州駅から
上海虹橋行きの新幹線(G列車)に乗り1時間(3年前まで3時間近くかかった)、バカ
でかい虹橋新駅から地下鉄2号線で龍陽路へ、そこからリニアに乗り換えて浦東国際空港
まで行きました。
  今回は、いろいろと中国の取引先から話しを聞きました。まだまだ中国はバブルです。
日本が戦後から今までかかった事を今の中国がわずかこの10年(5年かもしれない)で
成し遂げています。
  でも、常識ある取引先の経営者や、それなりのビジネスに携わる中国の人は「どう考え
てもおかしい」と感じ始めています。そして、そんな常識ある彼らであっても「母国に住
むことに固執する」農耕民族の日本人とはちがい、狩猟民族の彼らは、成功したら「中国
を出て海外で定住」を夢見ている人も少なくありません。そして「若い人の労働意欲の低
下」は、日本の「ゆとり教育の弊害」とはちょっと違う深刻さかもしれません。「お金を
持つこと」そして「バブル経済の弊害」のように思えます。3Kを嫌い、現場での仕事を
嫌います。1次産業2次産業には人が集まりません。
  でも、国家政策から給料と会社が負担する社会保険だけは、飛躍的に増加してゆきます。
そして、その結果物価もあがります。もはや中国は生産大国を目指す国ではなく、消費大
国を目指す国になっています。休みが増えているのも消費を即す国家政策です。
  ただ、現在でも「人は働かないとダメ」という教育がある日本人DNAとちがい、ちょ
っと「労働意欲」や「すべてのモラル」が以前の中国より落ちているように思うのです。
これは90年代から20年間経済浮上できない日本人の「やっかみ」でしょうか?特に
「モラル低下」は本当にひどいように思います。もともと儒教思想の中国だったはずです。
  前述、地下鉄2号線の話しですが(元来中国の列車は、いつも賑やかですが)、沢山の
年配の人が若いカップルやビジネスマンと共に満員でした。そして、その列車に人民広場
駅からお年寄り夫婦が乗ってきました。もちろん「優先席」もあります。でも、誰も譲ら
ない、関心も示さない。その中で「席に座りたいと」駄々をこねる子供の声、そして泣き
声、親もあやさない。だれも気にもしていない。そして、3~4歳の子供を連れたお母さ
んが乗ってきました。子供の手には溶けかけたソフトクリーム。すでにクリームが小さな
手に落ちてきています。場所は満員電車です。私の服にそのクリームがつきそうです。し
かし親もそれに注意を払わない。私が「キッ」と睨んで舌打ちをしたらやっと気がついた
のか子供のクリームを取り上げ、自分が食べていました。電車の中です。
  もともと、中国には日本ほどの「おもてなしの心」や「異常なほどのモラル強制」はな
い国ですが、これは文化の違いであり日本の「非常識」と同じで、その違いに関して何ら
批評するつもりはありません。国によって、その文化の違いは当たり前です。でも「モラ
ル」は同じはず。特に日本文化に大きな影響を与えた儒教教育の国です。「衣食足りて礼
節を知る」という故事を残したのは、孟子のはずだったが。
  でも、今の「金持ち中国」はどこかおかしい。と感じた出張でした。日本のバブルの時
も外国人から見たら、こういう感じだったのでしょうね。
 
  写真は、そんなブーブー話した中国ですが、毎日遅くまで働いている当社の上海検品デ
ィビジョン作業風景と(例の)新幹線の壮大な上海虹橋新駅です。

壮大な新幹線上海虹橋駅.JPGのサムネール画像
 
岩崎㈱上海検品Div.JPG

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  ◆2011/07/19社長ブログを更新しました。

(車載ナビを地デジ化編)
   この連休中の1番のBig Newsは「なでしこJapan」のワールドカップ優勝でした。
今回は女子サッカーの快挙でしたが、以前イタリアの連中に「ワールドカップの出
場枠が、アジアはヨーロッパに比べて少なすぎる」と話しましたら「レベルが違い
すぎる」と一刀両断に切られましたが、前回の男子サッカーのベスト8進出と共に、
私のような「にわかサッカーファン」でも、少し鼻高々に話せそうです。
 
   そして、私にとって連休の2番目のNewsは、愛車シルビアの地デジ化を終えた
ことです。ナビ本体も10年ぶりに買い替えました。TVでは「アナログ放送終了ま
で、あと○日」と大きなサインが出てから、益々あせっていたのですが、これで車
内でも地デジ放送(ワンセグではないフルセグです)も見れますし、なんといって
もナビの内容が最新になったことで、地図上に「第2京阪」「新名神」も現れるよう
になりました。
   以前は、ナビがオーディオ一体型のディーラーの純正だったので、ナビ本体が
本来の場所にフィットして取り付けれるか心配したのですが、Yellow hatはきちん
とやってくれました。でも今のナビはすごいですね。TV、FM、AM、CDはもちろ
んDVDやSDカード、フラッシュメモリーにも対応しているのです。これでi-pod(持
っていませんが・・)も接続して音楽が聞けます。
   そして驚きは、Blue Toothでスマートフォンに接続して、ハンズフリーで電話も
できるのです。これで特価とはいえ取付技術料をいれて11万余り。私が新車で
買っ11年前は、ナビだけで30万もしたのに・・・。
   でも、このGPSを利用した「ナビ」は、いまは世界中にありますが、これほどの
機能がある代物は、私が知る限り、海外でも見たことがありません。海外では、
もっと機能特化型でシンプルです。もっとも、日本でも機能特化型でシンプルなも
のもあります。こちらはわずか2万円。でも高級機種は20万以上します。
   いずれにしても スマートフォンに続く私の「おもちゃ」が増えました。


DSCN2249.JPG

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◆2011/06/27社長ブログを更新しました。
 
(帰国) 
 6月22日(水曜日)朝 予定通りロンドンに1泊したあとヒースローからBA
で成田に帰りました。
日本の航空行政に一言申す・・ではないですが、成田のハブ化といいながら
 朝に着くと「成田⇒大阪」のフライトがないのです。
仕方なく 成田⇒羽田はリムジンバス(3000円もします) そして羽田⇒伊丹
便で2時頃 会社に帰りました。
 多分成田では到着便が夕方に集中するからでしょうか?大阪乗り継ぎ便は 
伊丹便と関空便がJAL、ANA2社で夕方以降に3便まとめてあるだけです。
 でも関空からのダイレクト欧州便は結構選択肢はあるのですが、欧州系の
航空会社ばかりで日系はなし。今回は理由あって東京からのBAを選びまし
たがブッキングがうまくとれない場合が多い。
 これではやはり 韓国Inchon経由に利用者は流れますよね。
たしか関空⇒Inchon / Ginpoは1日10数便もあったとおもいます。
まさにフリークエンシーサービスです。
 
(節電要請) 
 その成田も大阪もすでに酷暑。梅雨の晴れ間ではありましたが真夏でした。
 日本のニュースは「電力不足 節電」ばかりです。東京電力管内だけでなく、
関西電力管内も15%節電要請を発表し、当社でも5月の経費節約号令と増
して、電気節約指令を帰国後早速発表しました。
 毎月の社内経費は社員全員に昨年との項目別比較表をメールでとばし、
経費節約を訴えているのですが、今回から電気料金だけを抜き出し 比較
対照をして社員に節電を訴えることにしました。

setsuden.jpg

電力節約.xls

 週末まで出張整理をこなし、土曜日は基本休日ですが、仕事も残っていた
のでオフィスにきました。
社員一人がでてきて仕事を黙々としていましたが、窓を開け、エアコンは無し
でした。人もいないし、ビルの8階ですから少しは風がはいり涼しい感じです。
よしよしです。 でも暑い。週明けからは決してエアコンなしの業務は無理と思
いますが、今回の「節電要請」は いつも経営者として悩ませる「経費削減」の
大名目ができました。

  エアコンなしの土曜日1.jpg

 

 

 

 

 

 

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◆2011/06/20社長ブログを更新しました。
 
(続続:Italy 出張編)

 Pittiを昨日丸一日視察と商談の後、朝Firenzeから特急でイタリアの長靴の
東側を北上しました。
とある有名SPAとの商談が取れたので初めて訪問しました。
予定通り列車に乗りましたが乗換のVenezia駅に関して2つあるとは聞いて
なかったので混乱。。
Venezia SantaMaria駅(こっちのほうが本来の観光地に向かうVenezia駅。
私の目的地へ行くには一つ手前のVenezia Mestreで乗り換えなければなり
ませんでした。
幸いにも私は車内放送で Venezia ○○○~(?)と聞こえたのでVenezia
と思い、慌てて降りたのですが終点まで行っていたらもっと混乱すると
ころでした。
 まあ 大阪駅と新大阪駅との違いのようなものですが、なかなか外国人に
はわかりにくい駅名だと改めて思います。同様に日本に来た外国人もこうい
うことで結構混乱すると思います。ましてや日本は英文字表記が不完全です
から。
 目的地の駅には11時45分到着。メールだけでやりとりしていたL氏に乗換
のとき「on schedule」である旨を伝えたら、「どんな服装だ?」と聞くの
で「眼鏡をかけ大きなバゲージを2個持っている(一つはサンプル)東洋
人だからすぐわかるはず」と答えたら、到着駅で大きな声で「Mr.Iwasaki
~!!」と声をかけてきました。
駅でサンドイッチで昼食を済ませて彼の車でその会社へ。
 
 車で20分で到着。驚きました。緑に囲まれた平屋建ての建物が並び、まさに
にオフィスは大学のキャンパスのような感じ。外来の車は芝生に植木の屋根が
ある駐車場。社員の車は大きな地下駐車場。一切敷地に車は見えない。
この企業はエコを大事にしてますから、この環境で仕事をすれば当然商品
基準も厳しくならざるをえません。

  商談だけではなく、訪問者に対する扱いもほんとうにスマートでした。
私も商談後の当地からのMilan行きの列車の出発時間をはなして限られた時
間内で商談をしたいと話すと「商談開始は2時半。あなたに与えられた商
談時間は30~45分ですから 能率よく話すように」と言われ、まさに予
行演習なしのプレゼンテーション開始と相成りました。
予定通りの45分で商談は好感触(と思ってます)で終了。
「帰りは申し訳ないがタクシーを駅まで用意する。費用は当社が負担する
ので気にしないように。」とベンツタクシーで送ってくれました。
こういうスマートかつ、効率的な商談はなかなか日本始めアジアではない
ので新鮮な一日でした。私も含め当社社員がこういう商談ができるでしょ
うか?
 
★話しは変わりますが、相変わらずイタリアは治安事情はイマイチです。
幸いにも私は深刻な被害には合っていませんが10年ほど前Milanでパスポ
ートの入ったカバンをタクシーに置き忘れて現地でパスポート再発行とい
う憂き目にあってからは、私はパスポート管理およびバゲージと手提げ
バッグのキャリーに関してははかなり慎重です。
 今回もバゲージ2個、バッグと暑いのでペットボトル持参の移動でしたが
バッグはいつでもどこでもバゲージにストラップを引っかけて決して簡単
には「ひったくり」ができないようにしています。
駅での時間待ちで暇つぶしに写真を撮ってみました。
DSCN空港1.jpg 
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★もうひとつ話しは変わりますが 
 Italyでも相変わらず日本の地震津波の惨状は同情してくれますが、もっと
彼らが関心があるのはやはり原発のことです。皆がみな「FUKUSHI
MA」の現在を知りたがります。
 日本を良く知らない人は「東京」はどうなのだ?「大阪」はそこから遠い
のか?やはり日本はFar Eastの国なのです。ロケーションはあまり理解し
ていないようです。
 「FUKUSHIMA」は有名な地名になってしまいました。東京から
100km以上離れている・・と言っても「えっ!たった100kmか?
」です。彼らは「チェルノブイリ」の惨劇を我々以上に深刻に受けていた
でしょうから仕方がないかも知れません。特に私がItalyにはいった1週間前
の日曜日に「原発発電は是か非か」の国民投票があった国ですから関心度
はすごいです。


 

◆2011/06/16社長ブログを更新しました。

(続:Italy 出張編)

たまたまヒースローでBAのラウンジ職員にMilan行きの時刻とゲート
の再確認をすると、予定していたフライトの一本前があるとのこと。
急遽手続きをしてフライトを振り替え当初の予定より2時間早くMilan
 Linate空港にランディングしました。タクシーでCadora駅まで行きま
した。
Cadora駅からComoまでの列車は1時間あまりかかるローカル線ですが
数ユーロで行けるはずです。早いが高い国鉄より安い方を選びました。

日曜日なのでCadora駅周辺は大変な雑踏です。でも列車は1時間に1本。
チケットを買って出発番線を探していると電車は出てしまい、また一時
間待ち。
 

(Milan Cadora駅の写真)
 Milan Cadora駅の雑踏1.JPG
その後本日15日の午前中までComoで3日間仕事をしました。
いつもComo湖畔のPホテルをメーカーに予約を頼んで格安価格で泊まる
のですが、夏場の観光シーズンがすでに始まっており、今回はたまたま
月曜がスイスの休日と言う事とコンベンションがあるとかでいつもの倍
のコスト。Milanに比べてCOMO宿泊の利点はそのコストと治安の良さ
なのですがちょっとこの高さは驚きです。
でも仕事も食事もホテルも快適に過ごし Firenzeへ。ブログは列車の中
で書きました。
今回は帰国が22日なのでまだ1週間もあると思うとすでにちょっとお疲れ
です。
(Iwasaki's business tool, Como駅, Malan-Frenzeの車内)
Iwasaki's スカーフ1.JPG昼下がりの国鉄Como駅1.JPGMilan-Firenze間ESIの社内2.jpg

※それぞれ写真をクリックしていただきますと、拡大写真をご覧いただけます。

  ◆2011/06/13 社長ブログを更新しました。

(本日から ITALY出張です=乗り継ぎ地ヒースローのラウンジから)

 羽田空港に本格的な国際線ターミナルができて便利にになったので
今回のITALY出張は羽田からのBA便を選びました。
ロンドンまで12時間、B777は無事ヒースローにランディングし、
今ミラノリナーテ行きをBAのラウンジで待ってます。
確かに羽田も再国際化し、便利になったようですがこのBA便、12日
の早朝 羽田を6時25分発なのです。
・・・という事は2時間前チェックインの常識として夜明け前4時半に、
カウンターに行かなければなりません。ということで・・・
今回は伊丹から最終で羽田に入り近くのJAL CITYに泊って6時間だけホ
テルで過ごし、日の出と共にテイクオフしました。

 昨夜、その伊丹から羽田への最終便で機内紙を読んでいました。
飛行機ではすぐに寝てしまう私なのですが、今回はたまたま機内紙を広
げJALの路線図を見ていました。大変な発見をしました。皆さん知って
いました?
 東京から1000キロくらい南の洋上に小笠原列島があります。その更に
南に3つの列島が連なってまた列島の名前が付いているのです。

それは聟島(ムコじま)列島=この中に聟島(ムコじま) 媒島(なこう
どじま) 嫁島(ヨメじま)と3つの島があります。なぜ「婿島」「仲人
島」という字にしなかったのかわかりませんが、不思議な地名だと思い
ながら更に南になぞってゆきますと・・・・次は・・

父島(チチじま)列島=これは気象予報などで聞いたことがあります。
でもその中に3つの島があり名前が父島(チチじま)、兄島(アニじま)
、弟島(オトウトじま)なのです。そして更に南にゆくと・・・

母島(ハハじま)列島=そして同じように3つに島があり母島(ハハじ
ま)、姉島(アネじま)、妹島(イモウトじま)。

もちろんこのエリアは私も行ったことはありませんが、大変な発見をした
思いで感動したのでブログに書きました。
興奮しているのは私だけですかね?つまらんですか?・・・

DSCN空港2.JPG

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◆2011/06/06社長ブログを更新しました。
 
 先日土曜日、自宅に懐かしい2人が来られました。
私もお会いするのが50年ぶりの当社OG社員の旧姓Nさんと旧姓Uさん
です。(昭和30年代中盤から40年代初めまでの在籍だったそうです)
 平成11年に亡くなった私の父親(元社長)と平成19年に亡くなった
母親の仏前にお参りしたいとの電話を以前からもらっていたのですが、
お互いに忙しく、ようやく実現した次第です。
お二人が当社に勤務されていた頃は彼女たちも20代でしたし、私はまだ
小学生でした。当時は自宅と会社がほぼ同一という環境でしたから仕事場
で、はしゃぎまわる子供の私を「うるさいガキやな」と思いながら皆さん
働いておられたのでしょう。
 子供の私が十分すぎるほど記憶に残るほどのキャラのお二人でしたし、
彼女達も「ガキ時代」の私を良く知っているという旧知の仲です。
 近くの寿司屋さんでのお昼ごはんを挟んで当時の恋愛秘話や当時の社長
であった父親の裏話など数時間楽しく会話をしました。当時から活発で
仲がよかったお二人の記憶は今でも十分すぎるほどありますが、Nさんは
当時の男性社員Mさんと社内結婚、Uさんも結婚退社され、70歳を超えられた今でもなかなか・・・そのパワフルさに圧倒されました。
 
Nさんは「携帯とナビがあるから大丈夫!!」と阪奈の山道を自ら運転
されて我が家へ来られるパワーおばさんです。
Uさんもまた、ハーモニカをたしなみ、プールで毎週泳ぎ、絵(写真=色
鉛筆で描かれたそうです「招き猫<金運招福>」=頂きました。)を趣味
とするマルチおばさんです。話しを聞いていても(もちろん山あり谷あり
でしょうが)楽しそうに語られるお二人に仏さんになった両親も喜んでい
たと思います。
neko20110606.jpg
 当時の社員旅行の写真を見せてもらいました。伊勢旅行だったそうです。
3人が横並びで歩いている写真の女性がNさんとUさん。その横を歩く
コロンボ風コートを羽織っているのが、オヤジが私の父親(前社長)
です。
ryokou2011060622.jpg
 当時はこのパワフルなお二人がいたからでしょうか。業績も倍倍ゲーム
で良かったそうです。男性も含め6名もの社員が写っています。
ryokou2011060611.jpg
慰安旅行は最大の会社のイベントで男性はスーツにネクタイ、女性もおしゃれな服を着てワクワクして出かけたそうです。男性社員のMさんHさん
などもコンチネンタル風の細身のスーツにレジメンタルタイを「キュッ」
と締めて驚くほどオシャレと思いません?
 まだIVYがファッションとして台頭する前の年代のはずですが、当時の
典型「ドブネズミファッション」とはほど遠い今でも十分すぎるほどのセ
ンスです。私の父親もファッションには結構うるさい人でしたが、やはり
これは当社のDNAなのでしょうか。
Nさん、Uさんありがとうございました。「まだまだパワー全開の二人」
ですがご健康とご多幸をお祈りいたします。改めてエネルギーをいただきました。
 
 

   ◆2011/05/30社長ブログを更新しました。

(久々に上海話し-1 契約ホテル編)

土曜日上海から帰国しました。先日の中国での展示会での中国取引先への販促
が目的です。

実は今回の出張から上海の契約ホテルを変更しようと思い、先日から新しく見
つけたホテルとメールで価格の交渉をしておりました。五つ星のアメリカ系
Mホテルです。今回泊ってみて決定しました。これからこのホテルにします。
ロケーションは虹橋新駅へタクシーで10分程度ですので 虹橋空港は近いです
し杭州・蘇州や安徽省など地方へ行くのも便利だと思います。ちょっと遠いで
すが地下鉄2号線「威寧路」へのあるいてゆける距離です。ただ欠点は、浦東
空港や私どもの上海の基地「上海織工舎有限公司」までは今までよりは遠くな
ってしまいました。

しかし、宿泊費はすこし今までより上がります。当社もご多分にもれず「経費
節約のお達し」を厳しく社員につきつけていますが、結構ハードな中国出張、
地方から回ってきて上海ではすこし良いホテルでゆっくり休んだほうがいいだ
ろうと思います。そして今回の契約金額と共にネットフリー、朝食込。この条
件で合意しました。ご利用を希望される方は私にご連絡をください。

なぜ契約ホテルを変えたか?・・・今までも数年来 外資との合弁のホテル
(四つ星)で契約をして結構破格のディスカウントプライスで利用してきまし
た。多少中国的サービス水準の問題はありましたが、お客様にも私を含め社員
にも機嫌良く利用してもらっておりました。

でも 最近どうもサービス業として納得ができない状況が度々ありました。
「契約金額の部屋がとれない」(これは満室のケースもあるので仕方がありま
せんが)、「夜遅くの投宿になると連絡なしにキャンセルされた」、「万博以
後価格が上がったにも関わらずサービスが落ちた」「ホテルマンが多数入れ替
わった」など・・極めは私が夜遅く大きな荷物を抱えてタクシーから降りても
ボーイは不在。一人で抱えてフロントに行っても対応が最悪、部屋行けばカー
ドキーで開かない。部屋の電気がつかないなど・・一気に切れました。「中国
的腹たつサービス」が増えてきたことによります。

私は出張の多いに人間です。どこでもホテル選びは重要です。これは私も昔、
ある人から「ホテル選び」を教えられたことですが、ホテルの選択は「安いホ
テルの上級の部屋」より 「良いホテルの下級の部屋」をとるという「原則」
です。部屋のレベルは落ちてもサービスは同じ水準のはずですから。日本のビ
ジネスホテルは狭いですがどこも清潔ですし、基本的にレベルはあるもののホ
テルマンの日本的サービスは問題ありません。でも海外ホテルは星数によって
端的にレベル差がでます。第一に清潔であること。そして適度なホテルとして
常識的なサービス水準は絶対に譲れません。特に若いころならともかく、今は
私も一応社長ですし日本のビジネスマンです。自分の「器」はもちろん考えた
うえですが、あまり安いボロ宿に泊っていたら現地の取引先はどのように思う
でしょう。やはりビジネスの世界では「メンツ」も大事です。

しかしながら今回の契約ホテル変更は私にとっても「反面教師」にしなければ
なりません。私ども生産流通業もサービスや会社の水準を落とせばお客さんは
すぐに去ってゆきます。

部屋.JPGお風呂.JPG

 

(久々に上海話しー2 レストラン編)

今回上海で3泊しました。良いレストランがあるのでご紹介します。今回は
中国なのになぜか中華料理は全然行かず・・です。

初日夕食は 当社上海の総経理など身内ばかりで5名の希望で日本食を食べ
ました。以前も行ったのですが 日本人のお母さんと息子さんで経営されて
いる居酒屋「おじゃん」 虹橋/水城路「和平広場2階」にあります。やは
り日本人が経営する日本食は食材が中国産でもおいしいです。夜中の3時ま
で営業してますが予約をしたほうが無難。

2日目夕食はは「中国」に住む「インド」に詳しい「インドネシア人」のR
氏に「イタリア人」の経営する本格的「イタリアリストランテ」でご馳走に
なりました。(すこしややこしいですが)店はウルムチ路に近い裏道にある
Bella Napoliという店。ガーデンもある知るひとぞ知る本格的イタリアンのお
店です。

3日目は取引先と食事をしました。私も時々行きますし現地駐在の「御用達」
の日本式焼き肉=「スタミナ苑」です。セットメニューがお得です。場所は
虹橋路1665洛城広場の2階です。

決して彼らのまわし者ではないですが店のビジネスカードを添付しました。
ご興味があれば行ってください。

 名刺.JPG

※それぞれの画像をクリックしていただきますと、拡大画像をご覧いただけます。

 

◆2011/05/06 社長ブログを更新しました。

この2週間いろいろなことがありました。(3つの話しをまとめて書きます)

(①中之島公会堂)
 4月24日(土曜日)に中之島の大阪市公会堂で会合がありました。
私の参加している勉強会仲間の1社の「創業70周年記念」のパーティーに「お呼ばれ」
しまして数時間を楽しませていただきました。パーティーもいろいろな方が参集され、
大変盛大な会合でした。
 この日本で1年間に何社できるのかは知りませんが、1年で40%が、3年で70%が
消えると言われています。10年もつ会社は10%、30年継続できる会社は1%を
割るそうです。改めて会社を継続させることの大変さと偉大さを知りました。
 ちなみに 当社も今年創業60年です。(70年に対抗して負けず嫌いな私ですみません)
父親が創業した会社を継続発展させるため、なお一層頑張らなければ・・と思います。
 そういう訳で当日、大阪のランドマーク中之島公園を通って中之島公会堂へ行きました。
なにか感動しました。その美しさにです。
大阪といえばいつも ディープ大阪の象徴「道頓堀」「心斎橋」と「豊臣秀吉の大阪城」
がメインにきますが、改めて大阪にもこのような美しいエリアがあっていたのか・・という
感じです。
そして会合のあった1918(大正7)年11月に、「義侠の相場師」ともいわれた株式仲買人、
岩本栄之助が莫大な資材を投じて完成させた今や大阪市のシンボルともいえる「大阪市
公会堂」。レンガ造りのネオルネッサンス様式とバロックが融合したようなクラシックな建物です。
思わず公園と共に写真を撮ってしまいました。

公会堂2.jpgDSC_川.jpg道路.jpg建物内.jpg

 

 

(②大阪ステーションシティ)

この5月4日に「大阪駅」が大きく変貌しました。「大阪ステーションシティ」と言うそうです。
開業する直前の4月29日(土曜日)の夕方に梅田に出る機会があったので、大丸梅田店
(旧アクティ大阪といわずサウスゲートビルという名前に変わっていました)から三越伊勢丹側
のノースゲートビルに抜けてみました。すごいですね。昔と全然景色がちがう。
私は大阪生まれですから、だいたいの地理感覚とロケーションはわかるのですが、初めての人は
全くわからないでしょうね。
 景色はまさに外国です。工事中の姿はよく見ていましたがこれほどのものとは・・いう感想です。
 大阪を故郷とする私にとっては「街が変わる」「都市挌があがる」というのは大変嬉しいことです。
でも、ここでも「東京資本=カワイイファッション」の進出が目立ちます。
そして反対に私のテリトリーである「本町~難波(ミナミ界隈)」の経済地盤沈下が懸念されています。
私としては東京と同じような街(どことなくきれい、大きいけど巨大なだけの街)に変貌しないで
「ディープ大阪(ミナミ界隈と通天閣界隈)」「大発展大阪時代の大阪(中之島界隈)」「新しい
大阪(キタ・梅田界隈)」が共存できる新しい関西の中核都市になって欲しいと思うのです。

DSC_JR大阪.jpgDSC_たてもの1.jpg

DSC_電車.jpgDSC_三越伊勢丹.jpg

 

(③私と地デジ) 

この7月にTVのアナログ放送が終了し、地上デジタル放送に変ります。
5月5日の日経朝刊に「薄型テレビが一段安」「主力32型、1インチ1000円割れ」
との見出しがありました。エコポイント終了後の「一段安」を期待していた私は「ニヤニヤ」です。
数年前に「1インチ1万円を割って薄型普及が加速」と言う記事を覚えていますから、
ものすごい安値競争の世界です。どいう訳でもう少し粘って、わが家も「地デジ化」しようと
思っています。(いまだアナログです)
ところで、私の愛車シルビアの車載ナビのTVも「地デジ」しなければなりません。
たまたま5月に車検を迎えますのでディーラーからの案内状には「車検を機会にチューナー
をとりつけて ナビのソフトも新しく・・」とありましたので、そのセールスプロモーションにのって
依頼をしました。ところがチューナーはなんと5万円以上もするとか。そして後付けでない車と
一体型の車載ナビ(一体型とはボタンを押せばサンダーバードのごとくダッシュボード上から
ナビが上がってくるアレです=写真)はそのままの形で地デジ化更新するのは難しいとか。

 DSC_くるま.jpg(自称:サンダーバード型カーナビ)

更に、私の車はすでに11年目(まだ高く売れる人気車種なのでがんばって乗っています)
・・ナビも当時のCD対応という2世代前の代物。今やカーナビはDVDからHDDになって
いて通信機能搭載の機種もあります。
しかし、私のは地図ソフトも当時から切り替えていないので新しい道路「新名神」も「第2京阪」
も現れません。地図上の銀行も今や名前が変った「さくら銀行」が表示されます。ガソリン不況で
消滅した「GS」も出てきますし、ナビゲーションとしては少々厄介な状態になっておりました。
 しかし現在では化石となった「ナビCD」の対応ソフトも2年前で生産終了(それでも買えば
2万以上する)とか・・・でも必要性からチューナーと(我慢して古いが新しい)CDソフトを
買い替えるならば工事費を含めると10万円以上もかかってしまうそうです。
「で、どうすればいいの??」と尋ねました。今やナビなしではドライブも成り立ちません。
 答えは・・「オートバックスなどで新しいナビを外付けで付けるのが一番安上がりですよ。
性能もこれより良いし・・」とのこと。そういえば人気機種のサンヨーの「ゴリラ」などは5万円
くらいであります。(新車で買った11年前はナビだけで30万もしたのに)・・ ということで、
取り換えは未だ保留中です。 
私の「地上波デジタル」は3月に買い替えた、スマートフォン「ガラパゴス」のTVだけです。
 
(長い話しのまとめ)
 このように「街」も「機能」も新旧融合してどんどん変わります。
比較的新しい物好きの私ですが、このようにちょっと「事をあとまわし」にすると、どんどん時代に
遅れてゆきます。
前述の通り当社も「節目」の60期が5月2日から始まりました。
最近時々「岩崎さんも老舗の会社」と言われます。私はあまりこの言葉が好きではありませ
んが、「常に新しい」事に「対応」出来て「発信できる風格のある企業」を目指したいと思います。 

  ※それぞれの画像をクリックしていただきますと、と拡大画像をご覧いただけます。

◆2011/04/25 社長ブログを更新しました。

先日、業界紙(洋装ロータリー)から手に入れた2010年のマフラースカーフ輸入実績
を添付しました。
昨今当社も含めて国内生産は大変少ないですでから、この数字が業界の趨勢を感じる
目安の一つなのですが・・・
マフラースカーフの流通は減ってるんですね。数量ベースで27%近くも前年に比べ
て減っている。輸入の80%以上を占めるお隣中国からは、金額ベースででは36%
近くも減少。いよいよ巻物バブルも終焉ですかね。

当社はこのバブルに良い意味でも悪い意味でも巻き込まれなかった思ってますが
お蔭さまで、当社のマフラースカーフの業績は前年より良いということは、この全体
像と比較すればハードに働いた社員にも取引先にも感謝しなければならないと思って
います。
でも震災後の経済下落にともなう今後が心配です。

 洋装4.jpg  

※画像をクリックしていただきますと、と拡大画像をご覧いただけます。 

 話しは変わりますが 私の英語のクラスでは月1回「なんでも話し」というテーマで
発表しなければならない宿題があります。
これは私たちにとっては大変なストレスなのです。私はいつも適当に話題を見つける
能力はあるのですが(・・と勝手に思ってる)
しかしクラスメイトに比べて「内容の薄い」「面白可笑しい」話しかないことに大変
コンプレックスを感じておりました。私の英語能力=アカデミックな話しが無いのです。

でも、先週はちょっと頑張って考え発表しました。
下記はその内容に先生の教えに従って加筆訂正した内容です。
結構真面目な内容だと思います。<東北大震災から考える人の優しさと今後の憂い>
がテーマです。

私の会社でのサドスティックな性格を知っている人が読んだら「私の性格否定」
につながる文面かもしれませんが(笑)
 

 After the earthquake, I have thought about human kindness and the future of Japan.
Because, I was born after world war 2 and I have been living with development of the
Japanese economy. So we have not known hardship. (耐えがたい苦労)
A Newspaper had an article that the Japanese have been very kind after disaster.
It might have an impact on Japanese or make impression by advertisement of morality.

I went to India after earthquake.....
TV news say in the top news everyday “3 shuttle accidents in Japan which are earthquake,
tsunami and nuclear”
Of course all of suppliers have already known and I though their heart warm.

Also, in India, our agency gave beggar money in the town.
Before,some people say “Iwasaki san do not give them, should not give them” at the
same situation in the foreign country.
So, I asked him about his mind.
He said “I have never given young people. Because, they can find any job and can be
worked. Just they are loafer.
I just give old people and handicap people. Because, they can not working.
I had worked hard and now I have some money. I must help to them.
I admire him.

Before, one of my English teacher who is American young guy was same.
He said to me that I work in Japan and get money from Japanese.
It is my pleasure. Someday I must repay to poor people.

Last week I went to Tokyo.
Recently, any electricity is restricted, so the city is too gloomy.
The lights are half level anywhere, and several of escalators in the station are notworking.
Any train services are 20% less compare to before.
I think for sure all of Tokyo is dismal and not excited.
I talked with clients about these situations.
However, most people are no complain and say we will just have to endure. (耐えなければ・・)

Everybody is gentle and submissive. (従順).
However, I must consider should be accepted until when? How should we do from now?

Novelist Nanami Shiono who is living in Italy:
I have read in the magazine her contribution recently. (寄稿文)
Her thought is a little right but I agree with her cdomment.
She said…
Now is unprecedented national crisis in Japan (未曽有の国難)
And now a lot of Japanese and generation have not known msufortune by 2nd war.
I want to say them (means after 2nd war generations)
War is like this situation and it is too miserable like this,
And now, this is the same as post war.
We must endure now. And it must be accepted.
But we must stand with straighten, eye must look forward and we must doing resolute in the matter.

(耐えなければならない。そして耐えるのはよい。しかし背筋をのばし 視線を正面にむけ 毅然として行こうではないか) 
 

◆2011/04/11社長ブログを更新しました。

先日取引先の会合でよい話しを聞きました。
すでに教訓としておられる方も多いかもしれません。
私は性格的に拗ねてますので 教訓的な話しや人生マニュアル的な話しは
あまり好きではないのですが、「あ~なるほど」と共感した次第です。それは・・

ちょっとプラスアルファ頑張ろうとする行動と、ちょっと残してまあいいか
という行動の差は、積み重なれば大きな差になるということです。

・(100乗のがんばり)

1. 「1」の100乗は「1」で全然かわりません。
     毎日同じでは100日間ではなにも変化成長のない「平平凡凡」です。
     だから これは成長がない。
2.  そして「1.01(ちょっと1%だけ頑張る)」の100乗を計算します。
    ちょっとプラスアルファ頑張ろうを続けるということです。
    100乗とは例えば100日間(毎日の積み重ねの3か月余りです)
3.  反対にちょっとサボる。毎日1%前日より気を抜く。
    そして100日間同じように1%前日よりサボる。
    それは0.99の100乗になります。ちょっと仕事を残してまあいいか・・
    ということです。100日後はどうなるか・・

計算結果は前者「2.73」と後者の「0.36」その差は、7.8倍です。
ちょっとした積み重ねがいかに大きな差になるかということです。
 
でも 私の頭ではわかっていても100乗などという言い方は私も学生時代から
遠ざかっています。そこでもっと説明がわかりやすい方法を考えました。
要するに頑張るためには毎日1%づつ、前日より少しがんばったらよいのです。

・(1%のがんばり)

1.  「1」に対して0の複利では「1」で全然かわりません。
      毎日同じでは100日間ではなにも変化成長のない「平平凡凡」です。
      だから これは成長がない。
2.  「1%」(ちょっと頑張る)の1%だけ毎日積み重ねでちょっとプラスアルファ
      頑張ろうとする。そうすると計算は1の1%複利計算になります。
      そうすれば 100日後には「1」が「2.70」になります。
3.  反対に毎日1%づづサボる。その計算式でマイナス1%の100日間の複利計算
     になります。   結果は「0.37」

その差は前者と同じ。
うっ・・・? 私は数学と物理と化学 そして文化芸術に大変疎いのですが、
前者と後者は数字こそ似てますが、ちょっと違う結果になります。
この2つの数式の中身は一緒なの?それとも違うの?
 
これを今からひも解いて頑張って結論を今日出せば前述の「がんばって」になるの
でしょうが、まだまだ「凡人」の私。今日は遅いので帰宅します。
 
でも若い時にある取引先の社長からお正月のあいさつで言われたことは私の
「とらうま」です。
 
「岩崎さん 昨年の業績はどうだった?」
「いや まあまあ なんとか前年並みですわ・・」
「あ~そう。でもそれはよう頑張った。この厳しい時代・・120%くらい頑張っ
たから前年並みで落とし所になったんだ。 前年と同じ仕事をしていたら、多分業績
は80%に落ちてるよ」 
 
結局は生きている限りがんばらなければなりませんよ。・・ということです。
決算月を迎え、来季の予算会議を本日したのでこのようなことを考えるのでしょうか。

 

◆2011/04/04社長ブログを更新しました。

110320_インド-1.JPG

 
 

 

 

 

 

 

3月26日にインド出張から帰国しました。
北中部インドですが、既に36℃です。今後は45℃にもなるようです。
4月末に相当数のship予定があるのですが、「誰が検品に行くのだ・・?」と
「インドビジネスへの前向きと戸惑い」が社内で交錯する最近です。

東日本大震災発生の1週間のちに関空から出国したのですが、驚きました。
3連休の初日であったことも理由かも知れませんが、危険な日本から逃げ出す(?)
外国人でごった返しておりました。チェックインから出国まで1時間半以上を要した
次第です。香港経由で行ったのですが、もちろんフライトは満席。

地震・津波は現地でも大変なニュース。
BBC、CNNはもとより地元のTVも今なおトップ級の扱いです。
ホテルの部屋に配達される新聞のトップ見出しに「Three shuttle accident in Japan」
という記事が非常に印象的でした。
「地震、津波、原発」3連発の日本を本当に危惧している記事内容です。

 
3月初旬の中国展示会ですが、それなりに商談は進めております。
今後は彼らとの商慣習の違いにぶつかる事もあると覚悟していますが、売り手と
買い手が逆転する訳ですから、積極的に攻め込んで行きたいと思います。

この未曽有の事態の日本でこういうことを今言えば叱られるかもしれませんが、
日本だけでのマーケティングは生きて行けない時代が更に早く近付いてきた感じが
します。
中国、韓国、インド、イタリアの取引先からも多数のお見舞いメールや電話を
もらいました。彼らは本心で日本・日本国民を励ましてくれていると確信しています。

でもその反面「今の日本マーケットで彼らのサンプルを進めてもはたして本番発注は
大丈夫なの?あるの?」という意見。これも「現実今」の日本を見る海外の「目」です。
私たち日本人は「決して沈没しない。頑張らなければなりません」


中国の彼ら(社員)と話してますと、やはり「若い」「発展している土壌、国」は
すばらしく、羨ましく思います。彼らとの話はPBのブランド、日本製の積極売り
込み、ショップをつくろう・・など、ちょっと私が夢を語ればそこからは、彼らから
引っ張れる話ばかり・・・私のほうがそのスピードと積極性に「おいおい・・」です。

やはりこの積極性・冒険性を「バブル崩壊以降」の日本国民はなくしてますね。
防御と反省ばかり考えている。
今度の災害ですこし一致団結しそうな日本マインドを継続しなければなりません。
商売のマーケットは広い・・と本当に思います。

新聞などメディアは「益々の生産の海外移転が進む・・」「どうなるのか日本・・」
など心配論ばかり。
これではますますシャイな日本国民は「悪い方へのマインドコントロール」されると
思います。 

 TVで何度も流されいるACのCM・・・

「こころ」はだれにも見えないけれど
「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど
「思いやり」はだれにでも見える  
 

各国から私どもに送られてきた日本を心配するお見舞いと応援メールを一部紹介
します。皆 ビジネスでは厳しい輩ですが 、日本を応援してくれてます。

私たち日本人は「決して沈没しない。頑張らなければなりません」


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Iwasaki san

The tragic news from Japan makes us very sad.

We have no words to explain our closeness with Japanese people.

Best regards.

all the staff.


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岩崎様

皆様はご無事だった、良かったなあ。

ニュースから地震や津波や二つ原子力発電所が爆発することも聞きますから、
怖いです。
皆様ご無事かどうか、ご心配しておりますね。


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Dear Mr. Hiroo

I've see immages about earthquake in your country and I'm very very sorry.

I really hope that you and your family are well. I'm close to you.

 
A big hug


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イワサキの皆様
 
贵国宫城县では大地震で被害を受けたと闻いておりましたが、皆様はご无事でしょうか。
一日も早く平穏な生活にもどられることを心からお祈りいたします。


Thanks and Best Regards~


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I'm extremely sad to see the terrible images on television,Japan is like my second house
 and I'm really closed to Japanese people,I really feel bad about this terrible matter.
I hope Japanese people in general can find inside themselves the power and teh wish to
 go ahead,even if now is very hard.

Paolo


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Dear Sirs,

 Pls kindly get back to us once you see this email.
I am here express my grief on those suffered this disaster and sincerely
hope all of you are fine.
God Bless You.

 Best regards


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 Pls kindly confirm all you and you concerned is fine.
thanks.


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地震で、
 
みなさん、大丈夫でしょうか?ご家族は大丈夫でしょうか?
 

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I am so sorry for a terrible news and image we received from the northeast of Japan.
I really hope that the end of this nightmare will stop soon

 

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Dear Mr Iwasaki

 
Thank you for your email.

 I am so happy that you are safe. 

 The situation is TERRIBLE.  The news on the TV is so very shocking.
 I wish I could help in some way.

 
Please take care

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Dear Iwasaki-san

I saw  terrible images about the tragedy happened in Japan,I hope you ,
your family and all your staff are fine.

I'm very sad for this drammatical situation.

Best regards.


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Dear Friends
 

We really hope that you, and all your loved ones are safe and well. 
What a terrible, terrible situation in Japan.
 

Kind wishes

 
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Dear Friends,

I am really so sorry for the big tragedy that hit your country,
I hope no one of your relatives families and friends are effected by the quake.

I hope the toll of missing lives will stop soon.

let me know ...and take care


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Dears

I saw information about earthquake and tsunami. Is everything ok with you and
all of your company staff and costumers?

We know Japan is used to earthquakes and your buildings are well built,
 but it was very strong and I hope everything is ok and all of you safe.

Best regards

 
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Iwasaki san

We fully understand your situation.
The whole world hopes that in the end there will not be any atomic problems.

As a memb er of the Board of Directors of the Swiss-Japan Society we arranged
 a benefice concert with Japanese musical artists.

Unbelievable sFr. 36.000.—were collected fort he victims. I 
 I am also arranging additional concerts.

Have a pleasant weekend

 
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Good afternoon Iwasakisan,

the terrible news about earthquake, tsunami, atomic  clouds, eruption of vulcano
are filling newspapers, TV etc.

I hope that you and your staff are o.k., but the uncertainty is just unbelievable.

We do not wish to write things that are in radio and newspapers


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Dear Mr Iwasaki,

I hope that you are all good, and I just want to say that the Babette Wasserman
team is very close to you and your people in this difficult moment in Japan.


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Dear Iwasaky-san,

will keep praying for a fast resolution keep me informed.

Best Rgds

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FORZA GIAPPONE!! 

(注) ”ガンバレ ニッポン”

 

 ◆2011/03/16社長ブログを更新しました。
 
前回のブログでお話ししましたように、 私どもの「Japan made Iwasaki Scarf /Socks」
で臨んだ「上海国際服装紡織品貿易博覧会」が3月9日から11日まで上海新国際博覧中心
で開催され、おかげさまで多数のVisiterが来られ私どもの事前予想以上の高い評価を得
られて終了いたしました。
 Japan madeの当社商品が「どの程度の日本Quality、Design、Priceなどに彼らは興味を
示してもらえるか」が最大課題だったのですが、得られた情報をもとに今後のビジネス
展開を進めてゆくつもりです。
(写真3つ掲載)

 Dscn1584-3.jpgDscn1579-1.jpg

Dscn1583-3.jpg

 

 

 

 

◆2011/03/15社長ブログを更新しました。
 
このたびの東日本大震災により被災された皆様に謹んでお見舞い申しあげます。

 ◆2011/03/08 社長ブログを更新しました。
 
 しばらく忙しさにかまけてブログ更新をサボっておりましたら早くも時節は3月。
昨年の11月以来の上海に入りました。
社員が12月から2月の中国春節をはさんで入れ替わり立ち替わり中国に来ている
こともありましたし、私自身もブログの「インド編」「イタリア編」に書きましたように、
毎月どこかしら海外出張をしていましたので私自身はいつも社長業の悩ます「経費」の
ことも考え今回の久々の上海出張となった次第です。
 
 さて、今回の上海出張の目的は「IwasakiのJapan made テーマの展示会」です。
Japan madeの岩崎商品をメインランドチャイナへ売り込むことが目的です。
明日9日からの「上海国際服装紡織品貿易博覧会」なる展示会にブース出展します。
すでにそのJapan made など当社のマフラー300点とソックス300点は先月に
保税で送りこみました。
 今回の構想が決して簡単に中国Businessがまとまるほど甘くはないとは思っています。
ただ、昨年当社に訪れた中国人バイヤーのMDに対する考え方や、私が中国と仕事を
始めてからの経験などから、彼らの日本Fashionへの興味、あるいは日本製商品に対する
Positiveなとらえ方を確信し、今回の参加を1月に急遽決めた次第です。
 
 当社は 過去、韓国の「Seoul Stoff」や香港の「Fashon Week」などに参画し、それなりに
海外展示会への参加経験はありますし、中国商品を韓国やItalyへ輸出する3国間貿易での
Businessは現状もありますが、まだまだマーケットしては「未知なる国メインランドチャイナ」
への「売り込み」は日本本土からは過去一切ありませんでした。
 でも 昨今の中国経済,そして日本のマーケットおよび経済環境をも鑑みたうえ、公称で
25000人からのバイヤーが集まるという今回の展示会に「どの程度の日本Quality、Design、
Priceなどに彼らは興味を示し、今後の日本の環境変化においても行き残れる道を探るか」を
最低限確認できる結論までは持って帰りたいと思っています。
 今回1000部の当社案内の中国語パンフやパネルも準備しました。
Displayは8日午後、本番の9日からの展示会に「Japan made Iwasaki Scarf /Socks」
で臨みます。

 岩崎案内①のコピー.jpg

 

    Booth 展示-1.jpg

  ◆2011/02/14 社長ブログを更新しました。

(私の外国語論)

最近、会社の公用語を英語にしている会社が増えているそうです。
このことから「英会話人気」がまた上がってきたとか、「就活」で英語公用語を
打ち出した企業人気のランキングが下がったとか いろいろ新聞紙上に書かれてます。
この是非は別にして、英語に拘わらず私の経験からも (英語だけではなく)外国語を
話すというのは「人生観」を確かに変えます。

でも 内需だけの仕事ではで生けて行けない時代(日本経済)に立ち向かうこれから
の働く人たちはは「外国語」が必須でないと職業や仕事のの選択肢も減るのではない
でしょうか?
 


my English text (not difficult)
0214BLG-1.jpg

 

 

 

 

私も30歳くらいまでは英語と全く無縁でした。大嫌いでした。
したがって学生時代の成績は最悪でした。いつも「赤点」だった。

英語を学び出したストーリーを話し出すと、また原稿用紙20枚くらい必要です
からそれはまたの機会にしますが、今もサボりながら「英語のクラス」通いを
しております。
なかなか外国語は永遠です。まだまだ正確に聞き取れないことも多いし、会話を
していてもその文脈から解釈して返答しているほうが多いのではないでしょうか。
でも人は「ペラペラね」といいます。とんでもない誤解です。

でも私自身は英語がよくここまで「物怖じせずに」外国人相手に話せるように
なったな・・と思ってます。英語の勉強だけは私の本当に数少ない努力の
「たまもの」だと思ってます。
残念ながら「中国語」をこれから本格的に学ぶ気力がないのは「老化」かも知れ
ません。
英語を学び直す・・・・私達はほぼ全員が中学時代に英語を学んでいるはずです。
それをやり直せば本当に十分。それにちょっとの文法を勉強する。
高校英語はその応用です。

外国人との会話能力・・これはただ一つ「物怖じせず話す勇気」です。
そして私たち(生まれも育ちも日本の)のような人間が Native speakerや
「帰国子女」と同じレベルで話せるようになるのは「無理」という「居直り」です。
その為の単語とその語彙は「中学で学んだ基本単語」で会話は十分です。
今からの3年間の再トライで大丈夫。いや私で3年でしたから少しの一生懸命で
トライしたら2年かもしれません。
あとは「女の子が在籍するクラス」で勉強する。すこし楽しい。

下記英文は「私の中国現代考=英語版」です。
内容はいたって簡単。中学単語だけでしょ?
(いろいろ間違いはあるはずですがcomunication toolとしてはこの程度で十分だと
 現時点の私の仕事では思ってます)

みなさん 外国語を勉強しましょう。

China springs holiday is finished last week.

I think a lot of people have enjoyed holidays and people have returned work.( I hope)
This time I talked about China Economics for foreigners.

Because, As you know, China is surely in the middle of bubble economics regardless
government has been making a lot of provisions.
Still many people enjoy spend money and investment.

Subway in Shanghai: it has been extend every month and now their distance
has been longest in the world. I heard that will be over 400 km within few years.
Before, when we go to Hangzhou which located around 200 kms from Shanghai,
it took over 3 hours by real China style train.

However now, it takes just 45 minutes with bullet train.
Express way and domestic flights also, …Before in China, moving was too terrible to
foreigners, but now we will be able to go business and tourist area by much shorter time than before.

Taxi, hotel, public toilets became beautiful. Just any services are same as before.
But, problems are a lot to us.
We must expect more round up about RMB rate more than now.
Also, every cost has been upped with crazy.

In the fact, our China company in Shanghai. Simple worker salary was minimum
RMB 960/ month, but, it included RIB 1100 from 1st of Apr. last year.
 Plus we must bear their tax, insurance etc. total will be RMB1500.
It must be too much upper than before. Also, over working are double cost together
meal cost and beside we must pay triple cost for Sunday working 

Last year, I talked with some employees about China economics now.
Their education level is high and clever and they are working Japanese-Chinese company.
I talked to them about my worried under our (Japanese situation around 20 years ago)
They also worried about situation.

But, their most of mind is how should they keep and increase money.
Because, inflation is serious problem to them and if they keep with foreign currency,
they do not know defensive of measures.
Because, their all of money is control and manage by currency office of China government.

As you know China has a big underground money market.
 But most of commoner’s fortune is under control by government.
And first of all, they do not believe their government.

So, they always are looking for place of spending money.

Unnn… where China is going…

 

 

 

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