[閑話休題・・1月編]
  それにしてもこの冬は寒いですね。この寒さは我々の業界にとってはありがたいことな
のですが「もうええわ」という感じです。私は自宅が奈良なので、大阪市内より3~4度
は毎朝の最低気温は絶対に低い。先日なんか、朝に台所(北向き)の温度計をみると1度
でした。室内ですよ。朝、顔を洗おうと洗面台で栓をひねると水がでない。水道管が凍結
しているのです。
 
 さて、お正月明けから取引先へのあいさつ回りもそこそこに、すぐに実務に入っていま
した。今年こそは10日の「えべっさん」参拝と思っていたらお正月のおみくじが「大吉」
だったので、これもパス。1月12日から毎年のイタリア出張をこなしてバタバタしてい
たら、もう2月になっていました。節分もあっという間に通り過ぎ、もうすぐ私の誕生日。
免許更新の通知が来ていたので、これも行かねばなりません。いつもこの更新の頃がすご
く寒くて苦痛です。広い講堂のような場所で新しい免許証の交付を待たなければならない。
パスポートの増刷もしてきました。出張が多いのでイミュグレーションのスタンプを押す
ページが私の10年パスポートでは無くなってしまいました。増刷後のパスポートは手帳
のように膨らんでいます。

Italian friends.jpgのサムネール画像のサムネール画像のサムネール画像Monte Napleone in Milan.JPG      

       < Italian friends >                < Monte Napleone in Milan >
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   話しはころっと変わりますが、先日「関西人取扱説明書(千秋育子著)」なる本を知人
から借り受けました。私はどちらかと言えばスマートな関西人と思い込んでいたのですが
「関西人チェック度」という30項目で当てはめると、まさに「リアル関西人」であった
ようです。この前も社員と商談の合間にコーヒーショップへ入ったのですが カウンター
の中から二人なのになぜか「3名様ですね?」と言われたので、間髪いれず我々二人とも
同時に「なんでやねん、二人やないか!?」と切り返しました。女の子は「ガハハッ」と
笑って「すいませ~ん、お二人でした!」と…これまた間髪いれずに切り返し。みんなで
笑ってチョン。こういう会話は、やはり東京や関西以外ではコミュニケーションツールに
はならないようです。
 仕事柄、東京出張も多く「東京通の関西人」を自負し、「ベタ」な商売や会話をしない
ことを心がけていたつもりですが、この本を読めばかなりの誤解があったようです。私は
「完璧なベタ関西人」でした。

関西人取扱説明書.jpg富士山(左隅です).JPG      

    < 関西人取扱説明書 >       < 富士山(左隅です) >
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 先週その東京に行ってきました。ついでに飛行機から撮った「雪のかぶった富士山」を
撮りましたので添付します。その東京での話しです。
 東京ではファッションとしての「アニマル柄」ではなく、「大阪オバはん=ヒョウ柄フ
ァッション」が誇張してマスメディアで披露され、そのオバはんの図々しさと相まって面
白おかしく紹介されるので、関西人としては少し辟易する事があるのですが、わたしの経
験では「都営浅草線」台東区界隈で見かけるケースも多いと思うのですがね…。
 夜に取引先と入った居酒屋のオーナーママさんも、まさに「東京下町」のおばちゃんで
「ヒョウ柄のセーター」を着ていました。そして…銀座線「表参道」から「新橋」へ向か
う地下鉄内でも、前の席が空いたので座ろうとすると、横から「ガサッ」と割り込んでき
て、どっしり私の目の前に座る「東京オバはん」もいるではありませんか。そして、その
オバはんは坐るなり読みだした本が「人生の指南書」を書いたマニュアル本であることに
笑ってしまいました。「まずお前の頭と行動の指南せえ!!」
 もっとも大阪に帰った翌日、難波から乗ろうとした電車でも列を乱すどころではなく
「真横」から「横入り」テクニックをもった「大阪オバはんの4人軍団」にも驚きました
が…やはりこういう図々しさは、その手口といい大阪のほうが上のようです。
 そのヒョウ柄ママさんの居酒屋で一杯飲んだ後、夜の完成間際の(東京人の新自慢)
「東京スカイツリー」を見に行こう…ということで行ってきました。といっても、まだラ
イトアップされているわけでもなく、ガスっていたので寒いだけで何も見えませんでしたが。
 なんとその高さは634mだそうです。すごいですね。そりゃテレビで見る以上にすご
いですわ。下から見上げたらその高さはもちろん体積もびっくりするほど巨大です。でも
大阪奈良県境の生駒山が642mですから大阪の「勝ち~」。まあ、どうでもよい話しで
すが…という1月でした。
 

◆2012/1/5 社長ブログを更新しました。

新年明けましておめでとうございます。
本年もご指導のほどよろしくお願い致します。
 
(お正月…いろいろ話し~年賀状論からの展開)
 お正月は久々にゆっくりしました。三が日は炬燵から5m以上は動かず、年賀状や朝刊
を見てテレビだけで気がつけば夕方。テレビと食事以外は何をしたのか記憶がさだかでな
いグータラ生活でした。
 ところで今年頂いた年賀状で気づいたことが一つあります。一筆手書きで添えている人
が例年より多い。PCでの制作ではなく手書きの人も増えました。なぜでしょう?
 
 私は比較的デジタル人間であると思っています。でも年賀状はなぜか手書き。その為に
10年くらい前にモンブランの万年筆を買いました。(でも今年はインクがないことに年
末気づき<モンブランはやはり純正のインクが味がでます>ましたが手に入らず。)
 デジタル人間…というのは言いすぎかもですが、毎日PCを使い、スマホがでれば、
すぐに手に入れ、Ipadも買ってしまいましたし、お正月からFace bookも始
めました。メールは沢山きまますし、それに追いまくられる毎日です。
 そういう意味からではないですが、「年賀状ぐらいはアナログで…」ということで、印
刷はしますが、表書きの宛名はいつも手書きです。そして基本的には添え書きで一筆書く
ように心がけています。年賀状は古風が良いという昭和人間です。
 パソコンの年賀状で楽しいキャラのある年賀状も頂きますが、こと自分が出す年賀状と
しては、あまり好きになれません。下手な字でも「手書き」があれば「自分のキャラ」と
「年に一度の挨拶は手書きやろ」と思うのは、1954年生まれという年齢のせいでしょ
うか?いやそういうことはない。同年齢でもPCの年賀状は大変多い。基本的にコンサバ
なのかもしれません。だから年賀状づくりは年末のストレスの一つでもあります。
 毎年ながら、今年こそは「元旦配達を目指そう」と印刷割引のある11月に手配をし、
早くから自宅の机には、前年の年賀状の束と共に準備しています。でもぎりぎりまですべ
き事を延ばすのが、私の欠点…いつもできない。毎年毎年、年賀状を書くのは紅白を見な
がら…。そして出来上がるのは、日が変わった夜半過ぎ。元旦の朝に車で郵便局の本局ま
で行って投函。このような年末が、30年以上続いています。昨年は少し心を入れ替えて、
例年より一日早く31日朝に投函しました。それでも元旦配達は無理だったでしょうね。
 
 話しをもとに戻します。「一筆書いている年賀状が増えた」なぜでしょう。やはり前述
通り「私のつきあう相手の年齢が高くなった…事(古くなった)もあるかな?」と思いま
す。早いもので、この2月には私も58歳。学校を出て既に36年が過ぎました。サラリ
ーマン生活は経験したものの、若い時は「2代目のボン」と言われ、それが癪なので、当
時の社長である父親への対抗心もあって「遮二無二」働いてきました。「え~それが気が
つけば58歳!!?」 サラリーマンならあと2年で定年です。
 年賀状にも学生時代の先輩からは「来年定年です…」「退職金を使って家をバリアフリ
ーに改装する予定です」など。「家族が増えました」が無くなり…「孫ができました」に
変わってました。何年か前の「転勤です」「たまには飲もうぜ!」という内容から大きな
変化です。
 考えてみれば 最近は同窓会の頻度が短くなり、参加者に新たなメンバーが増えてきた
ような気もします。子育てから解放され(女性の中には孫の世話で行けない…という人も
いましたが)、私も若い頃の同級生と会うのが、今まで以上に楽しみになってきました。
これはネガティブな意味での「過去回帰」ではなく、私の世代が「新たな節目」に向かっ
ているのだと思います。だからここらあたりで同窓会に参加して人脈の再確認もしたい…
のか?
 
 私たちの世代は…私は大阪市内で生まれ育ちました。小学生の頃には、既にほとんどの
家には「白黒テレビ」と「黒電話」がありましたし、東京オリンピックも東海道新幹線の
開通も明確に記憶がある世代です。今ある文明の利器(いい方が古いかも)の原型は、
すでに物心ついたころにはありました。そして、高度経済成長と万博とキャンディーズで
青春時代をおくった世代です。でも団塊の世代と新人類世代の間という比較的地味な世代
でもあります。
 もちろんそいう時代ですから 家の商売は浮き沈みはあったようなので、贅沢はさせて
もらえませんでしたが、幸いにも極端な貧乏や困窮の生活も知りません。でも、親の世代
は戦争を経験し、その後の戦後の混乱を経験した年代です。商売人の家庭でしたので「働
くざるもの食うべからず」が教育でした。また、父親はお寺の生まれで帝国陸軍では将校
でしたから、「質素倹約」「質実剛健」の「教え」で育ちました。
 そして、就職活動期に「オイルショック」に見舞われ、働く場所を必死に卒業前に探し
た世代です。その後の安定成長期(といえば聞こえがよいが、要するに低成長になり給与
もそれほど増えない時代)の第1期生だったと思います。
 その後、30代半ばの降って湧いたようなバブル経済の頃には、それまでの経験から
「これは虚構経済だ、こんな時代がいつまでも続くはずがない」と疑問をもった世代です。
その後の失われた20年、そしてそれに続く「大不況」の中では、仕事の中核をなしてい
た年齢世代です。だから「働くこと」に関しては、そういう育った環境からか「ストウィ
ック」な感覚をもつ世代かもしれません。そして皆が皆「貧乏性」です。「もったいない
精神」を持っていて、私も事務机の中の不要物をなかなか捨てる勇気がありません。その
我々の世代が「定年…」の話しが出てきている2012年になりました。
 
 私もこの年齢になって…今でこそ偉そうにいえますが、人生には必ず「節目」「分水嶺」
があります。「この俺が…おれたちの世代が…?」その大きな節目になりつつある…まさ
に今の日本経済と国情そのものです。
 私が30数年前、初めてヨーロッパに行った時「なんと町が…国が…人が…落ち着いて
いるんだ」と驚きました。「国と町と人に品格」がありました。まさに朝早から走ってい
るのは「観光に精出す日本人」と「犬」だけだったとように思います。でもその落ち着き
の中でも西欧のビジネスマンは、やはり当時は働いてました。でも、当時の私たち日本人
の働き方と違っていたように感じました。ウサギ小屋と言われた小さな家から、痛勤電車
といわれた満員電車で毎日通っていた日本の猛烈サラリーマンと違い、彼らは頭を使って
働いていたのです。そして夏休みも十分に取っていました。それが当時の日本人にはまだ
なかったように思います。まだまだ日本は、その頃「お正月休み」「お盆休み」は、せい
ぜい4~5日、ようやく月2回の土曜休みが定着しだした頃です。
 いま、日本は苦しんでいます。GDPが中国に抜かれ、今後、先進国の一端にのこれる
のか、どうなのかという焦りもあります。でも「ほんじょそこいら」のこの10年で、
急激に発展した新興経済国と日本は根本的に違います。今や当時の西欧諸国と同じ「国に
品格がある緑豊かな落ち着いた国土があり、出来上がった社会資本の蓄積」もあります。
ただちょっと借金は多い。だから、私たちは彼らを見習って「頭を使って」働かなければ
なりません。過去の働き方では新興国に人の数も負けるのです。頭脳を使いましょう。
 
 ころっと話しは変わりますが、元旦にテレビで「さんまと木村拓也」がMCを務めるバ
ラエティを見ていました。私は「明石家さんま」の芸風がどうのこうのというのはわかり
ませんが、どちらかと言えば好きなタイプです。なぜなら、いつでも「一生懸命」しゃべ
っているから。その「しゃべり」にパワーがあるからです。そして「私的」には、その芸
風は大変面白い。その彼が(もちろん年末の録画でしょうが)「今年はワクワク生きたい」
と言っていました。子供の頃「お正月にワクワクする」「入学式にワクワクする」「遠足
にワクワクする」「運動会にワクワクする」といろいろありました。私も今年は「ワクワ
クする仕事/人生」を求めてゆきたいと思います。初詣のおみくじは、昨年に続く「大吉」
でした。一生懸命 頭を使って進みましょう。
 
(PS)
 会社のスタートは本日5日ですが、昨日、銀行への挨拶もあって、大阪市内へ出かけま
した。帰宅の途中の「生駒駅」で乗換のときには、小雪が舞う寒い日でした。
 夕方に近い時刻でしたのでお腹もすくし、余計に寒さが身にしみました。そのホームで
見つけた自動販売機の「金のおしるこ」…缶のストラップから中の小豆を吸い上げるのは
少し苦労しますが すごくおいしいです。120円…生駒駅1,2番線ホーム:近鉄京阪
奈線(地下鉄中央線)にあります。
 

DSC_0368.JPG       年賀状.jpg

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 (デリー空港 よもやま話)
  またインドに来ました。この1年間で4回も来たことになります。バンコックからコル
カタに入り、チャンディガル、ルディアナと飛行機や車で回りまして、デリーから今帰国
のフライトを待っています。ボーディングの時間まで、あと1時間15分。バンコックま
で飛びます。
  ただ、バンコックでのコネクションが悪く、大阪行きまで5時間もあるので、一旦出国
して空港で知人と会うつもりです。
  こういう場合、バンコックではトランジット扱いで手荷物だけでタイに入国し、そして
再び出国をして、デリーで預けたバゲージはスルーで大阪まで行ってくれると思ったので
すが、カウンターでその旨をつたえると、"you must pick up your baggage at bangkok
airport and you must check in for Osaka flight with baggage at there" と言われ、
邪魔くさいことになりました。
  ところで、デリーの国際空港は愛煙家には優しいエアポートで、スモーキングゾーンが
手荷物チェックのあとすぐ横のロケーションにあるのですが (15番ゲート横=参考まで
に)、 これがまた屋外に作られた30坪くらいのネットに囲まれた世界。私はよく知りま
せんが刑務所の運動場のような感じ?デス。
  今は季節が良いので快適ですが、8月の真夏は最悪でした。

デリー空港スモーキングゾーン.JPG刑務所運動場的喫煙室.JPG

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忙しかったといういつもの理由ですが、久々のブログ更新です。

  愛車シルビアを点検にだしました。走行距離はそう多くはないと思うのですが、4月に
車検は終わったものの、何せ12年目に突入した車ですし、ワイパーも少しいかれてるし、
冬を迎える前にチェックを依頼したわけです。
  人口減少社会に入り、車の社会ニーズも過去とは変わってきているこの頃です。外需で
儲けていた日本の自動車メーカーが、強烈な円高や韓国をはじめとする新興国の車によっ
て、各国での競争で少しコケかけている昨今、今だ日本経済の中核を占める産業であるわ
けですから、少し彼らの動向も気になります。他人様の商売を気にしている余裕は無いの
ですが…。
  私は日本というこの国はこのままでは奈落の底へ真っ逆さまと思っています。内需喚起
と言いますが、人口減によって需要のパイの奪い合いは、益々過酷になることは間違いあ
りません。だから政府は外国人の訪日観光を促進することによる需要増を国策としてを躍
起になっているのでしょうが、今回の震災や原発事故、円高など、思わぬアクシデントが
発生する社会ですから、そう一朝一夕にはいきません。車も内需は絶対増えない。買い換
え年月も今以上に長くなることは間違いありません。幸か不幸か日本車はやはり優秀で、
愛車シルビアもこの11年間で故障と言える不具合は、本当にありません。パンク1回と
点火プラグの交換1回だけです。これは故障ではない。

シルビア.JPG

 

 

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  今まで乗ったゴルフやオペルのドイツ車は、小さな電気系統の故障が頻発してました。
パワーウィンドゥが動かなくなる、ブレーキランプが故障?と思ったら、翌日は点灯する
…など。そこでです。車のディーラー方々への提言。エコカーや電気自動車などが世界の
先鞭をきって拡販しているのはわかりますが、「若者の車離れ」などの評論家筋のつまら
ぬ後付けの理由に惑わされず「売れない売れない」と言ってないで、既に売った車のアッ
プグレード、リニューアルビジネスをすれば新しいマーケット開拓が出来るのではないで
しょうか?
  私はシルビアは大変気に入っています。人は「若者の暴走車」と言いますし、事故率が
高い車で保険料率も高い。わたし自身も、この車が少し走りが良すぎて・・今だこの車の
せいでゴールド免許は手にしたことはありません。でも11年乗った現在でも、まだまだ
走りはツッパったアンちゃんには負けない性能です。そして、そのスタイリングは歳月を
感じさせないデザインです。
  ただスポーツカー仕様ゆえに、どうも内装が安っぽい。この車を買ったとき、私はまだ
40代。11年過ぎた今、どうみても50代半ばを過ぎた「社長」が乗る車には、傍目に
見えないのです。今、和製ベンツ、和製BMWに変身すべく、総革張り、木目調の室内へ
の変身を密かに画策中です。こういう発想をする同世代は多いと思うのですが…これは車
のディーラーにとってもビジネスになると思いますがね。
  例えば、イチローがしていたようにマーチをエンジンも内装もアップグレードして高級
車に変身するなど…私は大変憧れました。需要は絶対あると思うのですが…。
  他にもビジネスモデルのアイデアはあります。例えば航空業界。JALやANAなども
果たして、これから日本のフラッグキャリアとして生きてゆけるのでしょうか?双方とも
今後LCCへの進出も取り沙汰されていますが、旅客需要の食い合いなることは間違いあ
りません。マイレージ旅客の囲い込みも限界と思います。私も出張にはJALをしょっち
ゅう利用しますが、国内線も国際線もラウンジの混雑は昨今ファミレス並みです。何も上
級パッセンジャーとしてのステータスがない。
  私は、日本の航空会社も日本人顧客重視から外国人(特に経済発展著しいアジア圏顧客)
の重視のフライトスケジュールに変えるべきと思っています。今は、あくまで日本人旅客
のためのフライトスケジュールです。要するに日本人旅行者が、朝出発でできて、夜帰国
というタイムスケジュールです。
  これは日本人にとっては便利ですが、外国人にとっては大変不便です。今後、日本人旅
客は確実に減るはずです。(生産者人口は1995年からこの15年で500万人も減少)
これからは、外国人旅客を獲得しないと鶴丸マークも今後行きていけないと思います。
  現に、資源がなく観光立国と貿易立国を成立されているシンガポール。この国のフラッ
グキャリア、シンガポール航空の日本へのフライトスケジュールは、まさしくシンガポー
ル人の為のスケジュールではなく、日本人顧客の為のスケジュールです。ヨーロッパ諸国
のキャリアーのフライトもそうです。日本人取り込みの為のフライトスケジュールです。
これは、彼ら(外国経済の稼ぎで日本のGDPには反映されない)全部需要が海外に取ら
れてゆく。もっともっと海外からの顧客を取り込まないとダメなのでは?といつも思って
います。
  人のビジネスにはいろいろとチャチャをいれて、まっとうな意見やアイデアが出てくる
私なのですが、いざ自分のビジネスとなると…悩んでいるうちに、もう今年も12月に入り
ました。

   話しは変わりますが、上海に於いて先日11月末から12月1日まで、この春に続いて
2回目の展示会に参画しました。これも私なりの外需の取り込みであり参戦です。
来週から、また今年4回目のインドへ出張します。
これは内需への売り込み商品手配ですが…(^-^)/

 DSCN2776.JPG

 

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◆2011/10/11社長ブログを更新しました。
 
(座禅友の会発足)
  先日の日曜日に「座禅会」に行きました。私の父方の本家は岐阜の浄土真宗のお寺なの
で、お坊さんの資格を持っていた父親からは、時々仏壇の前で「正座」をさせられたり、
学生時代には、先輩から何かにつけ「反省!!」の名のもと意味ない理不尽な「正座」を
強要されたものですが、「座禅」ではありませんし、その効用や意味たるものは、当時の
私には何も理解できませんでした。
  私は子供の時から「落ち着きのない子」でありまして、学期末の通知簿や懇談会では常
にそのことを先生から言われ、私の両親にとって頭痛の種でした。今では、少しは大人に
なったとは思いますが、社長業の「性(サガ)」なのか私のパーソナリティなのか、四方
八方の情報が気になる性格であることには間違いありません。いつも仕事に追われる生活
ですし、年齢も相まってか、以前に増して精神的にも物事に「集中」できないことが最近
の状況に少し危惧を覚えていました。
  そのような中、新聞紙上で「初めての人の為の座禅会体験」というのがあるのを知り、
多分この下剋上のビジネス界で同じような経験と悩みをもつであろう(・・と勝手に思っ
てる)私より若い経営者仲間を誘い、ネットで探した「体験会」に行ってみることにしま
した。
 
  場所は京都「建仁寺」の「両足院」のきれいな庭の見える本堂。参加者は約20人ほど。
意外にも参加者は殆どが若い人たちでした。全員がそのお庭に向かって足を組みます。
  最初に若い禅僧さんから「座禅」の説明を受けました。貴金属、時計を外し、靴下を脱
ぎ裸足です。座布団は準備してくれてましたが、足を組んでお尻と足が一番自分で安定す
る場所で体を安定させる。背筋を伸ばし顎をひき視線は前方45度。手は浸り手の親指に右
手をからませて膝の上へ。
  1回の座禅は線香1本分。(約30分だそうです。でも私たちは初心者なので途中で1分
の休憩をいれるとの事)でも果たしてこの私に15分2回の集中ができるのか・・でもお坊
さんがそのコツを教えてくれました。
  「誰もが座禅を始めても頭の中でいろいろなことを考えます。目は閉じないで、呼吸に
合わせて1から10までゆっくり数えます。そして、それの繰り返し。決して30・・40
まで数えない。数えたらその数字を考えるから」「集中できなかったり、睡魔が襲ってき
たら合掌して頭を垂れてください”喝!!" を入れます」
  このような説明を受けて「座禅」が始まりました。約15分が2回。
 
  京都のお寺の静かな庭を見ながら、鳥の鳴く声以外なにも聞こえません。自分の呼吸に
合わせて数をゆっくり「い~ち」「に~」「さ~ん」と言われた通り数えます。
  結論から言うと15分はあっという間に過ぎ、2回目の15分は1回目より、より早く終わ
りました。感覚的には「アッ」と言う間でした。「心を落ち着けて集中する」と言うのは
こういうことなのでしょうね。そのあと「ほうじ茶」を一服頂き終了しました。1000円の
体験コースでした。
 
  今回は「ナンチャッテ座禅」程度でしたが、なにか落ち着きを取り戻し、大変新鮮な気
分でお寺を後にしました。
  でも、そのあと参加した男4人で、賀茂川沿いの居酒屋で夜遅くまで飲み食いして酔っ
払っていましたから、良い経験も帳消しのような気がしますが・・。
  翌朝から、毎朝仏壇の前で約10分間(線香を3つに折って全部消えるまで)座禅を始め
ました。私は寝起きは決して良くないので、その世話しない中で実行するわけですから、
わずかの「集中時間」ですが、なにか新鮮な気分で出勤できます。今日で丁度1週間が経
ちました・・3日坊主では無く、今のところ続けています。
  ということで、ちょっと座禅にはまっている(?)話しでした。何年か後には、これが
高じて「護摩祈祷」が「滝修行」しているかもしれません。お楽しみに。

 建仁寺両足院.JPG座禅友の会.JPG

 

 

 

 

 

 

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◆2011/09/26社長ブログを更新しました。

忙しさにかまけて2カ月ぶりのブログ更新になりました。
  その間、8月には3度目のインドへ仕事で行き(なぜか日本より涼しい)、そのあとの
お盆休みにipadを買いました。この何ヶ月かの間に、スマートフォン、車の地デジ化、
今回のipadと少しお金の使い過ぎに反省している昨今です。
 
(ipadの話し)
  年を重ねれば重ねるほど、時流の情報や物に関心を示してゆかないと「ふと気がつけば」
・・・「何も知らない」「なにも扱えない」オジサンになっていることに、最近危惧を覚
えます。スピードが何もかもが早すぎる。そしてどこまでそれに追随して行けば「今」の
環境にフィットし、ビジネスの世界で生きている中で不安になります。
  生活するだけでは「IT機器は必要ない」という人もいます。でも、ネットでの購入は
確かになんでも安いし、コンサートチケットもネット手配があたりまえ。ビジネスでもプ
ライベートでも、航空券や新幹線のチケット、そしてホテルの手配も確かにお得です。
  そうなれば、今度は「更に欲がでて」よりスピーディでモバイル性が高い機器を要求し
ます。初期投資に多少のお金は伴いますが、現代人が生活する上の経済活動には不可欠な
存在だと思います。
  でも、PCと同じ機能を持つスマートフォンをいつもポケットに入れ、ipadを持ち、
会社にも自宅にもパソコンがある。ふと気がつけば2重3重の良く似た機能が常に自分の
周りにある状況に、「ここまで必要なのか」と自問する状況になっています。
  でも、ipadはいいですね。すべての機能とソフトがニーズとウォッチにフィットし
ています。やはり「売れる商品が良い商品」という論理は、その通りだと思います。(良
い商品なら売れる・・といういい方では、現在はないそうです)
  やはりビジネスで生きる間は「売れている商品に関心を示す」これが必要と言うのが私
の結論です。
  でも、その状況に一抹の不安もあります。そういうことから忙しい社会生活の邪念を払
う時間も必要と思い、次週の日曜日に知り合いと京都へ体験座禅に行こうと思っています。
 
(久々、中国の話し)
  さて、先週2カ月ぶりに中国に出張してきました。祝日の月曜日の午後便で出発して、
これまた秋分の日に帰国する4泊で、上海、蘇州、余杭、杭州の取引先をまわる強行軍で
した。例の新幹線にも4回乗りました。
 帰国の日は、杭州から一気に上海まで、その夜の便で帰国しました。午後の杭州駅から
上海虹橋行きの新幹線(G列車)に乗り1時間(3年前まで3時間近くかかった)、バカ
でかい虹橋新駅から地下鉄2号線で龍陽路へ、そこからリニアに乗り換えて浦東国際空港
まで行きました。
  今回は、いろいろと中国の取引先から話しを聞きました。まだまだ中国はバブルです。
日本が戦後から今までかかった事を今の中国がわずかこの10年(5年かもしれない)で
成し遂げています。
  でも、常識ある取引先の経営者や、それなりのビジネスに携わる中国の人は「どう考え
てもおかしい」と感じ始めています。そして、そんな常識ある彼らであっても「母国に住
むことに固執する」農耕民族の日本人とはちがい、狩猟民族の彼らは、成功したら「中国
を出て海外で定住」を夢見ている人も少なくありません。そして「若い人の労働意欲の低
下」は、日本の「ゆとり教育の弊害」とはちょっと違う深刻さかもしれません。「お金を
持つこと」そして「バブル経済の弊害」のように思えます。3Kを嫌い、現場での仕事を
嫌います。1次産業2次産業には人が集まりません。
  でも、国家政策から給料と会社が負担する社会保険だけは、飛躍的に増加してゆきます。
そして、その結果物価もあがります。もはや中国は生産大国を目指す国ではなく、消費大
国を目指す国になっています。休みが増えているのも消費を即す国家政策です。
  ただ、現在でも「人は働かないとダメ」という教育がある日本人DNAとちがい、ちょ
っと「労働意欲」や「すべてのモラル」が以前の中国より落ちているように思うのです。
これは90年代から20年間経済浮上できない日本人の「やっかみ」でしょうか?特に
「モラル低下」は本当にひどいように思います。もともと儒教思想の中国だったはずです。
  前述、地下鉄2号線の話しですが(元来中国の列車は、いつも賑やかですが)、沢山の
年配の人が若いカップルやビジネスマンと共に満員でした。そして、その列車に人民広場
駅からお年寄り夫婦が乗ってきました。もちろん「優先席」もあります。でも、誰も譲ら
ない、関心も示さない。その中で「席に座りたいと」駄々をこねる子供の声、そして泣き
声、親もあやさない。だれも気にもしていない。そして、3~4歳の子供を連れたお母さ
んが乗ってきました。子供の手には溶けかけたソフトクリーム。すでにクリームが小さな
手に落ちてきています。場所は満員電車です。私の服にそのクリームがつきそうです。し
かし親もそれに注意を払わない。私が「キッ」と睨んで舌打ちをしたらやっと気がついた
のか子供のクリームを取り上げ、自分が食べていました。電車の中です。
  もともと、中国には日本ほどの「おもてなしの心」や「異常なほどのモラル強制」はな
い国ですが、これは文化の違いであり日本の「非常識」と同じで、その違いに関して何ら
批評するつもりはありません。国によって、その文化の違いは当たり前です。でも「モラ
ル」は同じはず。特に日本文化に大きな影響を与えた儒教教育の国です。「衣食足りて礼
節を知る」という故事を残したのは、孟子のはずだったが。
  でも、今の「金持ち中国」はどこかおかしい。と感じた出張でした。日本のバブルの時
も外国人から見たら、こういう感じだったのでしょうね。
 
  写真は、そんなブーブー話した中国ですが、毎日遅くまで働いている当社の上海検品デ
ィビジョン作業風景と(例の)新幹線の壮大な上海虹橋新駅です。

壮大な新幹線上海虹橋駅.JPGのサムネール画像
 
岩崎㈱上海検品Div.JPG

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  ◆2011/07/19社長ブログを更新しました。

(車載ナビを地デジ化編)
   この連休中の1番のBig Newsは「なでしこJapan」のワールドカップ優勝でした。
今回は女子サッカーの快挙でしたが、以前イタリアの連中に「ワールドカップの出
場枠が、アジアはヨーロッパに比べて少なすぎる」と話しましたら「レベルが違い
すぎる」と一刀両断に切られましたが、前回の男子サッカーのベスト8進出と共に、
私のような「にわかサッカーファン」でも、少し鼻高々に話せそうです。
 
   そして、私にとって連休の2番目のNewsは、愛車シルビアの地デジ化を終えた
ことです。ナビ本体も10年ぶりに買い替えました。TVでは「アナログ放送終了ま
で、あと○日」と大きなサインが出てから、益々あせっていたのですが、これで車
内でも地デジ放送(ワンセグではないフルセグです)も見れますし、なんといって
もナビの内容が最新になったことで、地図上に「第2京阪」「新名神」も現れるよう
になりました。
   以前は、ナビがオーディオ一体型のディーラーの純正だったので、ナビ本体が
本来の場所にフィットして取り付けれるか心配したのですが、Yellow hatはきちん
とやってくれました。でも今のナビはすごいですね。TV、FM、AM、CDはもちろ
んDVDやSDカード、フラッシュメモリーにも対応しているのです。これでi-pod(持
っていませんが・・)も接続して音楽が聞けます。
   そして驚きは、Blue Toothでスマートフォンに接続して、ハンズフリーで電話も
できるのです。これで特価とはいえ取付技術料をいれて11万余り。私が新車で
買っ11年前は、ナビだけで30万もしたのに・・・。
   でも、このGPSを利用した「ナビ」は、いまは世界中にありますが、これほどの
機能がある代物は、私が知る限り、海外でも見たことがありません。海外では、
もっと機能特化型でシンプルです。もっとも、日本でも機能特化型でシンプルなも
のもあります。こちらはわずか2万円。でも高級機種は20万以上します。
   いずれにしても スマートフォンに続く私の「おもちゃ」が増えました。


DSCN2249.JPG

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◆2011/06/27社長ブログを更新しました。
 
(帰国) 
 6月22日(水曜日)朝 予定通りロンドンに1泊したあとヒースローからBA
で成田に帰りました。
日本の航空行政に一言申す・・ではないですが、成田のハブ化といいながら
 朝に着くと「成田⇒大阪」のフライトがないのです。
仕方なく 成田⇒羽田はリムジンバス(3000円もします) そして羽田⇒伊丹
便で2時頃 会社に帰りました。
 多分成田では到着便が夕方に集中するからでしょうか?大阪乗り継ぎ便は 
伊丹便と関空便がJAL、ANA2社で夕方以降に3便まとめてあるだけです。
 でも関空からのダイレクト欧州便は結構選択肢はあるのですが、欧州系の
航空会社ばかりで日系はなし。今回は理由あって東京からのBAを選びまし
たがブッキングがうまくとれない場合が多い。
 これではやはり 韓国Inchon経由に利用者は流れますよね。
たしか関空⇒Inchon / Ginpoは1日10数便もあったとおもいます。
まさにフリークエンシーサービスです。
 
(節電要請) 
 その成田も大阪もすでに酷暑。梅雨の晴れ間ではありましたが真夏でした。
 日本のニュースは「電力不足 節電」ばかりです。東京電力管内だけでなく、
関西電力管内も15%節電要請を発表し、当社でも5月の経費節約号令と増
して、電気節約指令を帰国後早速発表しました。
 毎月の社内経費は社員全員に昨年との項目別比較表をメールでとばし、
経費節約を訴えているのですが、今回から電気料金だけを抜き出し 比較
対照をして社員に節電を訴えることにしました。

setsuden.jpg

電力節約.xls

 週末まで出張整理をこなし、土曜日は基本休日ですが、仕事も残っていた
のでオフィスにきました。
社員一人がでてきて仕事を黙々としていましたが、窓を開け、エアコンは無し
でした。人もいないし、ビルの8階ですから少しは風がはいり涼しい感じです。
よしよしです。 でも暑い。週明けからは決してエアコンなしの業務は無理と思
いますが、今回の「節電要請」は いつも経営者として悩ませる「経費削減」の
大名目ができました。

  エアコンなしの土曜日1.jpg

 

 

 

 

 

 

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◆2011/06/20社長ブログを更新しました。
 
(続続:Italy 出張編)

 Pittiを昨日丸一日視察と商談の後、朝Firenzeから特急でイタリアの長靴の
東側を北上しました。
とある有名SPAとの商談が取れたので初めて訪問しました。
予定通り列車に乗りましたが乗換のVenezia駅に関して2つあるとは聞いて
なかったので混乱。。
Venezia SantaMaria駅(こっちのほうが本来の観光地に向かうVenezia駅。
私の目的地へ行くには一つ手前のVenezia Mestreで乗り換えなければなり
ませんでした。
幸いにも私は車内放送で Venezia ○○○~(?)と聞こえたのでVenezia
と思い、慌てて降りたのですが終点まで行っていたらもっと混乱すると
ころでした。
 まあ 大阪駅と新大阪駅との違いのようなものですが、なかなか外国人に
はわかりにくい駅名だと改めて思います。同様に日本に来た外国人もこうい
うことで結構混乱すると思います。ましてや日本は英文字表記が不完全です
から。
 目的地の駅には11時45分到着。メールだけでやりとりしていたL氏に乗換
のとき「on schedule」である旨を伝えたら、「どんな服装だ?」と聞くの
で「眼鏡をかけ大きなバゲージを2個持っている(一つはサンプル)東洋
人だからすぐわかるはず」と答えたら、到着駅で大きな声で「Mr.Iwasaki
~!!」と声をかけてきました。
駅でサンドイッチで昼食を済ませて彼の車でその会社へ。
 
 車で20分で到着。驚きました。緑に囲まれた平屋建ての建物が並び、まさに
にオフィスは大学のキャンパスのような感じ。外来の車は芝生に植木の屋根が
ある駐車場。社員の車は大きな地下駐車場。一切敷地に車は見えない。
この企業はエコを大事にしてますから、この環境で仕事をすれば当然商品
基準も厳しくならざるをえません。

  商談だけではなく、訪問者に対する扱いもほんとうにスマートでした。
私も商談後の当地からのMilan行きの列車の出発時間をはなして限られた時
間内で商談をしたいと話すと「商談開始は2時半。あなたに与えられた商
談時間は30~45分ですから 能率よく話すように」と言われ、まさに予
行演習なしのプレゼンテーション開始と相成りました。
予定通りの45分で商談は好感触(と思ってます)で終了。
「帰りは申し訳ないがタクシーを駅まで用意する。費用は当社が負担する
ので気にしないように。」とベンツタクシーで送ってくれました。
こういうスマートかつ、効率的な商談はなかなか日本始めアジアではない
ので新鮮な一日でした。私も含め当社社員がこういう商談ができるでしょ
うか?
 
★話しは変わりますが、相変わらずイタリアは治安事情はイマイチです。
幸いにも私は深刻な被害には合っていませんが10年ほど前Milanでパスポ
ートの入ったカバンをタクシーに置き忘れて現地でパスポート再発行とい
う憂き目にあってからは、私はパスポート管理およびバゲージと手提げ
バッグのキャリーに関してははかなり慎重です。
 今回もバゲージ2個、バッグと暑いのでペットボトル持参の移動でしたが
バッグはいつでもどこでもバゲージにストラップを引っかけて決して簡単
には「ひったくり」ができないようにしています。
駅での時間待ちで暇つぶしに写真を撮ってみました。
DSCN空港1.jpg 
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★もうひとつ話しは変わりますが 
 Italyでも相変わらず日本の地震津波の惨状は同情してくれますが、もっと
彼らが関心があるのはやはり原発のことです。皆がみな「FUKUSHI
MA」の現在を知りたがります。
 日本を良く知らない人は「東京」はどうなのだ?「大阪」はそこから遠い
のか?やはり日本はFar Eastの国なのです。ロケーションはあまり理解し
ていないようです。
 「FUKUSHIMA」は有名な地名になってしまいました。東京から
100km以上離れている・・と言っても「えっ!たった100kmか?
」です。彼らは「チェルノブイリ」の惨劇を我々以上に深刻に受けていた
でしょうから仕方がないかも知れません。特に私がItalyにはいった1週間前
の日曜日に「原発発電は是か非か」の国民投票があった国ですから関心度
はすごいです。


 

◆2011/06/16社長ブログを更新しました。

(続:Italy 出張編)

たまたまヒースローでBAのラウンジ職員にMilan行きの時刻とゲート
の再確認をすると、予定していたフライトの一本前があるとのこと。
急遽手続きをしてフライトを振り替え当初の予定より2時間早くMilan
 Linate空港にランディングしました。タクシーでCadora駅まで行きま
した。
Cadora駅からComoまでの列車は1時間あまりかかるローカル線ですが
数ユーロで行けるはずです。早いが高い国鉄より安い方を選びました。

日曜日なのでCadora駅周辺は大変な雑踏です。でも列車は1時間に1本。
チケットを買って出発番線を探していると電車は出てしまい、また一時
間待ち。
 

(Milan Cadora駅の写真)
 Milan Cadora駅の雑踏1.JPG
その後本日15日の午前中までComoで3日間仕事をしました。
いつもComo湖畔のPホテルをメーカーに予約を頼んで格安価格で泊まる
のですが、夏場の観光シーズンがすでに始まっており、今回はたまたま
月曜がスイスの休日と言う事とコンベンションがあるとかでいつもの倍
のコスト。Milanに比べてCOMO宿泊の利点はそのコストと治安の良さ
なのですがちょっとこの高さは驚きです。
でも仕事も食事もホテルも快適に過ごし Firenzeへ。ブログは列車の中
で書きました。
今回は帰国が22日なのでまだ1週間もあると思うとすでにちょっとお疲れ
です。
(Iwasaki's business tool, Como駅, Malan-Frenzeの車内)
Iwasaki's スカーフ1.JPG昼下がりの国鉄Como駅1.JPGMilan-Firenze間ESIの社内2.jpg

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  ◆2011/06/13 社長ブログを更新しました。

(本日から ITALY出張です=乗り継ぎ地ヒースローのラウンジから)

 羽田空港に本格的な国際線ターミナルができて便利にになったので
今回のITALY出張は羽田からのBA便を選びました。
ロンドンまで12時間、B777は無事ヒースローにランディングし、
今ミラノリナーテ行きをBAのラウンジで待ってます。
確かに羽田も再国際化し、便利になったようですがこのBA便、12日
の早朝 羽田を6時25分発なのです。
・・・という事は2時間前チェックインの常識として夜明け前4時半に、
カウンターに行かなければなりません。ということで・・・
今回は伊丹から最終で羽田に入り近くのJAL CITYに泊って6時間だけホ
テルで過ごし、日の出と共にテイクオフしました。

 昨夜、その伊丹から羽田への最終便で機内紙を読んでいました。
飛行機ではすぐに寝てしまう私なのですが、今回はたまたま機内紙を広
げJALの路線図を見ていました。大変な発見をしました。皆さん知って
いました?
 東京から1000キロくらい南の洋上に小笠原列島があります。その更に
南に3つの列島が連なってまた列島の名前が付いているのです。

それは聟島(ムコじま)列島=この中に聟島(ムコじま) 媒島(なこう
どじま) 嫁島(ヨメじま)と3つの島があります。なぜ「婿島」「仲人
島」という字にしなかったのかわかりませんが、不思議な地名だと思い
ながら更に南になぞってゆきますと・・・・次は・・

父島(チチじま)列島=これは気象予報などで聞いたことがあります。
でもその中に3つの島があり名前が父島(チチじま)、兄島(アニじま)
、弟島(オトウトじま)なのです。そして更に南にゆくと・・・

母島(ハハじま)列島=そして同じように3つに島があり母島(ハハじ
ま)、姉島(アネじま)、妹島(イモウトじま)。

もちろんこのエリアは私も行ったことはありませんが、大変な発見をした
思いで感動したのでブログに書きました。
興奮しているのは私だけですかね?つまらんですか?・・・

DSCN空港2.JPG

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◆2011/06/06社長ブログを更新しました。
 
 先日土曜日、自宅に懐かしい2人が来られました。
私もお会いするのが50年ぶりの当社OG社員の旧姓Nさんと旧姓Uさん
です。(昭和30年代中盤から40年代初めまでの在籍だったそうです)
 平成11年に亡くなった私の父親(元社長)と平成19年に亡くなった
母親の仏前にお参りしたいとの電話を以前からもらっていたのですが、
お互いに忙しく、ようやく実現した次第です。
お二人が当社に勤務されていた頃は彼女たちも20代でしたし、私はまだ
小学生でした。当時は自宅と会社がほぼ同一という環境でしたから仕事場
で、はしゃぎまわる子供の私を「うるさいガキやな」と思いながら皆さん
働いておられたのでしょう。
 子供の私が十分すぎるほど記憶に残るほどのキャラのお二人でしたし、
彼女達も「ガキ時代」の私を良く知っているという旧知の仲です。
 近くの寿司屋さんでのお昼ごはんを挟んで当時の恋愛秘話や当時の社長
であった父親の裏話など数時間楽しく会話をしました。当時から活発で
仲がよかったお二人の記憶は今でも十分すぎるほどありますが、Nさんは
当時の男性社員Mさんと社内結婚、Uさんも結婚退社され、70歳を超えられた今でもなかなか・・・そのパワフルさに圧倒されました。
 
Nさんは「携帯とナビがあるから大丈夫!!」と阪奈の山道を自ら運転
されて我が家へ来られるパワーおばさんです。
Uさんもまた、ハーモニカをたしなみ、プールで毎週泳ぎ、絵(写真=色
鉛筆で描かれたそうです「招き猫<金運招福>」=頂きました。)を趣味
とするマルチおばさんです。話しを聞いていても(もちろん山あり谷あり
でしょうが)楽しそうに語られるお二人に仏さんになった両親も喜んでい
たと思います。
neko20110606.jpg
 当時の社員旅行の写真を見せてもらいました。伊勢旅行だったそうです。
3人が横並びで歩いている写真の女性がNさんとUさん。その横を歩く
コロンボ風コートを羽織っているのが、オヤジが私の父親(前社長)
です。
ryokou2011060622.jpg
 当時はこのパワフルなお二人がいたからでしょうか。業績も倍倍ゲーム
で良かったそうです。男性も含め6名もの社員が写っています。
ryokou2011060611.jpg
慰安旅行は最大の会社のイベントで男性はスーツにネクタイ、女性もおしゃれな服を着てワクワクして出かけたそうです。男性社員のMさんHさん
などもコンチネンタル風の細身のスーツにレジメンタルタイを「キュッ」
と締めて驚くほどオシャレと思いません?
 まだIVYがファッションとして台頭する前の年代のはずですが、当時の
典型「ドブネズミファッション」とはほど遠い今でも十分すぎるほどのセ
ンスです。私の父親もファッションには結構うるさい人でしたが、やはり
これは当社のDNAなのでしょうか。
Nさん、Uさんありがとうございました。「まだまだパワー全開の二人」
ですがご健康とご多幸をお祈りいたします。改めてエネルギーをいただきました。
 
 

   ◆2011/05/30社長ブログを更新しました。

(久々に上海話し-1 契約ホテル編)

土曜日上海から帰国しました。先日の中国での展示会での中国取引先への販促
が目的です。

実は今回の出張から上海の契約ホテルを変更しようと思い、先日から新しく見
つけたホテルとメールで価格の交渉をしておりました。五つ星のアメリカ系
Mホテルです。今回泊ってみて決定しました。これからこのホテルにします。
ロケーションは虹橋新駅へタクシーで10分程度ですので 虹橋空港は近いです
し杭州・蘇州や安徽省など地方へ行くのも便利だと思います。ちょっと遠いで
すが地下鉄2号線「威寧路」へのあるいてゆける距離です。ただ欠点は、浦東
空港や私どもの上海の基地「上海織工舎有限公司」までは今までよりは遠くな
ってしまいました。

しかし、宿泊費はすこし今までより上がります。当社もご多分にもれず「経費
節約のお達し」を厳しく社員につきつけていますが、結構ハードな中国出張、
地方から回ってきて上海ではすこし良いホテルでゆっくり休んだほうがいいだ
ろうと思います。そして今回の契約金額と共にネットフリー、朝食込。この条
件で合意しました。ご利用を希望される方は私にご連絡をください。

なぜ契約ホテルを変えたか?・・・今までも数年来 外資との合弁のホテル
(四つ星)で契約をして結構破格のディスカウントプライスで利用してきまし
た。多少中国的サービス水準の問題はありましたが、お客様にも私を含め社員
にも機嫌良く利用してもらっておりました。

でも 最近どうもサービス業として納得ができない状況が度々ありました。
「契約金額の部屋がとれない」(これは満室のケースもあるので仕方がありま
せんが)、「夜遅くの投宿になると連絡なしにキャンセルされた」、「万博以
後価格が上がったにも関わらずサービスが落ちた」「ホテルマンが多数入れ替
わった」など・・極めは私が夜遅く大きな荷物を抱えてタクシーから降りても
ボーイは不在。一人で抱えてフロントに行っても対応が最悪、部屋行けばカー
ドキーで開かない。部屋の電気がつかないなど・・一気に切れました。「中国
的腹たつサービス」が増えてきたことによります。

私は出張の多いに人間です。どこでもホテル選びは重要です。これは私も昔、
ある人から「ホテル選び」を教えられたことですが、ホテルの選択は「安いホ
テルの上級の部屋」より 「良いホテルの下級の部屋」をとるという「原則」
です。部屋のレベルは落ちてもサービスは同じ水準のはずですから。日本のビ
ジネスホテルは狭いですがどこも清潔ですし、基本的にレベルはあるもののホ
テルマンの日本的サービスは問題ありません。でも海外ホテルは星数によって
端的にレベル差がでます。第一に清潔であること。そして適度なホテルとして
常識的なサービス水準は絶対に譲れません。特に若いころならともかく、今は
私も一応社長ですし日本のビジネスマンです。自分の「器」はもちろん考えた
うえですが、あまり安いボロ宿に泊っていたら現地の取引先はどのように思う
でしょう。やはりビジネスの世界では「メンツ」も大事です。

しかしながら今回の契約ホテル変更は私にとっても「反面教師」にしなければ
なりません。私ども生産流通業もサービスや会社の水準を落とせばお客さんは
すぐに去ってゆきます。

部屋.JPGお風呂.JPG

 

(久々に上海話しー2 レストラン編)

今回上海で3泊しました。良いレストランがあるのでご紹介します。今回は
中国なのになぜか中華料理は全然行かず・・です。

初日夕食は 当社上海の総経理など身内ばかりで5名の希望で日本食を食べ
ました。以前も行ったのですが 日本人のお母さんと息子さんで経営されて
いる居酒屋「おじゃん」 虹橋/水城路「和平広場2階」にあります。やは
り日本人が経営する日本食は食材が中国産でもおいしいです。夜中の3時ま
で営業してますが予約をしたほうが無難。

2日目夕食はは「中国」に住む「インド」に詳しい「インドネシア人」のR
氏に「イタリア人」の経営する本格的「イタリアリストランテ」でご馳走に
なりました。(すこしややこしいですが)店はウルムチ路に近い裏道にある
Bella Napoliという店。ガーデンもある知るひとぞ知る本格的イタリアンのお
店です。

3日目は取引先と食事をしました。私も時々行きますし現地駐在の「御用達」
の日本式焼き肉=「スタミナ苑」です。セットメニューがお得です。場所は
虹橋路1665洛城広場の2階です。

決して彼らのまわし者ではないですが店のビジネスカードを添付しました。
ご興味があれば行ってください。

 名刺.JPG

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 ◆2011/05/06 社長ブログを更新しました。

この2週間いろいろなことがありました。(3つの話しをまとめて書きます)

(①中之島公会堂)
 4月24日(土曜日)に中之島の大阪市公会堂で会合がありました。
私の参加している勉強会仲間の1社の「創業70周年記念」のパーティーに「お呼ばれ」
しまして数時間を楽しませていただきました。パーティーもいろいろな方が参集され、
大変盛大な会合でした。
 この日本で1年間に何社できるのかは知りませんが、1年で40%が、3年で70%が
消えると言われています。10年もつ会社は10%、30年継続できる会社は1%を
割るそうです。改めて会社を継続させることの大変さと偉大さを知りました。
 ちなみに 当社も今年創業60年です。(70年に対抗して負けず嫌いな私ですみません)
父親が創業した会社を継続発展させるため、なお一層頑張らなければ・・と思います。
 そういう訳で当日、大阪のランドマーク中之島公園を通って中之島公会堂へ行きました。
なにか感動しました。その美しさにです。
大阪といえばいつも ディープ大阪の象徴「道頓堀」「心斎橋」と「豊臣秀吉の大阪城」
がメインにきますが、改めて大阪にもこのような美しいエリアがあっていたのか・・という
感じです。
そして会合のあった1918(大正7)年11月に、「義侠の相場師」ともいわれた株式仲買人、
岩本栄之助が莫大な資材を投じて完成させた今や大阪市のシンボルともいえる「大阪市
公会堂」。レンガ造りのネオルネッサンス様式とバロックが融合したようなクラシックな建物です。
思わず公園と共に写真を撮ってしまいました。

DSCN公会堂2.jpgDSC_川.jpg

DSC_道路.jpgDSC_建物内.jpg

(②大阪ステーションシティ)

この5月4日に「大阪駅」が大きく変貌しました。「大阪ステーションシティ」と言うそうです。
開業する直前の4月29日(土曜日)の夕方に梅田に出る機会があったので、大丸梅田店
(旧アクティ大阪といわずサウスゲートビルという名前に変わっていました)から三越伊勢丹側
のノースゲートビルに抜けてみました。すごいですね。昔と全然景色がちがう。
私は大阪生まれですから、だいたいの地理感覚とロケーションはわかるのですが、初めての人は
全くわからないでしょうね。
 景色はまさに外国です。工事中の姿はよく見ていましたがこれほどのものとは・・いう感想です。
 大阪を故郷とする私にとっては「街が変わる」「都市挌があがる」というのは大変嬉しいことです。
でも、ここでも「東京資本=カワイイファッション」の進出が目立ちます。
そして反対に私のテリトリーである「本町~難波(ミナミ界隈)」の経済地盤沈下が懸念されています。
私としては東京と同じような街(どことなくきれい、大きいけど巨大なだけの街)に変貌しないで
「ディープ大阪(ミナミ界隈と通天閣界隈)」「大発展大阪時代の大阪(中之島界隈)」「新しい
大阪(キタ・梅田界隈)」が共存できる新しい関西の中核都市になって欲しいと思うのです。

DSC_JR大阪.jpgDSC_たてもの1.jpg

DSC_電車.jpgDSC_三越伊勢丹.jpg

(③私と地デジ) 

この7月にTVのアナログ放送が終了し、地上デジタル放送に変ります。
5月5日の日経朝刊に「薄型テレビが一段安」「主力32型、1インチ1000円割れ」
との見出しがありました。エコポイント終了後の「一段安」を期待していた私は「ニヤニヤ」です。
数年前に「1インチ1万円を割って薄型普及が加速」と言う記事を覚えていますから、
ものすごい安値競争の世界です。どいう訳でもう少し粘って、わが家も「地デジ化」しようと
思っています。(いまだアナログです)
ところで、私の愛車シルビアの車載ナビのTVも「地デジ」しなければなりません。
たまたま5月に車検を迎えますのでディーラーからの案内状には「車検を機会にチューナー
をとりつけて ナビのソフトも新しく・・」とありましたので、そのセールスプロモーションにのって
依頼をしました。ところがチューナーはなんと5万円以上もするとか。そして後付けでない車と
一体型の車載ナビ(一体型とはボタンを押せばサンダーバードのごとくダッシュボード上から
ナビが上がってくるアレです=写真)はそのままの形で地デジ化更新するのは難しいとか。

 DSC_くるま.jpg(自称:サンダーバード型カーナビ)

更に、私の車はすでに11年目(まだ高く売れる人気車種なのでがんばって乗っています)
・・ナビも当時のCD対応という2世代前の代物。今やカーナビはDVDからHDDになって
いて通信機能搭載の機種もあります。
しかし、私のは地図ソフトも当時から切り替えていないので新しい道路「新名神」も「第2京阪」
も現れません。地図上の銀行も今や名前が変った「さくら銀行」が表示されます。ガソリン不況で
消滅した「GS」も出てきますし、ナビゲーションとしては少々厄介な状態になっておりました。
 しかし現在では化石となった「ナビCD」の対応ソフトも2年前で生産終了(それでも買えば
2万以上する)とか・・・でも必要性からチューナーと(我慢して古いが新しい)CDソフトを
買い替えるならば工事費を含めると10万円以上もかかってしまうそうです。
「で、どうすればいいの??」と尋ねました。今やナビなしではドライブも成り立ちません。
 答えは・・「オートバックスなどで新しいナビを外付けで付けるのが一番安上がりですよ。
性能もこれより良いし・・」とのこと。そういえば人気機種のサンヨーの「ゴリラ」などは5万円
くらいであります。(新車で買った11年前はナビだけで30万もしたのに)・・ ということで、
取り換えは未だ保留中です。 
私の「地上波デジタル」は3月に買い替えた、スマートフォン「ガラパゴス」のTVだけです。
 
(長い話しのまとめ)
 このように「街」も「機能」も新旧融合してどんどん変わります。
比較的新しい物好きの私ですが、このようにちょっと「事をあとまわし」にすると、どんどん時代に
遅れてゆきます。
前述の通り当社も「節目」の60期が5月2日から始まりました。
最近時々「岩崎さんも老舗の会社」と言われます。私はあまりこの言葉が好きではありませ
んが、「常に新しい」事に「対応」出来て「発信できる風格のある企業」を目指したいと思います。 

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◆2011/04/25 社長ブログを更新しました。

先日、業界紙(洋装ロータリー)から手に入れた2010年のマフラースカーフ輸入実績
を添付しました。
昨今当社も含めて国内生産は大変少ないですでから、この数字が業界の趨勢を感じる
目安の一つなのですが・・・
マフラースカーフの流通は減ってるんですね。数量ベースで27%近くも前年に比べ
て減っている。輸入の80%以上を占めるお隣中国からは、金額ベースででは36%
近くも減少。いよいよ巻物バブルも終焉ですかね。

当社はこのバブルに良い意味でも悪い意味でも巻き込まれなかった思ってますが
お蔭さまで、当社のマフラースカーフの業績は前年より良いということは、この全体
像と比較すればハードに働いた社員にも取引先にも感謝しなければならないと思って
います。
でも震災後の経済下落にともなう今後が心配です。

 

  洋装4.jpg※画像をクリックしていただきますと、と拡大画像をご覧いただけます。

 

 

 

 

 

 

  

 

話しは変わりますが 私の英語のクラスでは月1回「なんでも話し」というテーマで
発表しなければならない宿題があります。
これは私たちにとっては大変なストレスなのです。私はいつも適当に話題を見つける
能力はあるのですが(・・と勝手に思ってる)
しかしクラスメイトに比べて「内容の薄い」「面白可笑しい」話しかないことに大変
コンプレックスを感じておりました。私の英語能力=アカデミックな話しが無いのです。

でも、先週はちょっと頑張って考え発表しました。
下記はその内容に先生の教えに従って加筆訂正した内容です。
結構真面目な内容だと思います。<東北大震災から考える人の優しさと今後の憂い>
がテーマです。

私の会社でのサドスティックな性格を知っている人が読んだら「私の性格否定」
につながる文面かもしれませんが(笑)
 

 After the earthquake, I have thought about human kindness and the future of Japan.
Because, I was born after world war 2 and I have been living with development of the
Japanese economy. So we have not known hardship. (耐えがたい苦労)
A Newspaper had an article that the Japanese have been very kind after disaster.
It might have an impact on Japanese or make impression by advertisement of morality.

I went to India after earthquake.....
TV news say in the top news everyday “3 shuttle accidents in Japan which are earthquake,
tsunami and nuclear”
Of course all of suppliers have already known and I though their heart warm.

Also, in India, our agency gave beggar money in the town.
Before,some people say “Iwasaki san do not give them, should not give them” at the
same situation in the foreign country.
So, I asked him about his mind.
He said “I have never given young people. Because, they can find any job and can be
worked. Just they are loafer.
I just give old people and handicap people. Because, they can not working.
I had worked hard and now I have some money. I must help to them.
I admire him.

Before, one of my English teacher who is American young guy was same.
He said to me that I work in Japan and get money from Japanese.
It is my pleasure. Someday I must repay to poor people.

Last week I went to Tokyo.
Recently, any electricity is restricted, so the city is too gloomy.
The lights are half level anywhere, and several of escalators in the station are notworking.
Any train services are 20% less compare to before.
I think for sure all of Tokyo is dismal and not excited.
I talked with clients about these situations.
However, most people are no complain and say we will just have to endure. (耐えなければ・・)

Everybody is gentle and submissive. (従順).
However, I must consider should be accepted until when? How should we do from now?

Novelist Nanami Shiono who is living in Italy:
I have read in the magazine her contribution recently. (寄稿文)
Her thought is a little right but I agree with her cdomment.
She said…
Now is unprecedented national crisis in Japan (未曽有の国難)
And now a lot of Japanese and generation have not known msufortune by 2nd war.
I want to say them (means after 2nd war generations)
War is like this situation and it is too miserable like this,
And now, this is the same as post war.
We must endure now. And it must be accepted.
But we must stand with straighten, eye must look forward and we must doing resolute in the matter.

(耐えなければならない。そして耐えるのはよい。しかし背筋をのばし 視線を正面にむけ 毅然として行こうではないか) 
 

◆2011/04/11社長ブログを更新しました。

先日取引先の会合でよい話しを聞きました。
すでに教訓としておられる方も多いかもしれません。
私は性格的に拗ねてますので 教訓的な話しや人生マニュアル的な話しは
あまり好きではないのですが、「あ~なるほど」と共感した次第です。それは・・

ちょっとプラスアルファ頑張ろうとする行動と、ちょっと残してまあいいか
という行動の差は、積み重なれば大きな差になるということです。

・(100乗のがんばり)

1. 「1」の100乗は「1」で全然かわりません。
     毎日同じでは100日間ではなにも変化成長のない「平平凡凡」です。
     だから これは成長がない。
2.  そして「1.01(ちょっと1%だけ頑張る)」の100乗を計算します。
    ちょっとプラスアルファ頑張ろうを続けるということです。
    100乗とは例えば100日間(毎日の積み重ねの3か月余りです)
3.  反対にちょっとサボる。毎日1%前日より気を抜く。
    そして100日間同じように1%前日よりサボる。
    それは0.99の100乗になります。ちょっと仕事を残してまあいいか・・
    ということです。100日後はどうなるか・・

計算結果は前者「2.73」と後者の「0.36」その差は、7.8倍です。
ちょっとした積み重ねがいかに大きな差になるかということです。
 
でも 私の頭ではわかっていても100乗などという言い方は私も学生時代から
遠ざかっています。そこでもっと説明がわかりやすい方法を考えました。
要するに頑張るためには毎日1%づつ、前日より少しがんばったらよいのです。

・(1%のがんばり)

1.  「1」に対して0の複利では「1」で全然かわりません。
      毎日同じでは100日間ではなにも変化成長のない「平平凡凡」です。
      だから これは成長がない。
2.  「1%」(ちょっと頑張る)の1%だけ毎日積み重ねでちょっとプラスアルファ
      頑張ろうとする。そうすると計算は1の1%複利計算になります。
      そうすれば 100日後には「1」が「2.70」になります。
3.  反対に毎日1%づづサボる。その計算式でマイナス1%の100日間の複利計算
     になります。   結果は「0.37」

その差は前者と同じ。
うっ・・・? 私は数学と物理と化学 そして文化芸術に大変疎いのですが、
前者と後者は数字こそ似てますが、ちょっと違う結果になります。
この2つの数式の中身は一緒なの?それとも違うの?
 
これを今からひも解いて頑張って結論を今日出せば前述の「がんばって」になるの
でしょうが、まだまだ「凡人」の私。今日は遅いので帰宅します。
 
でも若い時にある取引先の社長からお正月のあいさつで言われたことは私の
「とらうま」です。
 
「岩崎さん 昨年の業績はどうだった?」
「いや まあまあ なんとか前年並みですわ・・」
「あ~そう。でもそれはよう頑張った。この厳しい時代・・120%くらい頑張っ
たから前年並みで落とし所になったんだ。 前年と同じ仕事をしていたら、多分業績
は80%に落ちてるよ」 
 
結局は生きている限りがんばらなければなりませんよ。・・ということです。
決算月を迎え、来季の予算会議を本日したのでこのようなことを考えるのでしょうか。

 

◆2011/04/04社長ブログを更新しました。

110320_インド-1.JPG

 
 

 

 

 

 

 

3月26日にインド出張から帰国しました。
北中部インドですが、既に36℃です。今後は45℃にもなるようです。
4月末に相当数のship予定があるのですが、「誰が検品に行くのだ・・?」と
「インドビジネスへの前向きと戸惑い」が社内で交錯する最近です。

東日本大震災発生の1週間のちに関空から出国したのですが、驚きました。
3連休の初日であったことも理由かも知れませんが、危険な日本から逃げ出す(?)
外国人でごった返しておりました。チェックインから出国まで1時間半以上を要した
次第です。香港経由で行ったのですが、もちろんフライトは満席。

地震・津波は現地でも大変なニュース。
BBC、CNNはもとより地元のTVも今なおトップ級の扱いです。
ホテルの部屋に配達される新聞のトップ見出しに「Three shuttle accident in Japan」
という記事が非常に印象的でした。
「地震、津波、原発」3連発の日本を本当に危惧している記事内容です。

 
3月初旬の中国展示会ですが、それなりに商談は進めております。
今後は彼らとの商慣習の違いにぶつかる事もあると覚悟していますが、売り手と
買い手が逆転する訳ですから、積極的に攻め込んで行きたいと思います。

この未曽有の事態の日本でこういうことを今言えば叱られるかもしれませんが、
日本だけでのマーケティングは生きて行けない時代が更に早く近付いてきた感じが
します。
中国、韓国、インド、イタリアの取引先からも多数のお見舞いメールや電話を
もらいました。彼らは本心で日本・日本国民を励ましてくれていると確信しています。

でもその反面「今の日本マーケットで彼らのサンプルを進めてもはたして本番発注は
大丈夫なの?あるの?」という意見。これも「現実今」の日本を見る海外の「目」です。
私たち日本人は「決して沈没しない。頑張らなければなりません」


中国の彼ら(社員)と話してますと、やはり「若い」「発展している土壌、国」は
すばらしく、羨ましく思います。彼らとの話はPBのブランド、日本製の積極売り
込み、ショップをつくろう・・など、ちょっと私が夢を語ればそこからは、彼らから
引っ張れる話ばかり・・・私のほうがそのスピードと積極性に「おいおい・・」です。

やはりこの積極性・冒険性を「バブル崩壊以降」の日本国民はなくしてますね。
防御と反省ばかり考えている。
今度の災害ですこし一致団結しそうな日本マインドを継続しなければなりません。
商売のマーケットは広い・・と本当に思います。

新聞などメディアは「益々の生産の海外移転が進む・・」「どうなるのか日本・・」
など心配論ばかり。
これではますますシャイな日本国民は「悪い方へのマインドコントロール」されると
思います。 

 TVで何度も流されいるACのCM・・・

「こころ」はだれにも見えないけれど
「こころづかい」は見える
「思い」は見えないけれど
「思いやり」はだれにでも見える  
 

各国から私どもに送られてきた日本を心配するお見舞いと応援メールを一部紹介
します。皆 ビジネスでは厳しい輩ですが 、日本を応援してくれてます。

私たち日本人は「決して沈没しない。頑張らなければなりません」


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Iwasaki san

The tragic news from Japan makes us very sad.

We have no words to explain our closeness with Japanese people.

Best regards.

all the staff.


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岩崎様

皆様はご無事だった、良かったなあ。

ニュースから地震や津波や二つ原子力発電所が爆発することも聞きますから、
怖いです。
皆様ご無事かどうか、ご心配しておりますね。


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Dear Mr. Hiroo

I've see immages about earthquake in your country and I'm very very sorry.

I really hope that you and your family are well. I'm close to you.

 
A big hug


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イワサキの皆様
 
贵国宫城县では大地震で被害を受けたと闻いておりましたが、皆様はご无事でしょうか。
一日も早く平穏な生活にもどられることを心からお祈りいたします。


Thanks and Best Regards~


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I'm extremely sad to see the terrible images on television,Japan is like my second house
 and I'm really closed to Japanese people,I really feel bad about this terrible matter.
I hope Japanese people in general can find inside themselves the power and teh wish to
 go ahead,even if now is very hard.

Paolo


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Dear Sirs,

 Pls kindly get back to us once you see this email.
I am here express my grief on those suffered this disaster and sincerely
hope all of you are fine.
God Bless You.

 Best regards


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 Pls kindly confirm all you and you concerned is fine.
thanks.


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地震で、
 
みなさん、大丈夫でしょうか?ご家族は大丈夫でしょうか?
 

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I am so sorry for a terrible news and image we received from the northeast of Japan.
I really hope that the end of this nightmare will stop soon

 

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Dear Mr Iwasaki

 
Thank you for your email.

 I am so happy that you are safe. 

 The situation is TERRIBLE.  The news on the TV is so very shocking.
 I wish I could help in some way.

 
Please take care

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Dear Iwasaki-san

I saw  terrible images about the tragedy happened in Japan,I hope you ,
your family and all your staff are fine.

I'm very sad for this drammatical situation.

Best regards.


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Dear Friends
 

We really hope that you, and all your loved ones are safe and well. 
What a terrible, terrible situation in Japan.
 

Kind wishes

 
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Dear Friends,

I am really so sorry for the big tragedy that hit your country,
I hope no one of your relatives families and friends are effected by the quake.

I hope the toll of missing lives will stop soon.

let me know ...and take care


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Dears

I saw information about earthquake and tsunami. Is everything ok with you and
all of your company staff and costumers?

We know Japan is used to earthquakes and your buildings are well built,
 but it was very strong and I hope everything is ok and all of you safe.

Best regards

 
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Iwasaki san

We fully understand your situation.
The whole world hopes that in the end there will not be any atomic problems.

As a memb er of the Board of Directors of the Swiss-Japan Society we arranged
 a benefice concert with Japanese musical artists.

Unbelievable sFr. 36.000.—were collected fort he victims. I 
 I am also arranging additional concerts.

Have a pleasant weekend

 
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Good afternoon Iwasakisan,

the terrible news about earthquake, tsunami, atomic  clouds, eruption of vulcano
are filling newspapers, TV etc.

I hope that you and your staff are o.k., but the uncertainty is just unbelievable.

We do not wish to write things that are in radio and newspapers


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Dear Mr Iwasaki,

I hope that you are all good, and I just want to say that the Babette Wasserman
team is very close to you and your people in this difficult moment in Japan.


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Dear Iwasaky-san,

will keep praying for a fast resolution keep me informed.

Best Rgds

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FORZA GIAPPONE!! 

(注) ”ガンバレ ニッポン”

 

 ◆2011/03/16社長ブログを更新しました。
 
前回のブログでお話ししましたように、 私どもの「Japan made Iwasaki Scarf /Socks」
で臨んだ「上海国際服装紡織品貿易博覧会」が3月9日から11日まで上海新国際博覧中心
で開催され、おかげさまで多数のVisiterが来られ私どもの事前予想以上の高い評価を得
られて終了いたしました。
 Japan madeの当社商品が「どの程度の日本Quality、Design、Priceなどに彼らは興味を
示してもらえるか」が最大課題だったのですが、得られた情報をもとに今後のビジネス
展開を進めてゆくつもりです。
(写真3つ掲載)

 Dscn1579-3.jpgDscn1584-3.jpg

Dscn1583-3.jpg

 

 

 

 

◆2011/03/15社長ブログを更新しました。
 
このたびの東日本大震災により被災された皆様に謹んでお見舞い申しあげます。

 ◆2011/03/08 社長ブログを更新しました。
 
 しばらく忙しさにかまけてブログ更新をサボっておりましたら早くも時節は3月。
昨年の11月以来の上海に入りました。
社員が12月から2月の中国春節をはさんで入れ替わり立ち替わり中国に来ている
こともありましたし、私自身もブログの「インド編」「イタリア編」に書きましたように、
毎月どこかしら海外出張をしていましたので私自身はいつも社長業の悩ます「経費」の
ことも考え今回の久々の上海出張となった次第です。
 
 さて、今回の上海出張の目的は「IwasakiのJapan made テーマの展示会」です。
Japan madeの岩崎商品をメインランドチャイナへ売り込むことが目的です。
明日9日からの「上海国際服装紡織品貿易博覧会」なる展示会にブース出展します。
すでにそのJapan made など当社のマフラー300点とソックス300点は先月に
保税で送りこみました。
 今回の構想が決して簡単に中国Businessがまとまるほど甘くはないとは思っています。
ただ、昨年当社に訪れた中国人バイヤーのMDに対する考え方や、私が中国と仕事を
始めてからの経験などから、彼らの日本Fashionへの興味、あるいは日本製商品に対する
Positiveなとらえ方を確信し、今回の参加を1月に急遽決めた次第です。
 
 当社は 過去、韓国の「Seoul Stoff」や香港の「Fashon Week」などに参画し、それなりに
海外展示会への参加経験はありますし、中国商品を韓国やItalyへ輸出する3国間貿易での
Businessは現状もありますが、まだまだマーケットしては「未知なる国メインランドチャイナ」
への「売り込み」は日本本土からは過去一切ありませんでした。
 でも 昨今の中国経済,そして日本のマーケットおよび経済環境をも鑑みたうえ、公称で
25000人からのバイヤーが集まるという今回の展示会に「どの程度の日本Quality、Design、
Priceなどに彼らは興味を示し、今後の日本の環境変化においても行き残れる道を探るか」を
最低限確認できる結論までは持って帰りたいと思っています。
 今回1000部の当社案内の中国語パンフやパネルも準備しました。
Displayは8日午後、本番の9日からの展示会に「Japan made Iwasaki Scarf /Socks」
で臨みます。

 岩崎案内①のコピー.jpg

 

    Booth 展示-1.jpg

  ◆2011/02/14 社長ブログを更新しました。

(私の外国語論)

最近、会社の公用語を英語にしている会社が増えているそうです。
このことから「英会話人気」がまた上がってきたとか、「就活」で英語公用語を
打ち出した企業人気のランキングが下がったとか いろいろ新聞紙上に書かれてます。
この是非は別にして、英語に拘わらず私の経験からも (英語だけではなく)外国語を
話すというのは「人生観」を確かに変えます。

でも 内需だけの仕事ではで生けて行けない時代(日本経済)に立ち向かうこれから
の働く人たちはは「外国語」が必須でないと職業や仕事のの選択肢も減るのではない
でしょうか?
 


my English text (not difficult)
0214BLG-1.jpg

 

 

 

 

私も30歳くらいまでは英語と全く無縁でした。大嫌いでした。
したがって学生時代の成績は最悪でした。いつも「赤点」だった。

英語を学び出したストーリーを話し出すと、また原稿用紙20枚くらい必要です
からそれはまたの機会にしますが、今もサボりながら「英語のクラス」通いを
しております。
なかなか外国語は永遠です。まだまだ正確に聞き取れないことも多いし、会話を
していてもその文脈から解釈して返答しているほうが多いのではないでしょうか。
でも人は「ペラペラね」といいます。とんでもない誤解です。

でも私自身は英語がよくここまで「物怖じせずに」外国人相手に話せるように
なったな・・と思ってます。英語の勉強だけは私の本当に数少ない努力の
「たまもの」だと思ってます。
残念ながら「中国語」をこれから本格的に学ぶ気力がないのは「老化」かも知れ
ません。
英語を学び直す・・・・私達はほぼ全員が中学時代に英語を学んでいるはずです。
それをやり直せば本当に十分。それにちょっとの文法を勉強する。
高校英語はその応用です。

外国人との会話能力・・これはただ一つ「物怖じせず話す勇気」です。
そして私たち(生まれも育ちも日本の)のような人間が Native speakerや
「帰国子女」と同じレベルで話せるようになるのは「無理」という「居直り」です。
その為の単語とその語彙は「中学で学んだ基本単語」で会話は十分です。
今からの3年間の再トライで大丈夫。いや私で3年でしたから少しの一生懸命で
トライしたら2年かもしれません。
あとは「女の子が在籍するクラス」で勉強する。すこし楽しい。

下記英文は「私の中国現代考=英語版」です。
内容はいたって簡単。中学単語だけでしょ?
(いろいろ間違いはあるはずですがcomunication toolとしてはこの程度で十分だと
 現時点の私の仕事では思ってます)

みなさん 外国語を勉強しましょう。

China springs holiday is finished last week.

I think a lot of people have enjoyed holidays and people have returned work.( I hope)
This time I talked about China Economics for foreigners.

Because, As you know, China is surely in the middle of bubble economics regardless
government has been making a lot of provisions.
Still many people enjoy spend money and investment.

Subway in Shanghai: it has been extend every month and now their distance
has been longest in the world. I heard that will be over 400 km within few years.
Before, when we go to Hangzhou which located around 200 kms from Shanghai,
it took over 3 hours by real China style train.

However now, it takes just 45 minutes with bullet train.
Express way and domestic flights also, …Before in China, moving was too terrible to
foreigners, but now we will be able to go business and tourist area by much shorter time than before.

Taxi, hotel, public toilets became beautiful. Just any services are same as before.
But, problems are a lot to us.
We must expect more round up about RMB rate more than now.
Also, every cost has been upped with crazy.

In the fact, our China company in Shanghai. Simple worker salary was minimum
RMB 960/ month, but, it included RIB 1100 from 1st of Apr. last year.
 Plus we must bear their tax, insurance etc. total will be RMB1500.
It must be too much upper than before. Also, over working are double cost together
meal cost and beside we must pay triple cost for Sunday working 

Last year, I talked with some employees about China economics now.
Their education level is high and clever and they are working Japanese-Chinese company.
I talked to them about my worried under our (Japanese situation around 20 years ago)
They also worried about situation.

But, their most of mind is how should they keep and increase money.
Because, inflation is serious problem to them and if they keep with foreign currency,
they do not know defensive of measures.
Because, their all of money is control and manage by currency office of China government.

As you know China has a big underground money market.
 But most of commoner’s fortune is under control by government.
And first of all, they do not believe their government.

So, they always are looking for place of spending money.

Unnn… where China is going…

 

 

 

  ◆2011/1/31社長ブログを更新しました。◆

(最後の授業 編)

先日久々に母校に行ってきました。
なぜならば 私の学生時代に学んだゼミの教授による「最終講義」が
あったからです。

 私のゼミ学生時代、先生は(失礼な言い方をすれば) 早稲田の大学院を
出られて数年の「新米講師」でおられたのですが、私たち学生と年齢も
近いこともあり、大変親しくお付き合いをしていただきました。
お互いに乗り物や旅行が好きでしたのでゼミ仲間と一緒に旅行も楽しみ
ましたし、先生の講義が「唯一まじめに勉強した授業」であったと同時に、
研究室をたまり場にして色々な仲間や先輩後輩と知り合い、「なにか学生
らしい時間」を過ごした期間だったと思います。

 その先生が「助教授」になられた。「教授になられた」その後、
「えっ学生部長になったの?・・どんどん偉くなるな」など友人からの便りで
聞いていたのですが、今年の年賀状に「退官します・・最終講義に来てくだ
さい」という案内をいただいた時、年の経つ事の早さを感じると共に「久々に
あの大教室で先生の講義と声を聞こうか・・」と思い、講義も公開だったので
聴講させてもらった次第です。

 先生とは数年単位でお会いしたりしているのですが、母校の教室に入る
のは多分34年ぶりだと思います。
改めて先生に挨拶をし、教室に入りました。最終講義は当時と同じ建物で
同じ雰囲気の中規模教室でした。でも今の大学はすごいんですね。
200人くらい入れる部屋でしょうか。寒い日でしたが暖房は教室の隅々まで
行き届き、なんと後ろ席の為に大きなプラズマテレビが前方の教壇と黒板を
映して天井からぶら下がっている。先生もPCを使いながらの講義です。
(今は当たり前なのですかね?)
時代の移り変わりに驚いた次第です。(34年も経ってますから)

 最終講義は現役の学生はもとより、沢山の卒業生や学会関係の方が聴講され
満席の中、プロジェクターなど私たちの時代には決してなかったその近代的
な設備を十分生かし、私自身も少しの緊張感と共に有意義な90分を過ごしました。

0131PC.jpg

 

 

 

 

 

 

 (最終講義の教室)

 

 

私自身が学生時代・・・私自身は成績で先生を悩ますだけの普通の学生だったと
思ってますが、当時はまだ学生運動は下火になっていたものの、学内では常に
「アジ演説(我々わぁ~!・・日本政府をぉ~~!・・というやつです。)」が響いて
いましたし、そこら中に左右思想におかされた学生がおりました。
しかしながら元々バンカラ気質の大学であり、人に言わすと私自身、「○○会
なんちゃら」の「情宣部長」などをして学内を「闊歩」していましたから比較的硬派の
学生だったようです。
 こんなことを話せば私の出身母校がばれますが、当時から今でも西日本一の
のマンモス大学(言い方が古い)です。

当時は「(ポ●)(近)(●ン)」と揶揄され、決して優秀な学生ばかりの大学ではあり
ませんでした。しかしながら近年は「関関同立」「産(◆)甲龍」と言われる関西の
有力私大の一角をなすようになったのは私の喜びでもあります。
つい先日の新聞に「関西の社長で一番多くの社長を輩出した大学」との記事が
載っていましたが、その元来のバンカラ気質がベースにあるのか闊達な上昇志向
の気質を持つ学生が多いことは今も昔も事実だと思います。
(でも歴史も長く学生数が一番多いということは卒業生も一番多い訳ですから、
考えてみれば社長になる人数も一番多い・・?「あたりまえやないか・・」とも
自身思っているのですが)

構内は私どもが学生であった時代以上に一大ビル群のキャンパスになっており、
生駒山系をバックに緑も多くなっていました。さらには当時に比べ女子学生が
大幅に増えたからなのか、または古い校舎の建て替えやリニューアルされたせい
なのかわかりませんが 今風の明るく垢ぬけたキャンパスに変貌しておりました。

 駅から大学正門まで伸びる通称「大学通り」も久々に歩きました。
今でも多くの学生が行き来するからでしょうか。近年の不況の象徴である「シャッター
商店街」が多い中、休講が多いはずの土曜日にも拘わらず、相変わらず賑わって
います。
 でも時代の移り変わりは私たちのマーチャンダイジングと同じく、商店街は完ぺき
に時代即応に変化を遂げていました。
駅前にあった2軒の「パチンコ屋(休講の合間にいつも通った)」や「3本立て900円の
映画館(当時のピンク映画主体、時々行きました)」は無くなり、通りに数多くあった
「マージャン屋(1時間100円くらいのジャン代。1000点3円くらいで・・負けてスッテンテン
になり、家に帰れなかった記憶)」も数軒を残すのみ。

 今でも学生は教科書を売ったり買ったりするのでしょうか・・当時からあった「古本屋」
は健在でしたが、2軒の大きな「本屋」は全くありません。「大学通りに本屋が無い!」
「喫茶店」も数えるほど。当時お世話になった「うどんや」「定食屋」はなんとかそのまま
の風情を保っていますが、大学構内の「腹だけを満腹にする(学食)」はモダンなレストラン
(街?)に変貌しています。
 そして今あるのがおしゃれな「ヘアーサロン」「エステサロン」「コインランドリー」「コイン
パーキング」「ゲーゼン」本当に様変わりです。
まさに浦島太郎状態です。

 こんなこと(昔ばなし)を話すと「白髪の増えた、え~年のオヤジが赤いギンガムチェック
のシャツ着て・・」と冷やかされる私の人格も、この変貌と共にそろそろ「旧人類」「化石」の
域に入ってきたのでしょうか。
「いや、まだまだ若い」と ちょっと複雑な気分で書いています。
 

◆2011/1/25社長ブログを更新しました。◆

 一週間前にITALY出張から帰国しました。
エルニーニョ現象はよくわからないのですが、年末からの東アジアを覆う大寒波とは反対に
比較的温暖(といっても冬ですが)な気候でした。今年は「ヨーロッパも寒い!」という
情報からPatagoniaのフリースの上着を年明けに買って出掛けたのですが肩すかしでした。
 感想は・・?
今回はFirenzeのPitti UomoもあったのでMen's中心の出張でしたが、どこもかしこも
マフラースカーフ・ストールを作り始めている。
 Lady'sのマーケットでは「巻物」の終焉かも・・と言われているのに、Men'sの世界は
ますますカジュアル化が進み大判ストールの拡大がますます顕著(too much)です。
 あ~あ..また私どものマーケットが世界中の服飾業界から攻め込まれる様相です。
これをマーケットの拡大のチャンスと見るか 混乱と見るか・・
今から20年くらい前まで、日本の「首周り業界」はMen'sの「ネクタイ業界」と共に私ども
の様な「マフラー屋」と称する織物・ニットのメーカー群と「スカーフ屋」と称する、
プリントを中心とするメーカー群がありました。
しかしながらバブルが終わって縮小均衡経済に入ると商品の相互乗り入れが始まり、今は
その双方がマフラースカーフの生産を始めました。
 そして国内産地の衰退と共に生産が海外に移転するに従いますますその傾向は拡大し、
海外メーカーの日本売りこみなどが加速度的に進んだ結果、デフレの日本に適合したのか
どうかわかりませんが、Lady's業界を中心に価格帯大幅に下落しました。
私どももその一端に参画していた訳ですがそういう努力の甲斐あって生き延びてきました。
 しかしヨーロッパ、特にイタリアでは職人技を駆使したfamily企業が専門分野でつい最近まで
頑なに業界をリードしてきた世界でした。しかしながら今やその世界もサバイバルがますます
激しく、業界は商品ボーダレスに突入し、ネクタイ屋・ベルト屋・アパレル・手袋屋・帽子屋
がマフラーストール作り始めている。
 理由は一つ=専門商品だけででは会社が維持できなくなってきているから。
売れる商品をイタリアならではのファッションセンスという武器で開発を始めている。
(高感度・高付加価値商品です) 日本も同様。Men's業界はLady'sに比べ緩やかでしたが、
突然に来る・・すでに襲来・・という感じです。
いくらファッションだ云々だ・・といってもMen'sの世界では「防寒」要素の強かった
マフラーストールですが、完全にファッションの分野に突入しました。
 東京I百貨店のMens館、大阪のH百貨店のMens館ができ、年明けのニュースでは有楽町の
H百貨店も「Mens仕様」に衣替えするらしいです。男がどんどん「おしゃれ」になってゆく。
 さらに川上ではメーカーの垣根がなくなり専門屋が減る。
商品の相互乗り入れが過去のLady'sと同様、Men'sの世界にも波及してくる予感。
・・いや実感・・私たちの業界のMen'sマーケット戦略
は重要です。5年先の「発展」か「地獄」か・・大変な節目と思います。
 
それにしてもどうしてイタリア人はこんなにうまく着こなすのでしょうか。
いつもこちらに来て思うのですが「田舎のおっちゃん」でも本当にうまく着こなしている。
「どうしてそうすぐに流行をとりいれたファッションができるの?」という感じです。
 基本は流行の細身のジャケットにチーフをし、細身のパンツとスエードの靴を履く姿が今の
ファッション。これを少しカジュアルに崩してダウンベストを着る。そしてプラス、Men'sは
薄手・大判のストールを(大きく)巻く 帽子かぶる・・等 
流行の小物をどんどん足せばファッション感度が今風に仕上がっていく、今まさに小物雑貨で
着こなす時代です。
 

◆2011/1/11社長ブログを更新しました。◆

(一つ目の話し=ITALY出張)
 新年があけて今日はすでに9日、本格的に2011年の仕事がスタートしました。
今、関空からAFでパリに向かう機中で「作家気分」で更新ブログの原稿をかいております。
年2回は必ずイタリア出張しますが今回もコモとフィレンツェ界隈を回ります。
フライトはパリで乗り継ぎ、その同日にミラノリナーテ空港まで入ります。
そこからTAXIで約1時間余り、多分COMO到着は離陸から18時間~19時間後の現地深夜に
なると思います。
 
(二つ目の話し=今年の“激”)
 お正月のTVですが「不況日本」「縮小日本」「内向き日本」を憂う論客による経済と
政治討論ばかり見ていました。いつもこういう類の番組を見ていて思うのですが、彼らも
もう少しポジティブに話すか、ディレクターや司会者も「明るい話題に振る」討論構成が
できないのかと思います。
日本人は自虐的に考える人種ですからネガティブ展開のほうが視聴者に受けるのでしょうか?
ネガティブ論者ばかりのディベートで「次の手が打てていない日本」などといっても
「で、あなたは本当にどうなの?・・」「何がよいと思うの?・・・」に対する答えまでも
ネガティブなのです。
論客や政府への非難合戦です。
 「所詮評論家は政府官僚や企業経営者と違い、施策・事業の実行者ではないし・・
振り出した手形が「デフォルテ」になろうが責任はないもんな・・・」などと「ぼやきを
やめよう」と決めた新年でしたが彼らを評論しながらまたボヤいておりました。
 でも 新鮮な発見もありました。いや、今まで十分わかっているはずでしたが、
わかっていても明確にうまく表現する文章や 説明する人がいなかったのでしょうか・・
もしくは私に正確な理解力がなかった。
下記2つが 現状の波を乗り越える大変なヒントに思い新年の社内の「檄」につかわせて
もらいました。

一つはある銀行マンの話し
「日本は不況ではない」 内需喚起内需喚起というが・・
「購買人口が減っているだけ」少子高齢化によって 
生産購買人口(20~60歳まで)の人口はバブル期の
1990年より30%以上少ない。給与を取り買う人が減って
いるマーケットでは消費が減ってあたりまえ。
ビジネスは購買層があるところに・・消費があるところに売る。
内向き日本より外向き日本。海外により活路を。
大手に限らず中小零細も活路は元気なアジア圏やBRICsなど
消費が伸びている地域は沢山ある。 

もう一つは元日の日経新聞
日本の国内の乗用車販売は90年より40%減って300万台になる。
ではどこで彼らは稼いでいるのか・・海外へ売って 海外で作って
利益の国内還流だ。日産は付加価値の低いマーチの生産をタイに
移した。日本では付加価値の低い大衆車はつくれない。でもそれを
作っていた追浜工場は付加価値のある「電気自動車リーフ」の量産
を始めた。
製造業はグローバル市場で稼ぎ富を国内に還流させる・・
  
(三つ目の話し=おみくじ)
 話しはコロっとかわりますが 初詣のおみくじは 2日にお参りした神社は「大吉」、
仕事初日、会社近くの神社では「中吉」。私はその年の手帳に常に初詣のおみくじを
貼り付けているのですが、ず~とこの数年「小吉」「末吉」ばかりでしたので私にとっては
久々の「大吉」・・ということで 単純な私のマインドをあと押ししてくれています。

(四つ目の話し=自損事故)
私は奈良に住んでいます。大阪との県境にある生駒山の裏側です。静かで交通至便で
住環境としては良いのですが、何しろ冬が寒い。モンスーン気候の大阪とは必ず最低気温が
2~4℃違います。天気予報で「山沿い にわか雨、もしくは にわか雪があるでしょう」と
あれば絶対にそのとおりになるエリアです。
 昨年の話しで恐縮です。普段は仕事場との間を電車で通っているのですが、仕事納めも
すでに終わった30日の夜 会社で最後の片付けをした後、車をとばして自宅に向かって
いました。ルートは阪神高速~外環状から阪奈道路へ入っての「山越え」です。
 第2阪奈という自動車専用の生駒山をぶち抜く高速道路もあるのですが、その通行料
800円をケチって(なぜかETCの割引もない)いつも山越えの道を往復とも選んでいます。
この日は年末年始寒波到来の1日目 大変寒い日でした。阪神高速を降りたあたりからみぞれ
混じりの小雨が降り始め、そしてそれは阪奈道路を上がり始めたころには小雪に変ってました。
さらに雪は その後奈良県境で下りに入るころにはあたり一面真っ白になり、対向4車線の
道路は走行跡の黒いアスファルトは見えるものの、アイスバーン状態。
ちょっと危険かな・・と思い、ギヤをセカンドまで落とし時速25~30kmを超えない
程度にエンジンブレーキを利かせながらゆっくり走るようにしました。
 私は 10年くらい前までは冬場はよく車でスキーに出かけてましたので、多少なりとも
雪道走行のテクニックに自信もありました。しかしこの大雪、スタッドレスタイヤでもないし、
チェーンの持ち合わせもない。道は下り、アイスバーン、夜間走行・・ちょっとシリアスに
なりかけた瞬間でした。「スリップ!!!!!」 車は走行車線から追い越し車線、そして
路肩へ・・右へ左へ楕円を描くように勝手に動いてくれます。
スリップの際の鉄則「ハンドルはスリップした側と反対方向には絶対切らない・・」など
わかっていてもできるはずがありません。まさにダッチロール状態。「ドン!」「クシャ!」
と路肩の灌木(・・と思います)ぶつかりその反動で車線に戻ったときようやく正常走行に
戻ってくれました。
 まさしく顔面蒼白、多分車内では 大きなわめき声をあげていたと思います。落ち着いた
時は口が「からから」状態でした。幸いかな対向車もなく、前後の車間も空いていたので
自損で済んだようです。
車の破損状態を見たかったのですが、いま路肩駐車すれば はたしてこのアイスバーン状況
の中、まともに停められるまれるかという不安、そして駐車が出来ても、はたして再発進
がこの状況下において可能かどうかという不安も持ち上げ、とりあえずこの地獄の阪奈峠
越えを強行突破することにしました。
私は運転しながら自宅へのいくつかのルートを考えていました。「あの道をゆけばあそこに
上り坂がある・・スリップ?」「あの道は平坦だが細くて走行車が少ないのでこの雪では
より危険だ」などいろいろ考え、坂道はあっても多分車が多く雪も解けているであろう推測
ができる道を選びました。
そして何とか命からがら(ちょっと大げさですが)自宅のガレージに車を入れることが出来
ました。
 
 私は年齢不相応な車(・・と人はいいます)「日産シルビア」にこの10年乗っております。
無事故です。(検挙=違反は何度もあります。なにしろスピードがでるのです
今回の事故はまさしくその車で起こしました。
そんな車(車に詳しくない人のために・・「シルビア」=暴走族『命』のスポーツカー、一世風靡した車です
ですから時々並行して走る「若いアンチャントライバー」の競争心をあおってしまい、
またそれに勝負をかける「中年ドライバー」の私なのですが、その愛車「シルビア」は
左前照部全破損、左方前部バンパー大破という「重傷」を負っておりました。
この20年来修理に出すような事故らしい事故などした事のない私なので 今回は支払い続け
ているばかりの「保険」を十分に活用させていただくことにしました。
早速、帰宅後すぐに保険会社に電話したところ、さすが「おもてなし日本」「世界一の
サービス先進国」です。年末の夜九時過ぎにもかかわらず丁寧な対応。(ちなみに保険会社
は外資系です)翌31日に提携修理工場から「代車とともに人を寄こします。」ということ
で翌日から即入院となりました。 私の車は2週間の予定で現在も治療中であります。
 かくして自宅のガレージには「passo」というベージュピンクの女の子用の可愛い「代車」
が今も「お泊り中」です。
 

◆2011/1/1 社長ブログを更新しました。◆ 
 
「新年のご挨拶」
 
新年明けましておめでとうございます。
「寒い冬」そして「早い春」という気象予報が新聞に載ってました。
これは 私ども繊維・ファッション業界にとって朗報・・ですョね。
今年も世界中に「檄」をとばして頑張ってゆきたいと思います。
皆さまのご指導とご鞭撻をよろしくお願いもうしあげます。 
 
岩崎株式会社/織工舎株式会社 代表取締役 岩崎裕雄

 

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 ◆2010/12/24社長ブログを更新しました。◆
「出張 インド編」
 
 毎日バタバタとしていましたら もうクリスマス。
久々に寒い冬で マフラー稼業を主とする私どもとしては 少し”ニヤッ”としておりますが、
店頭での状況はいつも気になっています。売れているのでしょうか?
久々にブログを更新しました。
 
 12月初めにインドへ社員と一緒に行ってきました。私にとって初めてのインドです。
目的はインドのメーカー探しです。
私どもがつきあっているヨーロッパの取引先では結構すばらしい商品をインドで作っています。
インドは以前から興味はありました。
私たちもインドのメーカーからはそれなりのオファーやセールスプロモーションは受けるのですが
彼らの商品はどうも当社の意向と違う感じでであったこと。そして 昨今のバブル中国、原料高騰
などからChina+Oneというご時世でもあり、「とりあえず・・やってみる」という私の
「ちょっと考えて進んでしまう」性格上、モチベーションがあがり急遽行くことにしました。
メーカー・工場情報はあるルートからそれなりに仕入れました。インドは昔から繊維の大国です。
他の東南アジア各国と違いウールやコットンなど素材もあります。すこし楽しみでした。
でも10月から12月は、私どもは大変忙しい時期でもあることから、そのロケーションなど
事前情報はほとんど収集できませんでした。でも幸いにも多くの親切な方からインドに関する
「恫喝的インド示唆論」をいただきました。
それは仕事には全く関係のない、役立たずの情報でしたが。
 
 まず「すべての食事がカレー味」「インド航空は乗った瞬間からカレーのにおい」・・これは
なんとなく理解できましたし、私にとっては「新しいカルチャー」への楽しみでもありました。
でもその他は
①「必ず下痢になる・それもとんでもない下痢、体中の水分が抜ける」
②「歯ブラシを水道水で洗うな。」
③「シャワーをするときは口を噤む・・口から水が入ればすぐにお腹をこわす。」
④「サラダも危険この上ない。温野菜しかダメ」
⑤「ホテルのミネラルウオーターも信じるな」
⑥「正露丸は無意味 整腸効果全くなし。当地に慣れて自然治癒だけが解決策」
⑦「トイレットペーパーはない。トイレでは不浄の左手と備え付けの水だけ」
⑧「とんでもない暑さ 暑いではない。熱い気温」
⑨「ホテルは3万円以上の☆☆☆☆☆でないと絶対にダメ=少しホテル代をケチると
ベッドは”のみ”と”ダニ”だらけ」
⑩「入国して空港から一歩出たら・・など荷物ごとタクシードライバーに拉致される」
⑪「インド中”物乞い”と”野良牛”ばかり」
⑫「牛のウンコに気をつけろ」など まともな情報はありませんでした。
 
 よくインドへの旅行者は、インドを愛するか、インドを憎むか、2つに1つだと聞きます。
ある旅行者はインドに心から惚れ、インドに会うために何度もインドを訪れる。
しかしながらある旅行者は、インドに怒り、憤り、憎しみを抱えて帰るそうです。
でも いまやインドはIT大国、世界経済を引っ張るBRICSの一員。
全てがそうではあるまい。と・・もともと楽天的な性格から気軽に出発しました。
 
 私たちがつくった出張計画は12月5日出発12日帰国の8日間でした。
現地までのフライトはコスト・サービスなどから クワラルンプール乗り換えのマレーシア
航空を選び、関空を午前に発ち、夜9時半ころにデリーに到着。
トランジットも含め14時間もかかりました。
アジア・ユーラシア大陸の広さを感じざるを得ない長時間でした。
デリーの国際空港はこの9月に新ターミナルビルができ大変モダンな大空港です。
(後から聞いた話ですがそれまではひどかった・・あるインド事情通の話し)
しかし到着後、パスポートコントロールまで15分くらい歩かされる
(ということは約1キロ?)のには閉口しました。
そしてなが~いなが~い入国審査の列に並び 髭面の無愛想な入国審査官に 
唯一知っているヒンドゥ語の挨拶「ナマステ~」・・でも彼は無言。
パラパラと私のパスポートをめくり写真とVISAを見て大きな目で「ジロッ」・・「OK」・・
ここまでで1時間かかりました。
そして バゲージクレームにてにてバゲージの受け取りに30分。
そして「両替」・・いくら替えるべきか?初めてのインド・・物価は安いだろうが・・
見当がつきません。すると数人先の「インドビジネスに精通した風の」ビジネスマンらしき
日本人が1万円両替していたので 私もとりあえず同金額を両替。
こちらでも髭面の怖そうな銀行員でしたので小さな声で両替の鉄則
「Please include small bill and coins.....」とリクエストしました。・・でも「遅い!!」
 
 やっと両替が終わり、「地球の歩き方=インド編」に書いてあったように
「必ずお釣り、両替の金額を確認すること」を実行。・・やはり1ルピー足りません。
この1ルピーはごまかされたのか、単純な間違いなのか?わずか2円弱ですが。
でも私は社長・日本男児ですからおおらかに「Thank you!!」と言って立ち去りました。
そして 到着ロビーから外へ・・そこには 私がかつて経験したことのない、
「カルチャーショック」
が待っていました。
 
中国と根本的に違う「人の熱気」「騒々しい!」10億人の国がそこにはありました。
そして「寒い!!(約摂氏10度)」
 事前にインドも12月はさすがに冬なので北部のデリーは朝と夜間は10度くらい、
昼間は20度くらいという情報は持っていましたが、(観光的にはON Seasonらしい)
インドに行くのにマフラーが本当にいるのか?と疑問を持ちつつ鞄に入れていった
のですが事実でした。でも夏は45度にもなるそう・・デス。
(41度の自宅の風呂で熱い、熱い・・と言っている私がはたしてインドの夏に耐えられるか
不安ですが)
ここからは 壮絶なインド体験の連続でした。
まずこの時点からタクシーの乗り方がわからない!?等々
それでもこの熱気 騒々しさは急速な発展途上の国の特性であることを改めて知りました。
日本やヨーロッパにない新鮮さでした。また中国とも根本的に違う。
そしてなんでも「安い!!」
 
インドはビジネス環境上においてもITが発達しているので(私は現地に予約を頼んで
いましたが)ネットでのホテル予約も大変リーズナブル価格で4x☆級がとれました。
また 翌日から毎日北へ東へと5回も国内線の飛行機に乗りましたが、 昨今流行の
ローコストキャリア(LCC)がものすごく発達しています。
今回も全部で3万円弱と大変安く移動も比較的効率よく動けます。
(もっとも遅れは日常茶飯事のようですが)
ただ 車の移動は少し危険?・・(4車線を6車線で走っている) 列車は・・?
残念ながら知りません。
でもホテルのネット環境は 少なからず、私が宿泊したところはすべてWIFIがあり、
ビジネス環境はバッチリです。
 
・・で?仕事は? これはまだ企業秘密ですのでごめんなさい。
もちろん初めてインドへ行った私よりよくご存じの同業諸兄もいらっしゃるでしょうが
 私にとっては予想以上の収穫でした。1月中旬には依頼したサンプル等が届くはず
なので、この続きと仕事の内容は私どものオフイスで・・・ということで是非御来社下さい。
「表話」「裏話」をはなせば3時間はかかります。お楽しみに。
 
 ちなみに おかげさまでお腹もこわさず、(効用がかないと言われたものの一応持参した)
正露丸の出番もなく ホテルにはトイレットペーパー(これも一応日本から1ロール持参して
行ききましたが)きちんと所定の場所にありました。トイレにはお尻を洗うホースもありましたが。
そして町に野良牛のウンコもいたるところにありましたことをご報告いたします。
ヴァラナシの聖なる「ガンガー」だけは行ってきました。少しは御利益をもらったと思っています。
せっかくのインドですから 有名なリクシャーとオートリクシャーには乗ってすっかり観光客に
なっておりました。(写真)
 
(PS) 
毎年当社は28日最終日に忘年会をするのですが今年は社長命令で「インド料理」にしました。 
 
 数ヶ月前から始めた社長ブログですが まわりの諸兄から「お前の文章は長すぎる」
「もっと短くてもよいから毎日のように更新するのがブログ・・」などとご批判をいただき、
今回は手短に簡潔に書こうと思っていましたがまた長くなってしまいました。
社員には「環境適応」「変化対応」などと言っておきながら 皆さまからの当ブログへの
「ご批評」には少しも対応できていない事に反省しております。
・・また 長くなってきました。・・今年の最後に
 
皆さまには今年も大変お世話になりました。
来る2011年は少なくとも今年よりは少しでも政治経済とも改善されることを望んで
いますが「縮みゆく日本」「内向き日本」でのビジネスは今のままでは未来永劫に厳しい
環境が続くであろうと憂慮しております。
それでも 常に「扉はノックしないと開かない」ということを念頭に仕事をすすめたいと
思います。
来年もご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます。
 
岩崎株式会社 代表取締役 岩崎裕雄 

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◆2010/11/04 社長ブログを更新しました。◆
「私とタバコ」

  私はタバコを吸います。平日はフィリップモリスかマイルドセブンの1mmを20本くらい
吸うでしょうか。「時代を読めないKYといわれる人種」かもしれません。
 当社のオフィスも以前から基本的に全面禁煙です。今は当社の社員は誰も吸いません。
中国の上海織工舎も誰も吸わないという、きつい環境で仕事をしています。今は喫煙者の
私だけ非常階段の踊り場に喫煙場所を作り時折吸っています。スモーカーは喫煙場所の
灰皿を自分で掃除しなければならない、というルールを私が禁煙していた時に作ったので、
灰皿掃除も自分でしなければなりません。
この場所は日当たりの悪いビル裏側8階で 冬はビル風で強烈に寒く、夏はエアコン室外機
の熱で強烈に暑い最悪の場所です。
このような環境下でも「タバコを吸う」という前時代的人間から脱却していません。

 でもタバコはいつでも止める自信はあります。現実に平成11年まで7年間タバコは止めて
いました。その時は何を食べてもおいしく、弱かったお酒もなぜか強くなりました。
低かった血圧も正常になり「やはりタバコは体に良くない!」と自覚した健康的な7年間
でした。 ただ、体重が増えました。子供の頃から身長は高くきわめてやせ体型だったのが、
最大時85kgまでになりました。シャツもジャケットもセーターも 挙句は靴までもが
合わなくなってきました。どこまで体重が増えるのか・・ということが当時ストレスに
なってきたのも事実です。
それでも、もうタバコは一生吸わないだろうと思っていました。
 では何がきっかけで再びタバコを始めたか・・といいますと、ある商談・食事後のとある
バーでヘビースモーカーである仕事仲間からの「酒の場所での1本くらいは決して悪いタバコ
ではないよ」という「悪魔のささやき」が原因です。
 そののち、別の人と飲みに行った時には自分自身で「悪魔のささやき」をつぶやいて、また
吸いました。でもその後、平素は一切吸っていませんでした。しかし、何日か後  また悪魔が
「夕食の後の一服だけはいいんだ」というささやきが聞こえたので実行してみました。
そうすれば「昼食の後の1本、朝食のあとの1本・・」・・あっという間に「喫煙者」に戻りました。
あの悪魔が私の健全な精神を蝕んでいった訳です。

 私がタバコを初めて吸ったのは 子供の頃です。父親の吸った後の灰皿にある「シケモク」を
父親不在時に隠れて炬燵で吸いました。銘柄は父親の愛モク=ハイライトだったと思います。
その時の感想は初めてビールを味わった時以上に「決しておいしいものではない」という子供
ながらの結論でした。(ちなみに父親は亡くなるまで吸っていました。)
 次がごくまじめだった高校生の時、クラスの不良ども?の恫喝?によって校舎の裏で隠れて
吸いました。また当時大阪万博が催され、学校から行きました。皆で「大観覧車」に乗り、
この観覧車内でクラス仲間と1本のタバコを吸いまわしました。観覧車の中が「もくもく」と煙っ
てきた頃、1周回って下界に戻りました。そして溜まった煙とともにドアを開けたところで先生が
待っており、コッピどく叱られました。(ごく普通の青春体験だったと思います。)
 この時の不良どもが 現在、同窓会で会うと、タバコを吸う私に向かって「タバコは体にわるい
ぞぉ~。やめなアカン」と説教するのです。どうも納得できません。

 話しは戻りますが、私はタバコはいつでも我慢できるし、止める自信はあります。だから海外
に出張する時でも飛行機は別に苦痛にはなりません。ただ禁煙場所から100m向こうに灰皿
があると知ったらそこまで行って吸ってしまうのです。
タバコを大麻と同じく法律で禁止すれば良いと思っています。そうすれば私は決してタバコは
吸いません。
 成田、関空など日本の空港は パスポートコントロールの後でも比較的喫煙スペースがあり、
「喫煙者にやさしい心づかいのある空港」です。新幹線も喫煙車両があります。
(私は喫煙車両は煙たいので決して座らない勝手な性格ですが。)
しかしながら、私の行動範囲にある海外の空港、鉄道駅は中国も含めて屋内は原則禁煙です。
(ちなみに中国はトイレで高校生の如く隠れて多くの皆さん吸っていますが)・・でも原則本当に
吸うところはありません。 それでも私を含む喫煙者は場所が変わると真っ先に「タバコ」が吸え
るかどうか、どこならタバコが吸えるか・・と本能的に喫煙場所を探す「くせ」があります。
 そういうことから私も一応 年2回イタリアに行き帰りする時は、経由空港のシャルルドゴール、
ヒースロー、フランクフルトなどの空港ではタバコを吸えるところは自分なりに調査、キープして
います。 いずこもターミナルがいくつもある巨大空港ですが、タバコを吸える場所(合法、非合法
かどうかは不明ですが)は乗り換えの際のターミナル移動時に屋外に出たところにあります。
そこでは皆さんがポケットから慌しくタバコを出してなぜか「焦りながら」吸っています。
ですがどこにも灰皿はないので本来許可がされている場所ではないかも知れません。
 でもパリのシャルルドゴールは探すのに少し苦労します。ターミナル間のバス移動の時必ず
屋外に出ますが、そこでもNon smorking。
吸える場所は私の調査によると ターミナル2ABCDとターミナル2Fの間にある長~い通路
部分に屋外へ出る隙間があります。そこだけです。
ここ最近AFもJALも日本便がターミナル2Fからはかなり離れたターミナル2Gへ移ってしまい、
私なりに少しストレスがあります。

最近 東京も大阪も屋外でも禁煙エリアができ、喫煙者は外でも吸えない・・という非常事態に
なってます。それでも東京は地下鉄の出口など 禁煙エリア以外では比較的どこでもスモーキ
ングエリアなるものがあって「灰皿」もありますので私も結構愛用していますが大阪はありませ
ん。大阪府大阪市の財政的事情でしょうか。
御堂筋エリアは全面禁煙。当社の大阪のオフィスは御堂筋の2筋裏ですから、禁煙エリア外
です。だからかどうかわかりませんが、御堂筋から流れてきた路上喫煙者が多いような気が
します。朝の通勤時などはかなりのパーセントで彼らがが闊歩しています。

私も路上喫煙はします(かなり白い目で最近見られますが・・)が、「ポイ捨て」はしません。
でも「携帯灰皿」が無い・・忘れた・・(鞄から出すのが邪魔くさい)時はどうするか。このことが
先日、非喫煙者と激論になりました。
 私はその場合、吸ったタバコを『道端には決して足で踏みつけて捨てない。道端の側溝に「もみ
消してから」捨てる論』を展開したのですが 皆から彼らから軽蔑侮蔑の言葉を浴びました。
 なぜでしょう。間違ってますかね?
 大阪を含め現在日本の大都市部での「下水普及率」は99%超 ほぼ100%です。
道端のごみなどは雨風と共に側溝に流され そこから下水へ>そして下水本溝へ・・そして下水
処理場へ行って処理される。タバコの吸い殻も同じ道を辿る・・(側溝→下水→本溝→下水処理
場)これは私はそれなりに筋道に則った理論だと思うのですが。間違ってますでしょうか? 
 

◆2010/10/28 社長ブログを更新しました。◆

社長ブログをせっかく作ったのに、いろいろ忙しく更新することを忘れてました。初更新です。
題して「ブログ的中国出張報告 怒りの編」
 
 先週 国慶節が終わってちょっと落ち着いたすきをねらって1カ月ぶりに中国に行きました。
上海から浙江省>安徽省の工場をまわっての出張でした。
 上海万博も10月末でおわることもあり多くの中国人が上海へ怒涛のごとく移動していることと 世は中国・・バブル景気もあいまって 交通機関も街中もどこもかしこも大変な混雑と人出でちょっと疲れました。
 私が上海万博を視察したのは5月(始まった直後)でした。その時も上海は大混雑でした。
それは「6月になれば上海市民が1世帯に1枚配布される無料入場券を使っての入場者が増えるので混みます。岩崎さんも・・もし興味があるなら今のうちに行ったほうがよいですよ」という言葉に押され(大阪万博を高校生で経験した私にとって特別興味はなかったのですが・・発展中国を見ておこうと思うミーハー性格で)行ったわけです。
 その時の入場者数(刻々と地下鉄の案内TVに告知されます)が私の記憶では27万人。それでも大変な「中国的」大混雑を体験しました。
 したがって訪れたパビリオンは 将来一生行かないであろう(・・長蛇の列がなかった)北朝鮮館とイラク館だけでした。そしてカレーライスを食べてきました。それでも大変疲れて帰ってきた次第です。
 それがなんと先週は連日100万人の入場者というはなし。中国に月一回は出張している私にも その人出はどういう混雑かは想像に絶します。
 
 次にホテル・・いつも利用する上海の当社カンパニー契約のS・M大酒店も万博景気から値段もあがり、サービスも以前より劣化していることもあり、ちょっと「怒って」いたことから、今回は中国工場にアテンドする取引先の親切にあまえ、ネットで外灘の一等地にある 上海MA(中級)酒店を先払いで予約してもらいました。そして上海到着当日まず1泊しました。
 
 部屋はスタンダードで狭いのが難点でしたが、比較的清潔で、ロケーションも、従業員の接客も値段のわりにはA級で印象をうけました。「契約ホテルのネゴをしようかな・・」ともおもいました。ちょっと気に入ったのが本音です。
 そして翌日浙江省へゆき当地で1泊して再び上海へ戻ってきて、その夜の9時ころ同ホテルへ。そして再度チェックイン手続きにはいりました。今度は2泊。
 ところがレセプションに行くと驚くべきホテルの対応。・・「今夜は宿泊予約がオーバーブッキングして部屋が無い。だから今夜は系列のホテルに移ってほしい。そして明日2泊目は当ホテルで部屋が確保できるので戻ってください。」
 「え~・・・!?」です。
 でもこういうことは過去何度か経験しているし、上海が万博で超繁忙期であるので「こういうこともあるか・・」とおもいました。でもこういうことには比較的燃える社長です。そして疲れる「中国的」ネゴシエーションをしなければならないと考えフロント嬢との臨戦態勢にはいりました。
 でも考えてみれば 今回は日本からそれなりのネット予約ルートを通じての手配であり、その宿泊約款ではキャンセルについての細かい規定を全部のまされ、かつ宿泊代を日本でクレジット決済の「先払い」したわけであり、予約者にとっては「一番宿泊優先順位が高い顧客」のずです。さらに私どもは当日上海へ返る列車から携帯電話でチェックインが10時前になる旨もつたえていました。
それにもかかわらず「部屋がない!(怒)」
 今回は取引先が手当てしてくれたとはいえ、大事なお客さんなので徹底的にこの理不尽な回答について彼らと戦わなければなりませんでした。中国的にいえば「私のメンツ」です。
 
 私は決して「クレーマー」でもなければ、決して「なんでも反対・文句言い」でもありません。でも理不尽な要求、わけのわからない言い訳には 商談もプライベートでも徹底的に戦う「ノーマルな普通人には大変いやな」習性・性格の持ち主です。そこでまず、私は下記をかれらに話しました。
①基本的にはホテル移動は拒否、理由は先払いと事前のリコンファームです。私には何ら落ち度はない。
②もし 移動をどうしても余儀なくされるなら、同等クラス手配はホテルの落ち度の問題なのだから、当然挌上であるべき。(世界中の常識)だから同じロケーションエリアのWestinもしくは和平飯店、ペニンシラーなど五星☆クラスでないと納得できない。なぜならば 宿泊者のキャンセルにはペナルティがあって、逆の場合(ホテル側の落ち度の場合)は当然ペナルティも逆になるか、もしくはアップグレードを要求する権利が私にはあること。(でもこれは宿泊約款にはない。でも業界の通例であることは世界の常識・・あくまでも私の偏見独断ですが)
 
 交渉すること約1時間 マネージャーがでてきてのあらたな条件は・・
・・2名ともこのホテルのアッパークラスに宿泊可。ただし1泊だけ。翌日の2泊目はまた同じホテル内で別部屋に移動してほしいとのこと。・・これも拒否!!(翌日も早朝から上海外に移動しなければならず、帰りもおそくなる。バカヤローです)
 そしてさらに数十分・・ようやく決着をみました。なんとか部屋の組み換えができたのでしょう。取引先の彼はスイートアップグレードで連泊。私は予約同等クラスの部屋で連泊。
でも 私たちのおかげで 宿泊客の誰かがまたドミノ式に犠牲になったはず・・デス。
 チェックインに1時間半を要しました。
Unnn~ 疲れる中国

◆2010/09/09 社長ブログを始めました。◆

初回のブログなので、今回のブログはシリアスな私どもをとりまく生産環境の情報を書きました。
昨今の業界の中国生産・流通事情ですが、リアルに体感している私どもにとって大変な変革期を迎えていると思います。
今回「添付」した9月6日付の業界新聞情報はまさしくそのとおりです。
数週間おきに中国で仕事をしている私もまったく同感です。
Customer satisfyがビジネスの基本と思い仕事を進めてきたわたしたちですが、いつもビジネスではおなじですが、いろいろな角度から事業運営を経済停滞している日本、大変なバブル景気に沸き世界の生産基地から世界の消費場所に変革する中国、そして世界をとりまくグローバルな経済環境をすべてを鑑みて、新しい仕事の構築が迫られています。
評論ばかりでなくどのように対応してゆくか これが社長業でしょうがポジティブにとらえて進みたいと思っています。
業界の方はどのようにお考えでしょうか?もしご意見あれば是非お聞きしたいです。

※添付の記事をクリックしていただきますと、拡大記事をご覧いただけます。

100908china.jpg

企画生産ディヴィジョン

マフラー岩崎:大阪ディヴィジョン
◆本社:大阪ディヴィジョン
(HEAD OFFICE)
〒541-0056
大阪市中央区久太郎町4‐2‐1
(4-2-1, KYUTARO-MACHI, CHUO-KU, OSAKA, JAPAN )
(TEL)(06) 6281-1055
(FAX)(06) 6281-0145

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(HEAD OFFICE)マップ

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HASHIMASHI,GIFU)
(TEL) (058) 398-1760
(FAX) (058) 398-3368

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